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今がダメなんです!
しおりを挟む「コハク、大丈夫か?力ぁ強くないか?」
「はっ、はい!大丈夫、です」
油断していた。完全に気を抜いて安心しきっていた。ま、まさかクシェル様がこんなエッチぃお願いをして来るなんてーー
夕食後わたしは、いつも通り就寝準備を済ませるため一度クシェル様と離れ、自室へ向かおうとした。がしかし、クシェル様はわたしの部屋の前に来ても繋いでいる手を離そうとせず、そのままクシェル様の部屋へと連れて来られてしまった。
この時のわたしにまだ今朝と同じだけの警戒心が残っていれば、この後の展開も想像出来ていたのかもしれない。
しかし、朝のお願いの内容や、今日はまだ一度もそういう雰囲気になっていなかったこともあり、この時のわたしは油断していた。クシェル様は今日、わたしにエッチなことを求める気はないんだと思い込み、完全に気を抜いて安心しきってしまっていた。
だからサアニャがわたしの着替えを持って来た時もーー
ん?今日はこっちの浴場を使えって事なのかな?あぁそうか、そっちの方が待ち時間が短縮出来るから、より長く一緒に居られるもんね。それにしても、入れ替わりにここのお風呂に入るのも久しぶりだなぁ。
なんて、呑気に最初の頃のことを思い出し、懐かしんでいた。
でも実際はーー
「今日は一緒に入るぞ!」
「……え?っぇえー!い、一緒に⁈」
どうやらクシェル様は、今日は最初から二人で一緒にお風呂に入る気でいたらしい。
と、いうのも以前からーー
「いつもジークばかりで俺には全然洗わせてくれない!そんなの狡い、不公平だ!俺もコハクのこと洗ってあげたい!身を預けられ、甘えられてみたい!!」
という不満があったらしい。
ここで言ういつもとは、そういう行為をした後のお風呂の事だ、と思う。三人でお風呂に入って、更に身体を洗われたともなるとその時しか思いつかない。と言っても、その時のわたしは半分意識がなく、ほとんど二人にされるがままの状態で、記憶もハッキリとしていない。
だからその時のことを引け合いに出されても困る!
わたしも望んで身体を洗われているわけでも、自分の意思でその相手を選んでいるわけでもない!ただ毎回そんな抵抗も出来ないほど、自分で身体を洗えないほど疲弊しきっているだけだ!
意識もハッキリして、自由に身体を動かせる今!そんな破廉恥な行為は断固として拒否したい!
したい。けど……でも、それがクシェル様の望みだというのならーー
「分かり、ました。お、お手柔らかにお願いします」
わたしは精一杯の誠意と覚悟を持ってそれに応えよう。
かくしてわたし達は仲良くお手てを繋いで、同じ浴場へと足を踏み入れたのだった。
うぅ!ま、眩しい!!
流石に自分は前をタオルで隠す許可をもらい、クシェル様にも腰にタオルを一枚身につけてもらうようお願いをした。けど、それだけでは当然クシェル様の溢れ出る魅力を隠し切れるわけもなく。
普段服の下に隠された、細く引き締まった無駄のない筋肉が、薄く影を作るその控えめに割れた腹筋が、スラリと伸びたその白い手足が!全てが美し過ぎて、目のやり場に困る!
「ほらコハク、最初は髪を洗うから向こうを向いてここに座ってくれ」
「ひっ、ひゃい!」
な、なななんでクシェル様はそんなに平然としていられるの~⁈わたしは恥ずかし過ぎて今すぐにでも逃げ出したいくらいなのに!
「コハク、大丈夫か?力ぁ強くないか?」
「はっ、はい!大丈夫、です」
洗髪剤を手に取り、わたしの頭を洗い始めたクシェル様は、親切にも力加減が上手く出来ているか尋ねてきてくれた。その優しさは嬉しい。がしかし、正直今はそれどころじゃない!
今わたしの頭の中は『一刻も早くこの羞恥から解放されたい!』という感情で埋め尽くされ、他のことを考えている余裕はない!
だが残念ながら羞恥は更に増す。髪が終われば次は身体だ。クシェル様の手によって泡立たされたタオルが背中に置かれ、それがゆっくりと撫でる様に上下に動かされる。
クシェル様はわたしに傷を付けまいと、敢えて弱い力で洗ってくれているのだろう。けど、それが逆にくすぐったくて……困る。
「っ!……ぅ……く、ぅんっ」
クシェル様に変に思われたくなくて、必死に声を我慢する。がーー
「にしても、アイツも悪趣味だよなぁ。これではまるで……」
「ひゃうっ!!?」
急にタオルではない何か(おそらく指)で、肩甲骨の辺りをツゥ~と滑るように撫で下ろされ、堪らず大きな声を上げてしまった。
「すまない!痛かったか⁈」
「い、いえ。ただ、びっくりしてつい、変な声が……あの、そこに何か?」
そこにはジークお兄ちゃんのっていう赤い証が沢山残されているはずだ。
それがどうかしたのだろうか。確かに、わたしもそこばかりに痕をつけられることを疑問に思ったけど……まさかクシェル様はその理由に心当たりが?
「なっ、何でもない!気にするな」
「え?でも」
「そ、そんなことより次は前を洗うから腕を」
「ひにゃーー!!ま、前は流石にむっ、じ、自分で洗わせて下さい!お願いします!」
タオルを抑えていた腕を両方いっぺんに掴まれたわたしは、先程までの疑問も吹き飛ぶ程の強烈な羞恥に、叫び声を上げながら身を丸くし慌ててタオルを手繰り寄せた。
「なっ!それでは約束が違うだろ⁈」
「そ、そんなぁぁあ!」
クシェル様は想定外のわたしの抵抗に眉を顰め、再びわたしの腕を掴むと強引に後ろを向かせた。
「ジークは良くて俺はダメだと言うのか⁈何故だ!俺だって」
「っま、待って!違う!違います!い、いいい今がダメなんです!今が!」
わたしは掴まれていない方の手で必死にタオルを押さえながら、クシェル様の目を見て力強く答えた。
そう今が、今だからダメなの!クシェル様の洗練された肉体美とか、身体に触れるクシェル様の手の熱とか、繊細な力加減とか、わたしの身体に向けられるクシェル様の視線とか色々と余計な事を気にして、考えてしまえる程に意識と思考がハッキリしている今だから!
「こっ、今度!今度そうなった時はクシェル様にお願いしますから!」
色々と気にする余裕もない程思考力が低下している時ならきっと大丈夫だから!
「……今度?」
「はい!そ、その時はクシェル様のしたいようにしてくれて構いませんから!だから今日はこのくらいで許して下さい!お願いします!」
「そんなに、嫌なのか」
「嫌っていうか、恥ずかしいんです。……クシェル様は平気ですか?もし、わたしに洗われても」
一度自分に置き換えて考えてみてほしい。大の大人が恋人とはいえ異性に裸を見られ、身体の隅々まで洗われる気分を!
「コハクが、俺を?…………ぅグっ!す、凄まじい破壊力だ。正気を保てる自信がないっ」
クシェル様は数秒思案した後、勢いよく口元を手で押さえ耳まで赤くした。
「で、でしょう!すっごく恥ずかしいでしょう?」
「え?いや、むしろうれ……っハ!あ、いや、恥ずかしい!確かにそれは非常にすばっは、恥ずかしいな!」
クシェル様にとってもそれは、相当恥ずかしいことだったのだろう。クシェル様は想像だけで額に汗までかいて、わたしの視線から逃れるかのように真っ赤になった顔を背け、手で隠した。
その後、少しの気まずさが残るなか、わたし達はそれぞれ各自で身体を洗ったのだった。
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