40 / 65
三章 呪い
第37話 新たなる扉
しおりを挟む
私は自由になった。
人を狂わせる衝動が私を変えてくれた。
そんなろくでもない代物に頼らないといけないくらい私は頑なだった。
お兄さんは縛られたまま。
私がこんな風になってしまったのにはお兄さんにも責任があるのに。
あれはひどい。ひどすぎた。
エリン様は尊敬できる人だ。
でも……それでもお兄さんには冷たいと思った。
そんな人がお兄さんの心を掴んで離さない。
あの衝動は確かにタニラによって与えられたものだったかもしれない。
だけどあれは私の本心だった。
エリン様もルシアも捨てるなら私が貰いたいのは本当。
お兄さんには自由になってもらいたい。
純真な乙女の心を抉っていった責任くらいは取ってもらいたい。
◇◇◇◇◇
解放した領地にはお兄さんの協力者のレハン公からの支援が入る予定だった。そのレハン公からの伝令が届いた。母国によってアザール領が侵略されたというのだ。レハン公側は急遽、防衛のための戦士団と領民兵を組織し、辺境まで送るという事だった。そのため、こちらの領地へは兵力を送れず、支援は食糧のみとなるとのこと。
また、南西部の領地の解放はタニラに支配された者があまりに多すぎるため、お兄さんの魔力がいくらあっても足りないということが判明した。そのため私たちも一度、地母神の国の王都まで引き返すこととなった。
「結局、タニラについては分からずじまいですね……」
私たちは馬車の馬を替えながら、王都までを急いでいた。
タニラのこの極めて小さな種が原因となっている可能性が高いのはわかったが、これが一体どのように私たちの体に作用しているかがわからない。それが分からなければ再び最初から原因を探さなければならない。
「他に手掛かりがない。今はこれに賭けるしかない無いな」
「もし違っていたら……」
――私が振り回したことになる。
「安心しろ。昔から見てきた。ルハカは頭も勘もいい。オレよりもずっとな」
「ではキスしてください、ご褒美に。わたくしを抱いてくださっても構いません」
「いや、それは……」
「あら、宜しいではありませんか」
「ミルーシャ……」
「オーゼくらいの地位があれば多妻は認められているでしょう」
「オレは廃嫡された。ただのオーゼだ」
「まあ、では領主に舞い戻れば娶っていただけるんですね?」
「まあ!」
――その手がありましたね、ミルーシャ様!
「いや、そういうわけじゃない。オレにはエリンがいる」
「エリン様によしと言わせれば良いのですね?」
ミルーシャ様は私の方に振り返ってニコリと微笑む。
「やめてくれミルーシャ。これ以上ややこしいことにしないでくれ……」
お兄さんは困って隣に居たゲインヴと顔を見合わせていた。
「いや、あたしにそんな顔をされても困りやす……」
◇◇◇◇◇
王都のレハン公の屋敷とやらに戻ると公の側近を名乗る男が慌てて馬車まで駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、オーゼ殿。お疲れの所申し訳ありませんがすぐに神殿へ向かってください」
「何かありましたか?」
「とにかく、神の座まで行ってくださればわかります。公もあちらへ――」
そう言いながら、側近は御者に馬車を出させた。
神殿へ着くとそのレハン公を始め、彼の側近、神官や侍女が集まっていた。
到着するや、彼らは神の座まで案内してくれた。
途中、レハン公が説明してくれた通り、神の座には地下への入口が現れていた。
「どうみるか、これを」――レハン公が問うた。
「地母神に連なる何かであることには間違いないでしょうな」
お兄さんが答えた通り、神の座に現れたものがそれ以外に関係することは無いと思う。
「どなたか中に入られました?」――公に聞いてみた。
「中には怪物がおる。れいの堕ちた黒い化け物ではなく。怪物は幸い、外までは追ってこられない」
