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何も悪い事はしてない!

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「友達なんだから敬称は要らないんじゃない?敬語も無くそう!」
「え、しかし……」
「あ!それとわたし、友達が出来たらお互い特別な呼び名で呼び合うのが夢だったの!」

 この世界に来て初めて、しかも数年ぶりに出来た新しい友達の存在にこの時のわたしは完全に浮かれきってしまっていた。

 そのことを後に酷く後悔することになるとも知らずにーー


「特別、ですか?」
「うん!例えばアルベルト、くん……アルくんとか!どう?で、わたしは椎名……シイちゃん?んーしっくり来ないな。コハクはダメだからなぁ」
「こ、このままではダメなんですか?」
「ダメ!なんか友達なのに距離がある。友達は対等であるべきなんだよアルくん!だから敬語も無し!」
「わ、分かりましっ、分かったよシイナさん」
「さんも無し!」
「え⁈し、シイナ……これでいい?」

 戸惑いながらも、わたしのわがままに付き合ってくれるアルくん。素直で優しい良い子!可愛い!

「うん!ありがとうアルくん!」
「ぅえ⁈て、手!ち、近っ!」

 アルくんがわたしのお願いを聞き入れてくれたことが嬉しくて、この世界に来て初めて出来た友達とより親密になれた気がして舞い上がったわたしは気がつくとアルくんの両手を掴み自分の方へ引き寄せていた。
 当然、急にそんなことをされたアルくんは顔を真っ赤にして戸惑いを見せる。


『ッバン!!』
「帰るぞコハク!っな゛何をしているんだ⁈」

 ちょうどその時、タイミング悪くクシェル様がわたしを呼びに来てしまった。そして、そんなわたしたちの状況を目にしたクシェル様は思いっきり顔を顰めた。

 しかし、友達が出来たことが嬉し過ぎて、舞い上がり切っているこの時のわたしはそれに気付かず、また今の状況を側から見たらどう映るのか、クシェル様がどう思うのかまで考えが及ばずーー

「あ、聞いてくださいクシェル様!アルくんがわたしと友達になってくれたんです!」

 急いでクシェル様の元へ駆け寄ると、出来たばかりの友達を自慢してしまった。勿論、満面の笑みで……。
 
 ーーきっとそれがいけなかったんだ


「アル、くん?」
「あ、アルくんっていうのはわたしが考えたアルベルトくんの特別な呼び名で」
「特別……」
「はい。元の世界ではよく友達同士で親しみを込めて愛称で呼び合ったりしてて」
「もういい。それ以上は聞きたくない」
「く、クシェル様?……いっ、痛っ!」

 クシェル様はわたしの話を「聞きたくない」の一言で終わらせると、目を合わせることもなく腕を掴み、扉の方へと引っ張った。

「ま、待ってください誤解です!本当に僕はシイナとはただの友達でそれ以上の事は何も」

 自分のせいでわたしが怒られたと思ったのか、必死にクシェル様に誤解だと訴えてくれるアルくん。しかしーー

「シイナ……だと?」

 クシェル様はそのアルくんの発言に更に眉間の皺を深くする。

「あ、いや、これは……」
「待てクシェル、流石にそれはまずい」

 クシェル様がアルくんに何をしようとしたのかは分からないが、それをいち早く察したジークお兄ちゃんはクシェル様の肩を掴み、それを止める。

「……チッ、だから嫌だったんだコハクを外に出すのは」

 ボソボソと不機嫌に呟かれたその内容は上手く聞き取れなかったけど、その前の大きな舌打ちははっきりと聞こえた。

「な、なんで怒って……アルくんは何も悪い事はしてないよ!それに、な、名前は呼ばせてない!ちゃんと苗字でっ痛!痛い!」

 クシェル様が何に怒ってるのか分からなくて、それを尋ねたら何故か更にクシェル様を怒らせてしまい、掴まれた手首の血流が止まるんじゃないかという程強く握り締められた。

「コハク、俺はさっき、これ以上聞きたくないと言ったはずだ。よな?」

 あまりの痛さに思わず腕を引き、クシェル様の手から逃れようとしてしまった。すると今度はその手を引き上げられて無理矢理体を近づけさせられる。

「い゛っ!い、言ったけどわたしもアルくんも何も悪い事はしてない!約束もちゃんと守ったよって言いたくて!だから」

 だから、怒らないで!なんで怒るの?何が悪かったの?ちゃんと教えてくれないと分からないよ!

「コハク、ちょっと黙ろうか。流石に俺もこれ以上は我慢出来そうにない」
「じ、ジークお兄ちゃんまで!何で⁈んん゛!」

 尚も口を閉じようとしないわたしにジークお兄ちゃんはついに痺れを切らし、わたしの口を片手で覆い、塞いだ。
 ちゃんと息ができるように鼻を出してくれてるし、痛くないように力加減をしてくれてはいるが、その行為だけで恐怖を覚えてしまう。

「んんんー!!」
「クシェル一旦その手を離せ、コハクが痛がってるし、跡が残る」
「あ、あぁそうか。すまんつい頭に血が昇って」
「いや、気持ちは分かる」

 そして、そんな状況の中淡々と会話を続ける二人。その様子にますます恐怖が増していく。

「んーん゛!んーんん゛ん!」

 何で!怖い!二人が怖い。何がいけなかったの?何で怒ってるの?何でこんな乱暴なことをするの?二人はわたしのことが嫌いになったの?わ、わたし何か二人に嫌われるようなことしちゃったの?

「あぁ、泣かないでくれコハク。すまない怖かったよなぁ。俺だって、コハクが悪くない事ぐらい分かってる。だが、納得いくかいかないかは別の話だろ?」

 口を押さえている手が涙で濡れ、それでわたしが泣いていることに気づいてくれたお兄ちゃんが、心配して優しく声をかけてくれた。

「んんーん!」

 そのいつもと同じ優しい声に今度は違う意味で涙が溢れる。

 お兄ちゃんはわたしのことが嫌いになったわけでも、わたしを責めてるわけでもない!ただ何かに納得できなくて苛立ってるだけなんだ。そして多分その何かはわたしが今まで口にした言葉のうちのどれか、なのだろう。

 わたしはジークお兄ちゃんの手を離そうともがくのをやめて、そっとその手に自分の手を重ねた。

「ん?分かってくれたか?」

 ジークお兄ちゃんはわたしのその行動の意図に気づいてくれて、優しく問いかける。
 それにわたしが頷き返すと、ジークお兄ちゃんはゆっくりとその手を離してくれた。

 ジークお兄ちゃんも本当はこんなことしたくなかったんだ。でもわたしの理解が足りなかったから、これ以上わたしに怒りを向けたくなかったから、仕方なくわたしの口を塞いだんだ。

「ごめんなぁ、苦しかったよな」

 その証拠に、ジークお兄ちゃんはわたし以上に苦しそうな顔でわたしの涙を拭き取ると、優しく頭を撫でてくれた。それが嬉しくてわたしはジークお兄ちゃんの胸に飛び入り思いっきり抱きついた。
 すると、ジークお兄ちゃんはすぐに抱きしめ返してくれて、そのまま優しく抱き上げてくれた。

「さぁ帰ろう」

 わたしはジークお兄ちゃんに抱かれ頭を撫でてもらいながらその部屋を後にした。


「あれでも同じじゃないと?」

 去り際遠くでそんな声が聞こえた気がした。けど、今は余計な事は考えたくない。この優しい腕の中でただ何も考えず、幸せの温もりに包まれて微睡んでいたい。

 今後のことも何も考えず、今だけはーー

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