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【ジーク】喜ぶべきことではなかった
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結果彼女は天使ではなかった。
この世界では珍しい容姿や魔力を持たないのは異世界人故であった。そして、彼女は言葉が話せないのではなく、こちらの世界の言葉が理解できなかったのだ。
その事実は彼女が異世界人である事よりも俺に衝撃を与えた。
つまりあの時彼女に俺の言葉は届いてなかったのだ。異世界に飛ばされ途方に暮れている最中、いきなり何を言っているのかもわからない大男に詰め寄られ、無理やり捕らえられこんなところに連れてこられて殺意剥き出しの男どもに囲まれてどれほどの恐怖だっただろう。
きっと、ずっと生きた心地がしなかったのではないだろうか。
彼女が初めて発したあの言葉の意味は分からなかったが、その声は震え上ずりまるで死に怯え助けを乞うかのような悲痛な叫びだった。
俺は自分を責めた。
しかし、俺の失態はそれだけじゃなかった。なんと彼女は裸足だったのだ。つまり、俺はずっと彼女を素足のままで地べたを歩かせていたということだ。
俺のせいで、俺が保護を急いたばっかりに彼女を傷つけ恐がらせてしまった。こんなんじゃ彼女に怯え嫌われても仕方がない。
クシェルに名を呼ばれ一緒に残るように言われ頭を上げると彼女が俺の方を見て、目を瞬かせていた。その目からは恐怖や嫌悪といったものは全く感じられずただただ驚きだけが見て取れた。
怯えられてない?
野次馬どもがいなくなると俺は急いで彼女を抱き上げた。
もう一分一秒ですら素足を地べたにつけさせていたくない!
すると彼女は俺の服を掴んだ。
ただそれだけで心臓が跳ね、嬉しさがこみ上げてくる。
わ、分かっている。これは俺がいきなり抱き上げたせいでバランスを崩しただけだと、俺を頼っての行動ではないことはわかっている。勘違いするな!思い上がるな!
しかし、彼女は抱き上げられていることを嫌がる素振りも手を離す気配もなく、足を拭くと俺の服が汚れることの方を気にし、傷がないか確かめるためとはいえ足の裏を撫でてもなんの抵抗も示さない。
その足裏は傷一つなくサラリと滑らかで、抵抗されないことをいいことに押してみると、フニフニと柔らかくまるで子猫の肉球のようだった。
フニフニフニモミモミスリスリスリモミモ……っは!つい我を忘れて彼女の足裏を堪能してしまった!
「ん、大丈夫そうだな」
なんて言って、さも少し念入りに傷の有無を確認しただけのように装い、慌てて歩き出す。我ながら白々しいと思ったが、それにも彼女は疑問を抱くこともなく「ありがとう」と上目遣いで照れたような笑顔を向けてくれた。
天使!!いや、天使ではなく、異世界人である事は理解しているが……。
しかし、聞いていた異世界人と彼女は何もかもが違っていて、こんなに純で謙虚な子が勇者な訳がない。きっと、彼女は神から招かれた渡り人だろう。
渡り人は神に導かられ、渡り人をーー救いを必要とする者の前に現れると言われている。
今まで渡り人が魔族の元へ現れたと言う記録はないが、それは単に今まで魔族の中に救いを必要とする者が居なかっただけかもしれない。
そして彼女の第一発見者は俺だ。
それはつまりーー
部屋を移動し軽く自己紹介を終えた後彼女の話を聞いた。身体の発達具合からして成人間近だろうとは思っていた。まさか成人済み、しかもまさか18歳だと聞いた時は驚いたが、正直少し浮かれてしまった。
その後この世界のことを大まかに説明し、彼女がこの世界へ来た理由を探る。
しかし、それは結局分からずじまいで、更には彼女が勇者どころか、渡り人である可能性も危うくなってきた。
彼女は何もかもが例外だった。彼女のこの世界での立ち位置、存在意義が揺らいでいく。
中でも、彼女はこの世界では自分が命あるものとすら認識されないと知り、大きなショックを受ける。
「か、帰れるんですよね?」
そう問う彼女の目は涙が溜まっている。
