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【続編】

96:手に入れたいと切望したもの

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現在のルクソール・プレジャー・ガーデンズを作り上げたマイヤーズに資金を貸し付けていたある貴族、それは……かつてドルレアン公爵と言われた人物だった。

マイヤーズは、別にドルレアン公爵と懇意にしていたわけではない。ルクソール・プレジャー・ガーデンズの噂を聞いたドルレアン公爵は、きっと成功を確信したのだろう。関わっておけば、金になるに違いないと。つまり一枚噛んでおきたいと思った。そこで半ば強引に金を貸し付けた。

だが。

例の一件でドルレアン公爵は爵位剥奪の上、国外追放になった。勿論、貸し付けられていた金の返済もしないで済んだ。結果として、マイヤーズはどうでもいいドルレアン公爵との縁が切れた上に、返済の義務がなくなったわけだが……。

マイヤーズの元に見知らぬ人物が尋ねてきた。その人物はドルレアン公爵とつながりのある人物で、テラと名乗った。そして一人の女性を連れていた。その女性は、ドルレアン公爵の屋敷で下働きをしていたが、今回の騒動で国外追放になった。

だが、下働きを始めてわずか1週間でこの騒動に巻き込まれている。国外追放になるのはあまりにも忍びないので、どうか預かって欲しいと。まだ慣れていないが、下働きをしていたので、ルクソール・プレジャー・ガーデンズで働かせて欲しいと願い出たのだという。

年齢は18歳と申告され、見ると確かに美しい少女だった。ルクソール・プレジャー・ガーデンズは人気を博し、人手は欲している。この容姿であれば、飲食店でもショーでも使えるだろうとマイヤーズは判断し、引き取ることにした。

「私が話したルクソール・プレジャー・ガーデンズの責任者であるマイヤーズからこの話を聞いた時。引き取った少女の特徴を聞いた。その結果、ある人物が思い浮かんだ。私が知る人物と一致しているか、確認したいと思った。そこでその少女、ビアに会わせて欲しいと頼んだ。マイヤーズはすぐにビアを呼びに行かせたが……。ビアは午後はショーに出演で、午前中はコーヒーショップで働いていることになっていた。だがレストルームに行ってから戻らなくなり、ショップの従業員もビアのことを探していると分かった」

ここまで聞いた私は。アズレークが言うビアという少女が誰なのか。なんとなく想像がついてしまった。しかし18歳と年齢を偽るとは……。

「アズレーク、ビアという少女は、オレンジブラウンの髪にヘーゼル色の瞳、口元にほくろがあり、肌は白く、スタイルが良いのが特徴では……?」

「その通りだよ、パトリシア」

アズレークの返事を聞き、「やはり」と頷くしかない。
ビアは……カロリーナだ。
まさかまだ王都にいたとは。
身分を偽り、ルクソール・プレジャー・ガーデンズで働いていたなんて。

働く。

労働とは無縁だったカロリーナが?
これには驚くしかない。
でもどうしてそこまでして王都に残りたかったのだろう?

「どうやらビアは……もう気づいたと思うが、カロリーナは。なんとか返り咲こうと考えていたようだ。ルクソール・プレジャー・ガーデンズには庶民も訪れるが、貴族も多くやってくる。現にショーへの出演回数を重ねることで、カロリーナのファンもできていたらしい。楽屋には花束やプレゼントも届けられるようになっていた。その中には男爵もいたという」

なるほど。
しかし、そのまま素顔をさらし、バレないと思ったのだろうか?

「ショーに出ている時は、派手にメイクをしている。飲食店で働く時は林檎を配る老婆のように変装をしていた。だからマイヤーズなど限られた人物にしか自身の素顔を出していない。元を正せば公爵家の令嬢だ。庶民はその素顔を知らない。ルクソール・プレジャー・ガーデンズに潜伏している限り、例え素顔でも身分はバレないだろう。自分を見受けするような貴族の男性が現れれば、魔法で多少見た目を変え、素知らぬ顔で舞踏会にも顔を出すつもりだったのだろう」

なるほど。写真は存在しているが、まだまだ一般的ではない。ニュースペーパーも写真ではなく、絵が掲載されることの方が多い。カロリーナの素顔は確かにバレないだろう。

「なんとか返り咲こうとしていたのに、どうしてこんな行動をとったのかしら?」

アズレークは私の方に体を向けると。私の手を握り、大きく息をはく。

「嫉妬、だろうな」
「嫉妬?」
「揚げ菓子を買った店の近くに。確かにコーヒーショップはあった。海賊のような姿に扮した従業員も見えた。おそらく、カロリーナはパトリシアにすぐ気づいた。スノーと二人、楽しそうに笑うパトリシアを見て、我が身を嘆いたのだろう。王太子妃になるはずが。いつかはこの国を牛耳るはずだったのに、こんなところで自分はコーヒーを販売している。一方のパトリシアは……」

そこでアズレークの黒い瞳が私に向けられた。
黒い瞳なのに透き通るような美しさのこの目を見ると、本当に吸い込まれそうになる。

「私は……王都に戻り、王太子の婚約者に収まると思われていました。それは街の多くの人が。沢山の貴族が。そしてカロリーナさまもきっとそうなると思っていたのでしょう。でも私はアズレークを……魔術師レオナルドを選びました。カロリーナさまは驚いたと思います。でも理解したのでしょうね。私が本当の愛に……真実の愛に出会ったと。カロリーナさまが決して手に入れることができなくて、手に入れたいと切望した真実の愛を私が手に入れたと知ったのだと思います。そして今日の私を見て、幸せそうな私を見て、嫉妬した、というわけですね?」
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