堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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三章 呪い

第35話 恋人

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 ロージフと付き合い始めてから半月ほど、私はこれまでになく舞い上がっていた。

 ――魔術師は常に謙虚で冷静で在らなければならない?

 兄の言葉なんて知ったことじゃない!
 私はこの年までコイだのアイだのには触れずに生きてきた。

 だって仕方ないでしょう?
 小さい頃から講義、訓練、指導、遠征、実戦……そんな時間は私には無かった。
 それに何より、いちばん大好きだった人には昔から恋人が居たんだから……。


 ロージフと居ると何もかもが素敵に見える!

「ロージフ、私を抱き上げてみて!」
「ここでか?」

 城でもたびたび手を繋いだり、こうやって外の見える廊下で恥ずかしげもなくあの大きな体に抱き上げられたりしていた。それまで心の底でわだかまっていたものが溶けてなくなっていくような感じ。

「あははっ、城でこんなことするの私たちくらいね!」
「ほどほどにしておいてくれ、お前にも、俺にも立場がある……」

 難しい顔をするロージフ。だけど――。

「大好き!」

 そう言って抱き着いてしまうと、彼は私の我儘なんかすぐ許してくれる。

 そんな私たちに王都の貴族たちは決していい顔をしないでしょうね。
 けれど私が加護持ちの魔術師で、ロージフは青鋼ゴドカの副団長。
 どちらも国を救った英雄なのだ。文句を言う者は誰も居なかった。


 時々泊まっていってくれる彼との夜も素敵だった。

 幼い頃、はしたないと言ってエリン姉さまと兄を離したこと。
 成長してエリン姉さまに女は子を産むものだと言ったこと。
 どちらも間違っていた!

 確かに最初は酷かった。だってこの大男だよ?
 どれだけ体格差があるのかわかってんの?――って。

 だけどわかった。
 は大好きだからするんだ。
 恋人との体での会話なのだ。

「大きぃ……」
「でかいだけが取り柄だからな」

 彼の上に体を預けて寝そべると、広くて大きい胸に受け止められて安心できる。

「胸毛は金色なんだ」
「胸毛まで脱色する必要は無いからな。ルシアとは違う」

 彼は石灰で髪の色を抜いていると言っていた。そのせいで髪はゴワゴワ。その短い髪を彼はいつも逆立てている。

「――ルシアの髪は俺と違って柔らかくて滑らかで手触りがいい」
「一生撫でていい権利をあげるわ」

「そうか。大事にする」
「ふふっ」

 私は毎回のようにロージフと朝まで語り合った。
 子供に関してはリーシアが地母神の国の高価な魔女の妙薬とやらを飲ませてくれていて、正式に身を固めるまでは子供を作らないように助言されていた。

 そもそも、多産の女神がどうしてそんなものをと聞いたことがあるけれど、リーシアが言うには育てられる環境が用意されていないのに女神様は子供など望まないとか。子供扱いされているような気もしたけれど、経験者でもあるリーシアに素直に従っておいた。


  ◇◇◇◇◇


青鋼ゴドカに西の辺境への遠征の命令が下されるようだ」

 ある日の夕餉、ロージフがそう言ってきた。

赤銅バーレの護りにつかせるのかしら? でも今は金緑オーシェも居るのよね?」
「詳しい情報はわからん。部下が、ジルコワルが話しているのを聞いたと言うんだ」

「どうして部下なの? あなたに直接、話が回ってきてもおかしくないのに」
「ああ、それはだな……このところ団長が俺を傍に置きたがらないんだ」

「ハァ? 副団長を傍に置かないでどうすんのよ! まさか団の職務に私情を挟んでんじゃないわよね、あの男」
「まあ、可能性はあるな。以前も勇者様のことで荒れていたことがある」

「エリン姉さまの? どういうこと?」
「勇者様が自分に靡かないからだろう。オーゼ殿の活躍の話が流れてきた頃だったかな、癇癪を起こしていた」

「ちょ、ちょっと待って。エリン姉さまってジルコワルと体の関係があったのよね?」

 ンンッ――と、リーシアの咳払い。
 ロージフも気まずそうな顔をするが、私は、二人はそういう関係だとばかり思っていた。

「いや、それは無いはずだ。少なくともジルコワルの近くに居た俺が見る限りでは、勇者様はオーゼ殿のことをずっと想っていたはず」
「城でもそう言う噂があったって聞いたわよ?」