俺はさっきまでの浮かれていた自分を殴ってやりたくなった。
渡り人は元の世界に未練が残らないためか、あちらの世界で辛い生活を強いられていたものに限られている。しかし神の謀か、彼女は元の世界で大切な家族があり、幸せに暮らしていたらしい。
彼女はただただこちらの世界の身勝手な都合に巻き込まれた被害者だ。彼女のことを思うならこれは喜ぶべきことではなかった。
こんな自分が情けなくて彼女の目を見ることが出来ない。
「……異世界人が元の世界に帰ったという話は聞いたことがない」
魔王は代々勇者の記録を受け継いでいる。
現魔王のクシェルが言うのだ、それが真実なのだろう。
しかしそれは帰れないと言われたも同然だ。
彼女はクシェルの答えを聞くとその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。何故自分なのか、勤めとは何か、帰りたい、助けてとそして最後に、ごめんなさいお父さん。とーー
俺にはどうすることも出来ない。
彼女の悲痛な叫びから、痛々しい姿から目を逸らさないことがこの世界の者としてせめてもの償いのように感じた。
もう夜遅いこともあり、そのまま話の続きは明日へと持ち越しとなった。
彼女は城で保護する事になり、彼女を客室へ案内するように言われた俺は、彼女を最上階の角部屋へと案内した。
「すみません、わたしが取り乱してしまったせいで」
話が中断してしまったのは自分のせいだと頭を下げる彼女。
そんなの彼女が頭を下げる必要は無いのに…
話を聞く限りでは、彼女は人一倍家族との絆が深いと思われる。それをいきなり一方的に奪われたのだ。むしろあの時まで泣くのを我慢していた彼女を褒めてあげたいくらいだ。
いきなり飛ばされて不安の中、言葉も分からず俺みたいな大男に捕らえられ、多くの男に囲まれてーー挙句あんな現実を突きつけられて。
「俺こそすまなかった。君には必要以上に怖い思いをさせてしまった」
彼女を安全に保護するには一刻も早くクシェルに会わせる必要があった。
俺は首を横に振り彼女に謝罪の必要は無いと伝え、改めて頭を下げた。すると今度は彼女が首を横に振る。
「団長様はわたしを助けようとしてくれただけで、何も悪く無いです。きっとあの時も優しい言葉をかけてくれてたのにわたしが言葉を理解出来なかったばっかりに…」
「いや、それは君のせいではない」
彼女が再び頭を下げようとするのを止める。
悪いのは彼女をこんな事に巻き込んだ神と配慮が足りなかった俺だ。
その後半ば強引に彼女を部屋の中へ促した。
翌朝朝食に誘いがてら、今日から彼女付きとなるメイドの紹介をするために彼女の部屋の扉を叩く。しかし中から反応はない。
再度、今度は強めに叩く。しかしやはり反応はない。
ここで一抹の不安が俺を襲う。
まさか昨日のことは俺の夢だったのだろうか。
いやそんなはずはない、昨日の彼女の泣き崩れる姿は俺の頭に焼き付き今も胸を締め付けている。
女性の部屋に断りもなく入るのは非常識だと分かっていたが、一刻も早く彼女の無事を確認したかった俺は、扉を開けた。
こんな時に彼女に魔力があればすぐに彼女の存在を確認できるのに…
焦る気持ちをそのままに急ぎ足でベッドへ向かうと、そこにはーー天使がいた。
こんな騒がしい中彼女はスヤスヤと可愛い寝息を立てて寝ていた。
考えればすぐに分かる事だった。
最初に扉を叩いても反応がなかったのは寝ていたからだ。昨日は色々あったし、ひどく疲れていたのだろう。
顔を覗き込んでも起きる気配はない。
間近で見る彼女の寝顔はさらに幼く見える。
きめの細かい肌は見ただけで滑らかなんだろうと容易に想像出来る。
堪らず頬を指で突くと彼女は嫌そうに眉を寄せる。
「……ん、ぅ…」
そんな不機嫌そうな顔も可愛く、突いた頰は思ったよりも柔らかく、今度はフニフニと軽く摘み弾力を堪能していると更に不機嫌な声を出して布団を頭まで被ってしまった。
少々調子に乗り過ぎてしまったようだ。
「起こしますか?」
俺が内心反省していると、彼女に紹介するはずだったメイドが感情のない声で尋ねてきた。
