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三章 呪い
第23話 彼女の栄光
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赤銅は結局、あのアイトラが団長を継いだ。ルハカのように才能溢れる魔術師では無かったけれど、受け持ちの隊は上手くまとめていたから戦士団をまとめるのも問題は無いと思う。ただ、ルハカほどは頭が回らないので心配はあったかも。
ルハカ、彼女は兄に憧れていただけのことはあって頭が回るし慎重だった。
だからまさか彼女が赤銅を抜けるなんて思ってもみなかった。
「赤銅を抜けてどうしようって言うのよ。今更兄さんを追ったって……」
兄は私を――私たちを裏切った。
あの優しくて誇り高いミルーシャを洗脳した。
そんな兄のことだってずっと昔から尊敬していたのに。
考えれば考えるほどどうしようもないイライラが募る。
どうしてだろう、このところ頭が働かない。スッキリとした思考ができない。
まさか私まで洗脳を――と、何度も胸元を覗き込んだり触ったりして確認する。
「あんな兄さんなんて追ったって意味ない……」
考えがまとまらない私はそう言ってこの問題を投げ出した。
◇◇◇◇◇
私は結局、王都まで戻ってきてしまった。今まで興味も無かった城での生活だったけれど、久しぶりに戻ってきたせいか思った以上に寛ぐことができた。到着したその日の夜にはジルコワルから宴に招待された。特に用も無かった私は、宴という久しぶりに耳にする言葉にちょっとだけ惹かれた。
彼の屋敷に着くと、王都に到着したばかりだと言うのに豪勢な宴の準備が整えられていた。いつ準備したのかもわからないような料理が並び、私のためにドレスまで用意してくれていた。彼の屋敷への来客たちは名も知らぬ相手ばかりだったが、彼らは揃って私を褒めたたえてくれた。
「まあ……たまにはこういうのも悪くないわね」
私は久しぶりに貴族たちが好んで飲むような澄んだ酒をグラスで飲んでいた。
同じ葡萄酒でも街中や領都などで飲む濁った甘ったるい、水で薄めて飲むような酒とは違う。貴族たちは濾過され、洗練された味の酒を好む。澄んでいて見た目が美しく、専用の透明なグラスに入れて飲むのもその見た目を楽しむためだ。
「せっかく美しいルシアのために用意した宴なんだ、もう少し喜んで欲しい所なんだが」
「あんたのその胡散臭い物言いが嫌いなのよ」
「それは申し訳ない! 傭兵などやっていると日常にもいくらか楽しみが欲しくなるのだよ」
「いいわ。今日だけは見逃してあげる」
「ルシアの寛容さに感謝いたします。そう、感謝ついでに」
おどけたような口調でそう言いながら、ジルコワルは小箱を懐から取り出す。
箱を開くと中には宝石が一面に散りばめられたネックレスが。
「えっ、なにこれ」
「もちろん美しいルシアへの贈り物だよ」
「これ、王族が付けるくらいすごくない?」
「ああ、もちろんそのくらいじゃないとルシアには似合わないと思ったからね」
「い、いいの?」
「もちろん。これを付けさせて貰う栄誉を頂いても?」
「い、いいわよ」
ジルコワルが正面から私の首に手を回し、後ろでネックレスの掛け金を留めた。
こういうの、後ろから付けてくれるものじゃないの?