「ミルーシャ、確か君は神が天界に居ると言っていたな」
「ええ、そうです」
「地母神が天界に居るというのはそういう伝説があるのか?」
「いいえ、ですが神託ではいつも真っ白い雲の中のような場所でお会いしますので」
神巫がいればもう少し詳しく分かるかもしれないけれど、先代の神巫は女神と共に堕ち、退治されたらしい。
「地母神なら天ではなく大地の下に居る可能性はないのか? 先代の地母神はどこから来た?」
「わかりません。統治が長すぎて」
「ある日突然現れたとしか記述がございませんね」――神官はそう言う。
「現れない――ということは、迎えに来いという事でしょうか?」
私がそう言うとお兄さんがこちらを見る。他の人も。
「意味も無く地下への入口が開くはずもあるまい。ルハカの言う通りかもしれん」
「――レハン公、探索隊を組織してここを調べましょう」
「それなのだが……実は、神殿へ来た目的が他にあってこちらに戦力を回せないのだ」
「というと?……我々の国からの侵略?」
「そうだ。兵糧を確保するために神殿の侍女を借り受けに来た。できれば神官も」
「聖餐……ですか。しかし軍隊を支えられるほどの聖餐など伝説にも聞いたことがない」
「ああ、だが頼る他ないのだ」
「そういうことであれば」
ミルーシャ様が声を上げる。
「――私が従軍いたしましょう。聖餐であれば協力できます」
「それは心強い! しかし地下はどうされます?」
「私とゲインヴ、それからルハカが居ます。いいか? ルハカ」
「もちろんです! お供いたします!」
◇◇◇◇◇
そういうわけで私たち三人は装備を整え、地下の探索を行う事となった。
装備だけならこの王都にはいくらでも余っていた。魔術師が軽装でなくてはならないわけではない。身体動作を阻害しなければ胴鎧も脛当ても付けられる。ただ、魔術師は自身の肉体の回復が苦手だ。だから安全な場所を常に確保することが第一で攻撃を受ける場所に居ること自体が問題だった。
しかし今回は違う。狭い場所でたった三人だけ。ゲインヴだけでは二人を守り切れないし、いつ死角から不意打ちを受けるか分からない。なので鎧もつけるし兜も被る。兜には遠見に用いる千里眼を掛け、視界を確保する。
「あたしゃ板金鎧は苦手なんですがね。鉄臭くて。大盾も必要ですか?」
「ああ、人間相手じゃないんだ。板金鎧なら刃が通らないなどと安心はできないぞ」
猫背のゲインヴは鎧を着せると姿勢が矯正されてる。
彼は意外と上背があり、なかなかに様になっていた。
「いっそのことぉ、盾に裸の方が気楽なんでやすが」
「おやめくださいませ、恥ずかしい」
「ゲインヴには敵を足止めしてもらわんといけなくなるからな。無理な注文だ」
ハァ――という溜息と共に完全装備のゲインヴは松明を片手に地下へと進んだ。
--
冒険モノっぽくなってきました!
三人パーティはアンバランスで一人足りない感じなのが楽しいですね!
この手の地下探索の際の照明は重要ですが、照明は誰が確保するかというのは度々議論になります。すぐには消えない二種類の照明はやはり定番だと思います。松明はルール上、『投げつけられる』『牽制できる』『落としてもすぐには消えない』という利点が大きいので前衛向きかなと思います。代わりに『照明としては揺らぎが不安定で暗い』というのが大きいので複数持ちもありだと思います。
松明の他にはランタンが定番ですが、鉱国でもノレンディルでも照明には油よりもコンティニュアルライトをかけた石を使うことが多いです。鉱国ではみんなアクセサリ代わりに身に着けてました。同じく魔術師のライトの魔法やルシアの使っていたダンシグライトも優秀ですね。――ていうか、ゲームだけでなく小説なんかでも、真っ暗闇を安易に考え過ぎではとよく思います。皆さんもっと洞窟探索系ホラーを楽しみましょう!