一瞬頭にきたが、これでも魔族が人族に対する態度としては良い方だろうと思い直す。
「いや、ゆっくり寝かせてやってくれ」
最後に彼女の頭をひと撫でして俺は寝室を出た。
この世界では珍しい容姿や魔力を持たないのは異世界人故であった。そして、彼女は言葉が話せないのではなく、こちらの世界の言葉が理解できなかったのだ。
その事実は彼女が異世界人である事よりも俺に衝撃を与えた。
つまりあの時彼女に俺の言葉は届いてなかったのだ。異世界に飛ばされ途方に暮れている最中、いきなり何を言っているのかもわからない大男に詰め寄られ、無理やり捕らえられこんなところに連れてこられて殺意剥き出しの男どもに囲まれてどれほどの恐怖だっただろう。
きっと、ずっと生きた心地がしなかったのではないだろうか。
彼女が初めて発したあの言葉の意味は分からなかったが、その声は震え上ずりまるで死に怯え助けを乞うかのような悲痛な叫びだった。
俺は自分を責めた。
しかし、俺の失態はそれだけじゃなかった。なんと彼女は裸足だったのだ。つまり、俺はずっと彼女を素足のままで地べたを歩かせていたということだ。
俺のせいで、俺が保護を急いたばっかりに彼女を傷つけ恐がらせてしまった。こんなんじゃ彼女に怯え嫌われても仕方がない。
クシェルに名を呼ばれ一緒に残るように言われ頭を上げると彼女が俺の方を見て、目を瞬かせていた。その目からは恐怖や嫌悪といったものは全く感じられずただただ驚きだけが見て取れた。
怯えられてない?
野次馬どもがいなくなると俺は急いで彼女を抱き上げた。
もう一分一秒ですら素足を地べたにつけさせていたくない!
すると彼女は俺の服を掴んだ。
ただそれだけで心臓が跳ね、嬉しさがこみ上げてくる。
わ、分かっている。これは俺がいきなり抱き上げたせいでバランスを崩しただけだと、俺を頼っての行動ではないことはわかっている。勘違いするな!思い上がるな!
しかし、彼女は抱き上げられていることを嫌がる素振りも手を離す気配もなく、足を拭くと俺の服が汚れることの方を気にし、傷がないか確かめるためとはいえ足の裏を撫でてもなんの抵抗も示さない。
その足裏は傷一つなくサラリと滑らかで、抵抗されないことをいいことに押してみると、フニフニと柔らかくまるで子猫の肉球のようだった。
フニフニフニモミモミスリスリスリモミモ……っは!つい我を忘れて彼女の足裏を堪能してしまった!
「ん、大丈夫そうだな」
なんて言って、さも少し念入りに傷の有無を確認しただけのように装い、慌てて歩き出す。我ながら白々しいと思ったが、それにも彼女は疑問を抱くこともなく「ありがとう」と上目遣いで照れたような笑顔を向けてくれた。
天使!!いや、天使ではなく、異世界人である事は理解しているが……。
しかし、聞いていた異世界人と彼女は何もかもが違っていて、こんなに純で謙虚な子が勇者な訳がない。きっと、彼女は神から招かれた渡り人だろう。
渡り人は神に導かられ、渡り人をーー救いを必要とする者の前に現れると言われている。
今まで渡り人が魔族の元へ現れたと言う記録はないが、それは単に今まで魔族の中に救いを必要とする者が居なかっただけかもしれない。
そして彼女の第一発見者は俺だ。
それはつまりーー
部屋を移動し軽く自己紹介を終えた後彼女の話を聞いた。身体の発達具合からして成人間近だろうとは思っていた。まさか成人済み、しかもまさか18歳だと聞いた時は驚いたが、正直少し浮かれてしまった。
その後この世界のことを大まかに説明し、彼女がこの世界へ来た理由を探る。
しかし、それは結局分からずじまいで、更には彼女が勇者どころか、渡り人である可能性も危うくなってきた。
彼女は何もかもが例外だった。彼女のこの世界での立ち位置、存在意義が揺らいでいく。
中でも、彼女はこの世界では自分が命あるものとすら認識されないと知り、大きなショックを受ける。
「か、帰れるんですよね?」
そう問う彼女の目は涙が溜まっている。
俺はさっきまでの浮かれていた自分を殴ってやりたくなった。
渡り人は元の世界に未練が残らないためか、あちらの世界で辛い生活を強いられていたものに限られている。しかし神の謀か、彼女は元の世界で大切な家族があり、幸せに暮らしていたらしい。