いつもなら苛ついて殴り飛ばしかねない行為を受け入れてしまう。
「よくお似合いです、ルシア」
そう言うと、他のゲストたちも口々に褒め讃えてくれる。
何故だろう、こんな扱いを受けて悪い気がしなかった。
煌びやかな貴族の世界も悪くないかもしれない。
◇◇◇◇◇
「ルシア、ひとつ話したいことが」
屋敷のバルコニーに用意されたテーブルで夜空を眺めながらお酒を飲んでいると、ジルコワルがそう話しかけてきた。
「――勇者様のことだが、ルシアはどう考える?」
「はぁ……姉さまはいろいろ、何もかも私の周りのものをかき乱してくれた。おまけに加護まで失って……情けない」
「まあ、言い方はともかく、私も似たような考えだ」
「姉さまがしっかり兄と一緒になってくれていたら兄だって、ミルーシャだって……」
「そうかもしれないな」
「あんたは姉さまに懸想していたでしょ、何言ってんの」
「いやいや、私は勇者様を崇拝していただけだ。ヴィーリヤ様の勇者様なのだぞ。分かるだろう」
何かちょっと違和感を覚えた私だったけれど、お酒も入っていたことで気にしないでいた。
「じゃあ姉さまと兄が一緒になっても祝福していた?」
「もちろんだとも」
「そう……」
「そこで提案なのだが……勇者様を今の傀儡のような立場から解放してあげてはどうだろう?」
「どうやって? 姉さまの加護が無くなったのは秘密なのよね?」
「ああ、だから代替わりをすればいい」
「誰に?」
「ルシア、君だよ。君が勇者になればいいんだ」
ジルコワルのこの馬鹿馬鹿しい提案が何故か魅力的に聞こえる。
「……そんな馬鹿なこと、できるわけないでしょ」
「いや、君にはそれだけの栄光があるし、実力もある」
「私の問題じゃない。戦女神ヴィーリヤが私を選ぶわけがない」
「それはわからないぞ」
「それならあんたがやればいいじゃない」
「私は勇者になることには興味が無い、勇者様を崇拝したいだけだ」
「それってつまり今の姉さまを認めてないってこと?」
ジルコワルは答えなかった。ただ、笑顔を見せただけ。
◇◇◇◇◇
その後、ジルコワルの言った通り私は陛下への謁見の際に褒章と褒美を頂いた。
まあ、こういうのも悪くない。領地を継ぐのもいいけど、どちらかと言うと王都での暮らしの方がいいかな。おいしいものが断然多いし……。
謁見の後、姉さまが話しかけてきた。相変わらずの自信のなさそうな物言いにイライラする。だから勇者の代替わりの事をほのめかしてやった。ジルコワルには文句を言われたけれど、驚く姉さまの顔を見て少しだけスッとした。
「ルシア、少し良いか?」
ジルコワルと別れ、部屋へ戻ろうとしていたところを真っ白い巨躯のロージフに呼び止められる。この青鋼の副団長は魔王討伐の遠征では常に先陣を切るくせに最後まで生き残った。そして見た目の割に部下にも慕われていた。
「何? いいけど手短にね」
侍女に命じてお茶を用意させ、ロージフを部屋に招き入れる。
入ってきたロージフは部屋を見渡す。
「いい部屋だな」
「別に。前に部屋を貰ってほとんどすぐに飛び出したしてそのままだったし、今回も着いたばかりで手を付けてないわ」
「そうか」
何を言いたいのか、ロージフは表情が読めない。色素の薄い瞳が余計にそう感じさせる。
「ま、侍女が手入れしてくれていたから感謝はしているわ」
侍女を務めてくれているリーシアが微笑む。
リーシアは四十代半ばとは聞いていたが、彼女は旦那さんを亡くしている。城の侍女には子供を育てていない貴族の女性か、婚約者の居ない貴族の二女や三女が多かった。リーシアは私の我儘にも文句を言わず――陰では言っているのかもしれないけれど――付き合ってくれる点がありがたかった。
「ルシアは変わったな。最初はどこの貴族のお嬢様かと思うくらいお淑やかだったのに」
「一応これでも地方貴族のお嬢様なんですけど?」
「あれで戦士団を率いることができるのかと当時は心配だったが」
「そんな話をしにきたのなら帰ってくれる?」
ロージフは溜息をつくと両手をそれぞれの膝の上につき、やや前のめりになる。
「わかった。実はうちの団長のことなんだが」
「ジルコワルがどうかしたの?」
「最近、妙にルシアに言い寄ってきているようだが……」
「ええ、でも別に心配されるようなことはしてないわ」
「以前は毛嫌いしていたよな?」
「今でも嫌いだけど?」
「ではなぜ団長が傍に居るのを許している?」
何だろう。最近、ジルコワルのあの調子のいい言い回しが気にならなくなってきている。むしろ、煽てられることに気分が良くなってきていた。何だかロージフに私のみっともない部分を見透かされたようで気に入らない。
「あ、あんた、ジルコワルに嫉妬でもしてるの?」
「む……」
珍しく眉を顰めて怪訝な顔つきで表情が出るロージフ。
それはどこか、いつの日か見た兄を思い出させた。
「――そうだな。そうかもしれない」
「はぁ!?」
あまりにも意外な言葉にこちらが驚いた。そのまま引き下がってくれるかと思った目の前の男はそう言って斬り返してきたのだ。
「俺と付き合ってくれれば守ってやれる。どうだ?」
「ななな、なにを勝手言ってんのよ、守られるほどヤワじゃないわよ」
「そうか。まあ、考えておいてくれ。――そうだ、もうひとつ」
ロージフはあっさり話を終えて切り替えてくる。
「――先ほどの会話からあまり気乗りしないのはわかっているつもりだが、勇者様の力になってやってくれないか」
ロージフからの告白は、そう悪い気はしていなかった。なのに姉さまの話を持ち出された私は、激昂し、彼を部屋から追い出してしまった。
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こちらも揺れるヒロインです!
