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06-10 悪魔的な

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 数日後。昼間の訓練場にふらりと現れたセーリスを即座に見つけたヘニルは、嬉々として彼女の元へと走り寄る。
 こんなにも彼が喜んでいるのは簡単な話だ。前回一夜を共にした際、けっこう攻めたアプローチをしたため、さすがの鈍感なセーリスといえど自分の好意に気付いただろうとそう思っていたからだ。


「ひめさまー!」
「なんか変に機嫌いいわね」
「姫様に会えれば俺はいつでもゴキゲンですよ?」


 思ったよりも普通そうなセーリスに彼は少しだけ冷静になる。今までも何度も彼の期待を裏切ってきた人物だ、正直どんな斜め上の鈍感ムーブをかましてきてももう驚かない。

 しかし前回の出来事にはそれほど自信があった。何せ、彼女の目の前で自慰までしてみせて、お前でこんなに興奮しているんだと、他の女など眼中になくお前しか見えていないんだと、そうはっきり表現したつもりだった。

 その間セーリスはじろじろとヘニルを見つめている。それもようやく自分のカッコよさに気付いたんだろうと、自信満々に思っていた。


「……いつものヘニルね」
「? 何がですか?」


 小さく息をついてセーリスは言う。


「あの後、ラズマにいろいろ聞いたんだけど、実はあの魔術、いろいろとめちゃくちゃに組み込んだものらしかったの。動物習性を組み込むとかなんとか……だからまぁ、前回のこと、いろいろ気にしないでほしいの」
「気にしないでほしい……?」
「だから、その……あんたにいろいろ擦り寄ったこととか、二人で変な気分になったこととか。私ももうこの前のこと深く考えないことにしたから」
「え」
「あと、えっと……」


 くいくいっとヘニルの裾を掴み、セーリスは彼に少し屈んで耳を貸せというジェスチャーをする。その可愛らしい仕草にときめきながら屈んで彼女の口元に耳を寄せれば、すぐ側で聞こえるその愛しい声に胸が激しく高鳴る。


「……たたないのは、疲労のせいじゃないかって、本に書いてあったわ。デルメル様にはちゃんと、ヘニルをあまりこき使わないようにって言っておくから」
「えぇっ」
「あんたも不摂生はやめるのよ。夜更かししすぎないこと。分かった?」


 そう言ってセーリスは彼の耳元から離れる。

 まさかあの出来事を全部魔術のせいと片付け始めたセーリスに、ヘニルは頭が真っ白になる。それは都合が良すぎるのでは、と思うも、確かにラズマの魔術がずば抜けているのは間違いない。あんな本物の猫の部位と習性を組み込んだ手腕は並大抵のものではないはずだ。


「(いや俺には魔術効かないんですけど……!?)」
「ついでにこれ。お酒に使ったりせず、非常用として取っておきなさい」


 ぽんと手に置かれたのはそれなりの量の金が入った小袋だ。そしてセーリスの思考が既に読めてしまったヘニルには、これが何の用途として渡されたのかが分かってしまう。


「姫様、その……」
「言っておくけど、私一人じゃ到底無理。カーランド様ができれば定期的に実験を行いたいって言ってくれてるし、その度に報酬はあげられるけど、それ以上はちゃんとした場所で発散しておいて」
「う……」


 血の気が引いていくのさえ感じてしまう。芸術的な鈍感さと言ったが、ここまでくると悪魔的だった。


「(回数なんて我慢しますよ、それでもあんただけがいいって言ってるのに……!)」
「それじゃあ、次の実験の日にちが決まったら伝えにくるから。まぁ、他に何か困ったことがあったら、いつでも来なさい」


 ぽかんと立ち尽くしていると、セーリスが手を伸ばす。少しだけ背伸びをして、優しく彼の頭を撫でてやる。


「じゃあね、ヘニル」


 頭に触れていた手を取って、少しだけ自分の頬に触れさせる。一度だけ掌にキスをして、彼女の手を離した。
 小さく手を振って去っていくセーリスの姿を見送って、ヘニルは重々しくため息をつく。

 あれでもダメかと、そう頭を抱えてしまう。本当に、はっきりと告白でもしない限りあの鈍感王女が自分の想いに気付くことなどあり得ないような気がしてきた。


「はぁ……」
「どうした、最近は妙に機嫌が良かったのに、一気にどん底に落ちたような顔をして」


 恐らく心配はしているわけではなく、単純に興味本位で発せられたカアスの言葉に、ヘニルはセーリスから渡された娼館用の金を見つめながら言う。


「俺、この金で猫飼うわ……名前は姫様にする……」
「ふむ、お前が何を言ってるのか分からんが兵舎は動物を飼うことを禁じられている。あと猫に愛しの姫と呼びかけるお前を見たら笑い死ぬ自信がある、やめてくれ」
「お前マジ殺したいわ」


 再度大きくため息をつき、ヘニルは空を見上げた。

 もはや次はどうやってセーリスにアピールしようなどと、そんなことを考えられる気分ではなかった。




06 魔術研究の実験体になる代 了
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