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聖女としての働き

16.ジェシカの報告

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夕食も終わり、ユウリが風呂に入っている間にジェシカを部屋に呼んだ。
先日のリツがユウリを連れ出そうとした件について報告がしたいと連絡が来ていた。

呼び出すとすぐに部屋に来てソファに座る。
疲れた顔をしているのを見て、ハーブティーを入れてジェシカの前に置いた。

「それで、手引きした者はわかりそうか?」

「まず、リツが入れられていた王宮の貴族牢の方だけど、
 通常は中に二人扉の外に二人の四人体制で監視していたの。
 それが先週から配置が変わって、扉の外に二人だけになっていた。
 しかも今までは全員の分が表になっていた勤務表が、
 各自の時間だけ書かれたものが個別に渡されるものに変更されていた。」

「その変更は誰が?」

「その通達には宰相印が押されていて、偽造印ではなく本物だったわ。
 でも、その勤務体制を変えた書類は宰相や宰相室が作ったものではなかった。
 宰相は王妃の後始末に追われた結果、先週は寝込んでいたそうなの。
 宰相印は宰相室と自宅に一つずつ置いてあるけど、
 どちらも盗まれていなかったし持ち出されたことも無かった。」

元王妃が夜会でやらかした結果、そのしわ寄せが宰相に来ていたようだ。
中立派だった真面目で穏やかな宰相には耐えきれなかったのか、
吐き気と胃痛で一週間ほど休んだそうだ。

騎士の配置を指定する書類を勝手に作って宰相印まで押し、
各騎士に配布するなんて、そう簡単にできることではない。
だが、それを実行できるだけのものがリツの後ろにいたということだ。


「リツを逃がすために誰かが勝手に変えたということか。」

「そうじゃないかしら。リツが逃げた日、各自の勤務時間を照らし合わせたら、
 三時間ほど誰も勤務に入っていなかった。
 普通なら交代が来てからじゃないと終わらないと思うでしょうけど、
 貴族牢の監視なんて何かしら問題がある騎士しかいないのよ。
 だから時間になれば交代が来なくても帰ってしまっていた。
 その後、誰かが鍵を開けてリツを貴族牢から連れ出したのね。
 どうして貴族牢の鍵を持っているのかもわからないけれど。」

「宰相印も貴族牢の鍵も、王宮の中枢にいても持ち出せないだろう。
 まさか元王妃の仕業とも思えないけれど。」

「そちらに関しては、引き続き調べさせているわ。
 それで…隊員たちのほうだけど。
 ダニエル王子とイチカが菓子を差し入れていたのとは別に、
 二週間ほど前から三回ほど王宮の侍女服を着たものが差し入れを届けに来ている。
 王子とイチカからとは言っているけれど、その日は二人とも買いに行っていない。

 おそらく隊員たちが差し入れの高級菓子に釣られているのを知って、
 神官宮に忍び込める時間を作り出したんだと思う。
 リツがこの神官宮に来た日の差し入れは季節限定の並ばなきゃ買えない焼き菓子だった。
 間違いなく護衛の隊員が抜け出してくるのを知っていたんでしょうね。」

「はぁ…あれほど差し入れは受け取るなと言っていたのに。」

ダニエルの件とは別に、今までも令嬢たちから差し入れが来ることは何度もあった。
その度に受け取るな、もし置いていくようならその場で処分しろと指示していたのに。
まさか相手が王子だから受け取ったということでは無いと思うが。

「わかっていても、可愛い女の子か毎回来て、
 悲しそうな顔で泣くのを見たら同情してしまうでしょうね。
 これは気が付かなかったこちらのミスだと思う。」

「たしかにダニエルがイチカを連れ出していたのにも気が付かなかったし、
 頻繁に差し入れに来ていたのにも気が付くのが遅かった。」

「これは仕方がないかもしれない。
 カイン兄様にもキリル兄様にも、隊員たちは盲目的なものばかり。
 つまり、隊長の指示には何でも従うけど、指示されないと何も動けない。
 今は二人とも聖女様のそばにずっといるから、
 どうしても隊員に直接指示できないことが増えてしまっていた。

 そうして、リーダーたちが指示待ちでおろおろしている間に、
 若い隊員たちは好き勝手に動くようになってしまっている。
 早いうちに問題がわかって良かったかもしれないわ。
 領地を回る前にきっちりと教育し直せるもの。」

「それは頼もしいけど…学園のほうは大丈夫か?
 結婚披露パーティーの延期のほうもいろいろと忙しかったんじゃなかったか?」

こんなことを頼んでおきながらなんだけど、
ジェシカに任せてしまってよかったのか心配になる。
ジェシカは今が一番忙しい時期だったはず。
だからこそ、ここふた月ほどはジェシカを神官宮に呼べず、
隊員たちへの指示がうまくいっていなかったということもあるのだけど。

「こんな問題が起きちゃったらこっちが優先。
 学園会のほうはハイドン王子が次の会長に決まってたから任せてしまったわ。
 パーティーのほうは…アロイスに任せちゃった。」

「…アロイスには申し訳ないな。」

幼馴染でジェシカの婚約者でもあるアロイスの顔が浮かぶ。
最初からジェシカの尻に敷かれているような奴ではあるが、ちょっと不憫に思う。


「まぁ、何とかなるでしょう。
 隊員たちの再教育は三日後からするから。
 もしだめなら地方の神官宮にいる隊員をいれることになるけれど、
 それで問題ないでしょう?」

「ああ。今後もこんなことが続くのは困る。
 使えるかどうかの判断はジェシカに任せる。」

「わかったわ。あぁ、そういえば。
 ユウリはそんなに高級菓子が好きなの?」

「甘いものは好きだと思うが、買いに行きたいとか、こういうものが食べたいとかはないな。
 どうかしたのか?」

「いいえ。イチカが言うにはユウリが欲しがるはずだって。
 もしそうなら神官宮の方で買いに行かせようかと思ったの。」

「なるほど。明日にでもユウリとミサトに聞いてみる。」

「じゃあ、また明日来ます。」

「ああ、お疲れ。」



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