色素の薄い瞳は妖精の世界を見通しているとも言われますね。
アイスアイスブルーの瞳に何を映すのか。ロージフの出番はまだまだありそうです。
ルハカ、彼女は兄に憧れていただけのことはあって頭が回るし慎重だった。
だからまさか彼女が赤銅を抜けるなんて思ってもみなかった。
「赤銅を抜けてどうしようって言うのよ。今更兄さんを追ったって……」
兄は私を――私たちを裏切った。
あの優しくて誇り高いミルーシャを洗脳した。
そんな兄のことだってずっと昔から尊敬していたのに。
考えれば考えるほどどうしようもないイライラが募る。
どうしてだろう、このところ頭が働かない。スッキリとした思考ができない。
まさか私まで洗脳を――と、何度も胸元を覗き込んだり触ったりして確認する。
「あんな兄さんなんて追ったって意味ない……」
考えがまとまらない私はそう言ってこの問題を投げ出した。
◇◇◇◇◇
私は結局、王都まで戻ってきてしまった。今まで興味も無かった城での生活だったけれど、久しぶりに戻ってきたせいか思った以上に寛ぐことができた。到着したその日の夜にはジルコワルから宴に招待された。特に用も無かった私は、宴という久しぶりに耳にする言葉にちょっとだけ惹かれた。
彼の屋敷に着くと、王都に到着したばかりだと言うのに豪勢な宴の準備が整えられていた。いつ準備したのかもわからないような料理が並び、私のためにドレスまで用意してくれていた。彼の屋敷への来客たちは名も知らぬ相手ばかりだったが、彼らは揃って私を褒めたたえてくれた。
「まあ……たまにはこういうのも悪くないわね」
私は久しぶりに貴族たちが好んで飲むような澄んだ酒をグラスで飲んでいた。
同じ葡萄酒でも街中や領都などで飲む濁った甘ったるい、水で薄めて飲むような酒とは違う。貴族たちは濾過され、洗練された味の酒を好む。澄んでいて見た目が美しく、専用の透明なグラスに入れて飲むのもその見た目を楽しむためだ。
「せっかく美しいルシアのために用意した宴なんだ、もう少し喜んで欲しい所なんだが」
「あんたのその胡散臭い物言いが嫌いなのよ」
「それは申し訳ない! 傭兵などやっていると日常にもいくらか楽しみが欲しくなるのだよ」
「いいわ。今日だけは見逃してあげる」
「ルシアの寛容さに感謝いたします。そう、感謝ついでに」
おどけたような口調でそう言いながら、ジルコワルは小箱を懐から取り出す。
箱を開くと中には宝石が一面に散りばめられたネックレスが。
「えっ、なにこれ」
「もちろん美しいルシアへの贈り物だよ」
「これ、王族が付けるくらいすごくない?」
「ああ、もちろんそのくらいじゃないとルシアには似合わないと思ったからね」
「い、いいの?」
「もちろん。これを付けさせて貰う栄誉を頂いても?」
「い、いいわよ」
ジルコワルが正面から私の首に手を回し、後ろでネックレスの掛け金を留めた。
こういうの、後ろから付けてくれるものじゃないの?
いつもなら苛ついて殴り飛ばしかねない行為を受け入れてしまう。
「よくお似合いです、ルシア」
そう言うと、他のゲストたちも口々に褒め讃えてくれる。
何故だろう、こんな扱いを受けて悪い気がしなかった。
煌びやかな貴族の世界も悪くないかもしれない。
◇◇◇◇◇
「ルシア、ひとつ話したいことが」
屋敷のバルコニーに用意されたテーブルで夜空を眺めながらお酒を飲んでいると、ジルコワルがそう話しかけてきた。
「――勇者様のことだが、ルシアはどう考える?」
「はぁ……姉さまはいろいろ、何もかも私の周りのものをかき乱してくれた。おまけに加護まで失って……情けない」
「まあ、言い方はともかく、私も似たような考えだ」
「姉さまがしっかり兄と一緒になってくれていたら兄だって、ミルーシャだって……」
「そうかもしれないな」
「あんたは姉さまに懸想していたでしょ、何言ってんの」
「いやいや、私は勇者様を崇拝していただけだ。ヴィーリヤ様の勇者様なのだぞ。分かるだろう」
何かちょっと違和感を覚えた私だったけれど、お酒も入っていたことで気にしないでいた。
「じゃあ姉さまと兄が一緒になっても祝福していた?」
「もちろんだとも」
「そう……」
「そこで提案なのだが……勇者様を今の傀儡のような立場から解放してあげてはどうだろう?」
「どうやって? 姉さまの加護が無くなったのは秘密なのよね?」
「ああ、だから代替わりをすればいい」
「誰に?」
「ルシア、君だよ。君が勇者になればいいんだ」
ジルコワルのこの馬鹿馬鹿しい提案が何故か魅力的に聞こえる。