 リーシアを見やると――あくまで噂です。勇者様の部屋に入り浸っていたのは本当ですので――と。

「そうだな。勇者様には確かにそういう迂闊な部分があった。だから周りから恋仲に思われても仕方がなかったと思う。が、そもそもあの二人は師弟関係にある。勇者様からの距離が近いのは以前からだ。――ただまあ、団長はそうでも無さそうだったがな」
「迂闊すぎるでしょ、まったく……」

「とにかく、俺は団長に睨まれている。もしかすると降格されるかもしれんな」
「そんなことになったら私が抗議してやる!」


  ◇◇◇◇◇


 翌早朝、ジルコワルが率いる青鋼ゴドカに辺境領ロバル行きの命が下され、常に準備を整えている青鋼ゴドカはその日のうちに慌ただしく王都を立つことになった。

「ルシア、男には気を付けろよ。少し前までお前は少々危うかった」
「なによ、見てたのならそう言いなさいよ」

「あまり親しくしているとヤツに警戒されたからな。今みたいに情報が入ってこなくなっていた」
「……そういうことなら……わかった」


「――手紙くらい寄こしなさいよ……」
「私信を送るくらいの金なら心配しないでもある」

「そうじゃなくて無事を知らせなさいと言ってるの。字は書けるのよね?」
「オーゼ殿に少し教わったよ」

 いつの間に……。
 そして彼と話していてときどき出てくる兄の名。その度に私の心は掻き乱される。

「あ、兄……」
「ん?」

「……ううん、なんでもない」

 私はどうしたいんだろう。それまでは怒りしかなかったのに、ここしばらく、どうしてかそんな兄のことが気にかかって仕方なくなる時がある。ロージフが辺境に行くなら兄のことを……その先が出てこない。


  ◇◇◇◇◇


 ロージフは西へと立った。

 朝餉と夕餉、そして時には夜に、そこに居てくれたはずの存在が居なくなった。
 どこか、ぽっかりと穴が開いてしまったような感じ。

 ねえ――と思わず声を掛けてしまった先には誰も居ない。

 リーシアはそんな私を心配して御用聞きの商人を手配してくれたり、貴族の令嬢の茶会への取次ぎを行ってくれたりしたけれど、赤銅バーレの魔術師たちとの会話の方がずっと楽しかったし、商人の持ち込む物はそれほど見映えがしなかった。

「ルシア様!」

 リーシアの声に、はっとなる。
 私は何をしていたんだろう。
 気が付くと、ジルコワルが贈ってくれた装飾品を眺め、指でなぞっていた。

「ルシア様、いいかげんロージフ様に申し訳が立ちません。処分しましょう」
「えっ……」

 私はその豪奢な装飾品をどうしても手放せないでいた。

「それからドレスも。他の男に贈って貰ったドレスを着てエスコートされるなど、ロージフ様がお可哀そうです」

 そう。ドレスも同じだった。ジルコワルの贈ってくれたドレスは少し派手過ぎるくらい煌びやかだったが、どうしても処分できない。

「だ、だめ……」
「ルシア様!?」

「捨てないで……」

 リーシアは心配そうな顔で、普段見せないような溜息をついた。


  ◇◇◇◇◇


 ロージフが西に立って十日ほど、最初の手紙が届いた。

 彼のことだから巻いた羊皮紙でも送ってくるかと思っていたけれど、思ったよりも繊細な様相の手紙を寄越してきた。ロージフは貴族では無く、一代限りの爵位もない。だからだろう、手紙の封蝋には彼の篭手の飾り模様が写し取られていた。

 私は思わずその手紙を鼻先に押し当て、すんと匂いを嗅ぐ。

 革と鉄の匂いでもするかと思いきや、意外と……意外と清涼感のある匂いがした。
 何の匂いだろう?――どこかで嗅いだ匂い。

 ――ま、とにかく開けてみよう!

 ナイフで口を開け、便箋を取り出す。意外と質のいい紙に、ロージフもそんなことに気を使うのかと驚いた。

 が、もっと驚いたのは内容の短さ…………だった…………。


「ルシア様? ルシア様!」

 リーシアのその声は私に届くことは無かった。
 なぜなら、私は怒りに打ち震えていたからだ。

『ルシア、他に好きな女ができた。俺とは別れてくれ』






--
 ルシアに平穏は訪れるのでしょうか?

 ややこしくなってきたので辺境領に名前を付けました。
 ロバル領です。旧辺境領ではなく、魔王領から奪った領地の方です。
 ロバルの西がワームと、東がミルゴサと戦った峠になります。

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