彼女はただただこちらの世界の身勝手な都合に巻き込まれた被害者だ。彼女のことを思うならこれは喜ぶべきことではなかった。
こんな自分が情けなくて彼女の目を見ることが出来ない。
「……異世界人が元の世界に帰ったという話は聞いたことがない」
魔王は代々勇者の記録を受け継いでいる。
現魔王のクシェルが言うのだ、それが真実なのだろう。
しかしそれは帰れないと言われたも同然だ。
彼女はクシェルの答えを聞くとその場に崩れ落ち、泣き叫んだ。何故自分なのか、勤めとは何か、帰りたい、助けてとそして最後に、ごめんなさいお父さん。とーー
俺にはどうすることも出来ない。
彼女の悲痛な叫びから、痛々しい姿から目を逸らさないことがこの世界の者としてせめてもの償いのように感じた。
もう夜遅いこともあり、そのまま話の続きは明日へと持ち越しとなった。
彼女は城で保護する事になり、彼女を客室へ案内するように言われた俺は、彼女を最上階の角部屋へと案内した。
「すみません、わたしが取り乱してしまったせいで」
話が中断してしまったのは自分のせいだと頭を下げる彼女。
そんなの彼女が頭を下げる必要は無いのに…
話を聞く限りでは、彼女は人一倍家族との絆が深いと思われる。それをいきなり一方的に奪われたのだ。むしろあの時まで泣くのを我慢していた彼女を褒めてあげたいくらいだ。
いきなり飛ばされて不安の中、言葉も分からず俺みたいな大男に捕らえられ、多くの男に囲まれてーー挙句あんな現実を突きつけられて。
「俺こそすまなかった。君には必要以上に怖い思いをさせてしまった」
彼女を安全に保護するには一刻も早くクシェルに会わせる必要があった。
俺は首を横に振り彼女に謝罪の必要は無いと伝え、改めて頭を下げた。すると今度は彼女が首を横に振る。
「団長様はわたしを助けようとしてくれただけで、何も悪く無いです。きっとあの時も優しい言葉をかけてくれてたのにわたしが言葉を理解出来なかったばっかりに…」
「いや、それは君のせいではない」
彼女が再び頭を下げようとするのを止める。
悪いのは彼女をこんな事に巻き込んだ神と配慮が足りなかった俺だ。
その後半ば強引に彼女を部屋の中へ促した。
翌朝朝食に誘いがてら、今日から彼女付きとなるメイドの紹介をするために彼女の部屋の扉を叩く。しかし中から反応はない。
再度、今度は強めに叩く。しかしやはり反応はない。
ここで一抹の不安が俺を襲う。
まさか昨日のことは俺の夢だったのだろうか。
いやそんなはずはない、昨日の彼女の泣き崩れる姿は俺の頭に焼き付き今も胸を締め付けている。
女性の部屋に断りもなく入るのは非常識だと分かっていたが、一刻も早く彼女の無事を確認したかった俺は、扉を開けた。
こんな時に彼女に魔力があればすぐに彼女の存在を確認できるのに…
焦る気持ちをそのままに急ぎ足でベッドへ向かうと、そこにはーー天使がいた。
こんな騒がしい中彼女はスヤスヤと可愛い寝息を立てて寝ていた。
考えればすぐに分かる事だった。
最初に扉を叩いても反応がなかったのは寝ていたからだ。昨日は色々あったし、ひどく疲れていたのだろう。
顔を覗き込んでも起きる気配はない。
間近で見る彼女の寝顔はさらに幼く見える。
きめの細かい肌は見ただけで滑らかなんだろうと容易に想像出来る。
堪らず頬を指で突くと彼女は嫌そうに眉を寄せる。
「……ん、ぅ…」
そんな不機嫌そうな顔も可愛く、突いた頰は思ったよりも柔らかく、今度はフニフニと軽く摘み弾力を堪能していると更に不機嫌な声を出して布団を頭まで被ってしまった。
少々調子に乗り過ぎてしまったようだ。
「起こしますか?」
俺が内心反省していると、彼女に紹介するはずだったメイドが感情のない声で尋ねてきた。
一瞬頭にきたが、これでも魔族が人族に対する態度としては良い方だろうと思い直す。
「いや、ゆっくり寝かせてやってくれ」
最後に彼女の頭をひと撫でして俺は寝室を出た。
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