人を狂わせる衝動が私を変えてくれた。
そんなろくでもない代物に頼らないといけないくらい私は頑なだった。
お兄さんは縛られたまま。
私がこんな風になってしまったのにはお兄さんにも責任があるのに。
あれはひどい。ひどすぎた。
エリン様は尊敬できる人だ。
でも……それでもお兄さんには冷たいと思った。
そんな人がお兄さんの心を掴んで離さない。
あの衝動は確かにタニラによって与えられたものだったかもしれない。
だけどあれは私の本心だった。
エリン様もルシアも捨てるなら私が貰いたいのは本当。
お兄さんには自由になってもらいたい。
純真な乙女の心を抉っていった責任くらいは取ってもらいたい。
◇◇◇◇◇
解放した領地にはお兄さんの協力者のレハン公からの支援が入る予定だった。そのレハン公からの伝令が届いた。母国によってアザール領が侵略されたというのだ。レハン公側は急遽、防衛のための戦士団と領民兵を組織し、辺境まで送るという事だった。そのため、こちらの領地へは兵力を送れず、支援は食糧のみとなるとのこと。
また、南西部の領地の解放はタニラに支配された者があまりに多すぎるため、お兄さんの魔力がいくらあっても足りないということが判明した。そのため私たちも一度、地母神の国の王都まで引き返すこととなった。
「結局、タニラについては分からずじまいですね……」
私たちは馬車の馬を替えながら、王都までを急いでいた。
タニラのこの極めて小さな種が原因となっている可能性が高いのはわかったが、これが一体どのように私たちの体に作用しているかがわからない。それが分からなければ再び最初から原因を探さなければならない。
「他に手掛かりがない。今はこれに賭けるしかない無いな」
「もし違っていたら……」
――私が振り回したことになる。
「安心しろ。昔から見てきた。ルハカは頭も勘もいい。オレよりもずっとな」
「ではキスしてください、ご褒美に。わたくしを抱いてくださっても構いません」
「いや、それは……」
「あら、宜しいではありませんか」
「ミルーシャ……」
「オーゼくらいの地位があれば多妻は認められているでしょう」
「オレは廃嫡された。ただのオーゼだ」
「まあ、では領主に舞い戻れば娶っていただけるんですね?」
「まあ!」
――その手がありましたね、ミルーシャ様!
「いや、そういうわけじゃない。オレにはエリンがいる」
「エリン様によしと言わせれば良いのですね?」
ミルーシャ様は私の方に振り返ってニコリと微笑む。
「やめてくれミルーシャ。これ以上ややこしいことにしないでくれ……」
お兄さんは困って隣に居たゲインヴと顔を見合わせていた。
「いや、あたしにそんな顔をされても困りやす……」
◇◇◇◇◇
王都のレハン公の屋敷とやらに戻ると公の側近を名乗る男が慌てて馬車まで駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました、オーゼ殿。お疲れの所申し訳ありませんがすぐに神殿へ向かってください」
「何かありましたか?」
「とにかく、神の座まで行ってくださればわかります。公もあちらへ――」
そう言いながら、側近は御者に馬車を出させた。
神殿へ着くとそのレハン公を始め、彼の側近、神官や侍女が集まっていた。
到着するや、彼らは神の座まで案内してくれた。
途中、レハン公が説明してくれた通り、神の座には地下への入口が現れていた。
「どうみるか、これを」――レハン公が問うた。
「地母神に連なる何かであることには間違いないでしょうな」
お兄さんが答えた通り、神の座に現れたものがそれ以外に関係することは無いと思う。
「どなたか中に入られました?」――公に聞いてみた。
「中には怪物がおる。れいの堕ちた黒い化け物ではなく。怪物は幸い、外までは追ってこられない」
「ミルーシャ、確か君は神が天界に居ると言っていたな」
「ええ、そうです」
「地母神が天界に居るというのはそういう伝説があるのか?」