「……そんな馬鹿なこと、できるわけないでしょ」
「いや、君にはそれだけの栄光があるし、実力もある」
「私の問題じゃない。戦女神ヴィーリヤが私を選ぶわけがない」
「それはわからないぞ」
「それならあんたがやればいいじゃない」
「私は勇者になることには興味が無い、勇者様を崇拝したいだけだ」
「それってつまり今の姉さまを認めてないってこと?」
ジルコワルは答えなかった。ただ、笑顔を見せただけ。
◇◇◇◇◇
その後、ジルコワルの言った通り私は陛下への謁見の際に褒章と褒美を頂いた。
まあ、こういうのも悪くない。領地を継ぐのもいいけど、どちらかと言うと王都での暮らしの方がいいかな。おいしいものが断然多いし……。
謁見の後、姉さまが話しかけてきた。相変わらずの自信のなさそうな物言いにイライラする。だから勇者の代替わりの事をほのめかしてやった。ジルコワルには文句を言われたけれど、驚く姉さまの顔を見て少しだけスッとした。
「ルシア、少し良いか?」
ジルコワルと別れ、部屋へ戻ろうとしていたところを真っ白い巨躯のロージフに呼び止められる。この青鋼の副団長は魔王討伐の遠征では常に先陣を切るくせに最後まで生き残った。そして見た目の割に部下にも慕われていた。
「何? いいけど手短にね」
侍女に命じてお茶を用意させ、ロージフを部屋に招き入れる。
入ってきたロージフは部屋を見渡す。
「いい部屋だな」
「別に。前に部屋を貰ってほとんどすぐに飛び出したしてそのままだったし、今回も着いたばかりで手を付けてないわ」
「そうか」
何を言いたいのか、ロージフは表情が読めない。色素の薄い瞳が余計にそう感じさせる。
「ま、侍女が手入れしてくれていたから感謝はしているわ」
侍女を務めてくれているリーシアが微笑む。
リーシアは四十代半ばとは聞いていたが、彼女は旦那さんを亡くしている。城の侍女には子供を育てていない貴族の女性か、婚約者の居ない貴族の二女や三女が多かった。リーシアは私の我儘にも文句を言わず――陰では言っているのかもしれないけれど――付き合ってくれる点がありがたかった。
「ルシアは変わったな。最初はどこの貴族のお嬢様かと思うくらいお淑やかだったのに」
「一応これでも地方貴族のお嬢様なんですけど?」
「あれで戦士団を率いることができるのかと当時は心配だったが」
「そんな話をしにきたのなら帰ってくれる?」
ロージフは溜息をつくと両手をそれぞれの膝の上につき、やや前のめりになる。
「わかった。実はうちの団長のことなんだが」
「ジルコワルがどうかしたの?」
「最近、妙にルシアに言い寄ってきているようだが……」
「ええ、でも別に心配されるようなことはしてないわ」
「以前は毛嫌いしていたよな?」
「今でも嫌いだけど?」
「ではなぜ団長が傍に居るのを許している?」
何だろう。最近、ジルコワルのあの調子のいい言い回しが気にならなくなってきている。むしろ、煽てられることに気分が良くなってきていた。何だかロージフに私のみっともない部分を見透かされたようで気に入らない。
「あ、あんた、ジルコワルに嫉妬でもしてるの?」
「む……」
珍しく眉を顰めて怪訝な顔つきで表情が出るロージフ。
それはどこか、いつの日か見た兄を思い出させた。
「――そうだな。そうかもしれない」
「はぁ!?」
あまりにも意外な言葉にこちらが驚いた。そのまま引き下がってくれるかと思った目の前の男はそう言って斬り返してきたのだ。
「俺と付き合ってくれれば守ってやれる。どうだ?」
「ななな、なにを勝手言ってんのよ、守られるほどヤワじゃないわよ」
「そうか。まあ、考えておいてくれ。――そうだ、もうひとつ」
ロージフはあっさり話を終えて切り替えてくる。
「――先ほどの会話からあまり気乗りしないのはわかっているつもりだが、勇者様の力になってやってくれないか」
ロージフからの告白は、そう悪い気はしていなかった。なのに姉さまの話を持ち出された私は、激昂し、彼を部屋から追い出してしまった。
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こちらも揺れるヒロインです!
色素の薄い瞳は妖精の世界を見通しているとも言われますね。
アイスアイスブルーの瞳に何を映すのか。ロージフの出番はまだまだありそうです。
応援ありがとうございます!
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