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10-09 慰め(一)*

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 魂とは身体と意識を繋ぐ不定形なものだという。魂を完全に喪失すれば、身体にある自我意識もまた消えてしまう。そういう意味で心と魂は一緒くたにされることが多い。
 王国では禁術とされる魔術はそれを消費し、圧倒的な効果をもたらす。セーリスがヘニルの身体を癒せたのも、自分の魂を僅かに代償にしたためだった。

 それもあって彼女は唐突に意識を失い倒れてしまう。その間断片的に感覚はあるらしいものの、身体は全く動かせないのだという。それ以外に実害は無いとの話を聞いた時、ヘニルは酷く安堵したのを覚えている。


「今日は少し調子悪かった? って、半月ぶりに倒れた私が言うのもなんだけど」


 時刻はすっかり夜だ。
 セーリスのこの後遺症は回数を追うごとに軽度になっている。最初は一週間おきくらいに、一度眠ると長くて数日眠り続けていたものだが、最近では倒れること自体減ってきて数時間ほどで起きられるようになった。デルメルからは、治ってきたのではなく、身体と精神が魂の状態に適応してきたとかなんとか、その辺の話は正直セーリスもヘニルもよく理解できなかった。

 完全に手が止まっている課題を眺め、セーリスは苦笑を浮かべる。見舞いに来たイズナから魔術工房であったことも聞き及んでいる。加えてカーランドからも、カアスと何かあったようだ、と。


「へーにーる」


 ぼーっとしている彼を後ろからそっと抱きしめる。珍しい呼び方をしたせいか、じわりと彼の耳が赤くなり、気まずそうに視線をセーリスへと向けてくる。


「手が止まってますよ」
「……すいません」


 ヘニルはテーブルに広がる本と紙に視線を落とす。毎晩セーリスはこうしてヘニルに勉学を教えている。最初は読み書きを、それが大分できるようになった後は算術、歴史など様々だ。
 俯く彼の頭を撫でてやっていると、彼はセーリスの手を取る。愛おしむように指を絡め、擦り合わせ、柔らかな掌を押し付けてくる。
 相当思い悩んでいるのか話し出そうとしないヘニルに、セーリスは視線を合わせるように自分も側にある椅子に座った。


「カアス様からそんな酷いこと言われちゃったの?」
「……じーさんから聞いたんですか」


 素直にセーリスは頷く。じっとヘニルの目を見ても、彼はその視線から逃げるように逸らしてくる。それでもしっかりと彼女の手を握っていて、それは僅かに震えているような気がした。


「セーリス様」
「なぁに」


 泳いでいた視線がようやくセーリスに向けられる。あの重い告白をした時のように揺れる金の瞳を見て、セーリスは何となくその先に続く言葉を予想してしまう。


「セーリス様は、俺のこと……好きですか」


 不安げに吐き出された問いに、彼女は小さく笑みを浮かべる。椅子から立ち上がると、繋いでいた手を離して彼の頬に触れる。


「変なこと聞くのね」


 ゆっくりと顔を近づける。口付けをするのだと、そう理解したヘニルの目はすぐに愛おしそうにセーリスを映して潤む。


「好きじゃなかったらこんなことしないわ」


 触れるまであと数センチというところでセーリスは囁くように言うと、そのまま唇を重ねる。柔らかなそれを食んで舌で舐めれば、我慢が利かなくなったのかヘニルは噛みつくようにセーリスに追い縋る。
 少し痛い程にきつく抱きしめられ、物欲しそうに口元を舐め回す舌に、彼女もまた自分のそれを絡める。滑る唾液とざらつく舌の感触を堪能しながら、片手を彼の股座へと伸ばし、勃ち上がりかかっているそれに服越しに触れる。


「っ……、ん、セーリスさ、ま」


 服の上から扱くように手を動かせばそれは更に大きくなっていく。敏感にそれに反応して、ヘニルは欲に塗れた視線をセーリスへと向けた。
 背に回っていたヘニルの手は背筋をなぞりながら降りてくる。柔らかなセーリスの臀部を撫でて、夢中になって弄ぶ。


「んぁ……は、……んっ」


 縋り付くように絡まる彼の舌を引き摺りながら、セーリスは繋げていた唇を離す。絡み合ったそれを解けば、とろりと二人の僅かな距離の間に唾液の糸が伸びる。
 いつの間にか自分の手の下で完全に首をもたげ主張する男根があって、セーリスはじわりと頬を赤くする。


「……ちょっと、はしたなかった、かな」


 上目遣いで恥じらいを見せるセーリスに、ヘニルはかっと顔を赤くする。そのまま彼女を軽く抱き上げると、確認のように問いかける。


「今日はもう勉強終わりでいいですか」
「しょうがないわね。休息も必要だし」


 セーリスが了承するや否や、ヘニルはそのまま寝室に向かう。浴室、執務室を兼ねた居間など豪勢な王女の部屋の中で、そこは一番入り口から奥側にある。
 ベッドに優しくセーリスを下ろしてやり、ヘニルはすぐに彼女の上に覆い被さる。何度も啄むような口付けをして、ぐいぐいと彼女に興奮した自身を押し付ける。
 今すぐにでも交わりたいとでも言いたげなヘニルに、彼女は優しい声で尋ねる。


「今日は最後までしたい?」


 毎晩の戯れ合いは挿入までいかない。いつも彼の昂りを手で慰めてやってはキスをして愛撫しあうだけなのだ。当然最後までしたくなる時もあるのだが、ヘニルの方は真面目に週末まで待つことがほとんどだ。
 今回はどうだろうか。そう思って聞いてみたのだが、彼は考え込むように静止している。


「ヘニル?」
「…………」
「?」


 一体どうしたのかと思い上半身を起こせば、ヘニルは彼女の胸元に倒れ込んでくる。落ち込んでいるらしいヘニルを抱きしめ、柔らかいその髪を撫でてやると、彼はぼそぼそと言葉を吐き出し始める。


「今日、カアスに言われたんです。あんまり自分勝手が過ぎると、セーリス様に愛想尽かされるって……それで、怖くなって」
「そうだったんだ」


 それはなかなか厳しい叱責だと思い、セーリスは自分はそんなこと思っていないとそう口にしようとする。けれど彼女がそう言い出すのは予想できたのらしく、ヘニルは顔を上げるとしっかりと彼女の手を握る。


「それにセーリス様が着飾ってきたのにすぐ気付けなかったし、ラズマに対して嫉妬して当たっちまったし……セーリス様は優しいですから、俺の馬鹿にも目を瞑ってくれてるって分かってます」
「え? うーん、まぁ……」


 そんなつもりはなかった気がしてとセーリスは苦笑を浮かべながら首を傾げた。確かにラズマの件は意識がはっきりしていれば叱ったかもしれないが、見逃していたというより、今朝サーシィに言われたように、無意識的にヘニルを甘やかしているという方が正しいだろう。

 ちなみに化粧に関しては、“いつにもまして~”のくだりで気付いてくれたのかななんて思っていたため、セーリスの方はまさかそれにもショックを受けていたとは思わなかった。
 けれどそんなことを考えているセーリスにも構わず、ヘニルは続ける。


「でもいい加減カッコ悪過ぎるというか、その……なので! 挽回させてください」


 予想だにしなかった言葉にセーリスは驚く。挽回とは一体何のことだろうか。そう思っていると、彼は優しくセーリスの手を撫でる。


「セーリス様が俺に抱いているであろう不満に、一つだけ……一つだけで申し訳ないんですが、心当たりがあるんです。だから、それだけは、その、言われる前にちゃんとしたいんです。……もしそれが間違ってたら今度からはちゃんと、セーリス様に聞きますから」


 つまりヘニルは、セーリスから指摘されるよりも前に、自らの手で自分の悪いところを改善したいと言っているのだろう。

 しかし。


「(ヘニルへの、不満……?)」


 当のセーリスには全くと言っていいほど心当たりが無かったのだ。
 否、厳密には疑問や戸惑いのような心に引っかかるものはあるのだが、彼女はそれを不満とは思っていないのだ。セーリスとしてはヘニルは以前よりもずっと大人しく真面目にやってくれている、そんな認識だった。


「今まで散々ダサいとこばっか見せてきたので、その……俺は! セーリス様にかっこいいって思って欲しいし、何度でも惚れ直すくらいのいい男になりたいです。いっつも俺ばっかり、夢中になって……」


 自分を情けなく思っていると口にすること自体、みっともないことだと彼は思っているのだろう。以前からセーリスは思っていたことだが、ヘニルという男は戦い以外での自己評価が妙に低い。こと恋愛面に置いては本人も自覚有りの最低評価だった。

 その原因の一つは過去の行いだ。出会った当初からヘニルに恋愛の知識など一切無く、身の潔白云々の際にセーリスに叱られるまでは、セックスで悦ばせていれば、後は顔面と強さで本当に彼女が自分に惚れるものだと思っていたらしいのだ。

 そういうところも今思えば可愛らしいと思ってしまう自分に気付いて、セーリスは呆れてしまう。存外彼女もヘニルに対して盲目的なのだ。
 けれど彼がこんな風に思い詰めてしまうのも自分に問題があると、彼女は思った。つまり、自分の愛情表現不足であると。
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