「いいえ、ですが神託ではいつも真っ白い雲の中のような場所でお会いしますので」
神巫がいればもう少し詳しく分かるかもしれないけれど、先代の神巫は女神と共に堕ち、退治されたらしい。
「地母神なら天ではなく大地の下に居る可能性はないのか? 先代の地母神はどこから来た?」
「わかりません。統治が長すぎて」
「ある日突然現れたとしか記述がございませんね」――神官はそう言う。
「現れない――ということは、迎えに来いという事でしょうか?」
私がそう言うとお兄さんがこちらを見る。他の人も。
「意味も無く地下への入口が開くはずもあるまい。ルハカの言う通りかもしれん」
「――レハン公、探索隊を組織してここを調べましょう」
「それなのだが……実は、神殿へ来た目的が他にあってこちらに戦力を回せないのだ」
「というと?……我々の国からの侵略?」
「そうだ。兵糧を確保するために神殿の侍女を借り受けに来た。できれば神官も」
「聖餐……ですか。しかし軍隊を支えられるほどの聖餐など伝説にも聞いたことがない」
「ああ、だが頼る他ないのだ」
「そういうことであれば」
ミルーシャ様が声を上げる。
「――私が従軍いたしましょう。聖餐であれば協力できます」
「それは心強い! しかし地下はどうされます?」
「私とゲインヴ、それからルハカが居ます。いいか? ルハカ」
「もちろんです! お供いたします!」
◇◇◇◇◇
そういうわけで私たち三人は装備を整え、地下の探索を行う事となった。
装備だけならこの王都にはいくらでも余っていた。魔術師が軽装でなくてはならないわけではない。身体動作を阻害しなければ胴鎧も脛当ても付けられる。ただ、魔術師は自身の肉体の回復が苦手だ。だから安全な場所を常に確保することが第一で攻撃を受ける場所に居ること自体が問題だった。
しかし今回は違う。狭い場所でたった三人だけ。ゲインヴだけでは二人を守り切れないし、いつ死角から不意打ちを受けるか分からない。なので鎧もつけるし兜も被る。兜には遠見に用いる千里眼を掛け、視界を確保する。
「あたしゃ板金鎧は苦手なんですがね。鉄臭くて。大盾も必要ですか?」
「ああ、人間相手じゃないんだ。板金鎧なら刃が通らないなどと安心はできないぞ」
猫背のゲインヴは鎧を着せると姿勢が矯正されてる。
彼は意外と上背があり、なかなかに様になっていた。
「いっそのことぉ、盾に裸の方が気楽なんでやすが」
「おやめくださいませ、恥ずかしい」
「ゲインヴには敵を足止めしてもらわんといけなくなるからな。無理な注文だ」
ハァ――という溜息と共に完全装備のゲインヴは松明を片手に地下へと進んだ。
--
冒険モノっぽくなってきました!
三人パーティはアンバランスで一人足りない感じなのが楽しいですね!
この手の地下探索の際の照明は重要ですが、照明は誰が確保するかというのは度々議論になります。すぐには消えない二種類の照明はやはり定番だと思います。松明はルール上、『投げつけられる』『牽制できる』『落としてもすぐには消えない』という利点が大きいので前衛向きかなと思います。代わりに『照明としては揺らぎが不安定で暗い』というのが大きいので複数持ちもありだと思います。
松明の他にはランタンが定番ですが、鉱国でもノレンディルでも照明には油よりもコンティニュアルライトをかけた石を使うことが多いです。鉱国ではみんなアクセサリ代わりに身に着けてました。同じく魔術師のライトの魔法やルシアの使っていたダンシグライトも優秀ですね。――ていうか、ゲームだけでなく小説なんかでも、真っ暗闇を安易に考え過ぎではとよく思います。皆さんもっと洞窟探索系ホラーを楽しみましょう!
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
36
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる