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第1章

第9話 大聖女だと名乗りたくない

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 その場にいた全員が、慌てて私に視線を向ける。
 何かまずいことを言ってしまったのだろうかと内心焦っていたら、ヴェノムさんが「ああ」と納得したように微笑んだ。それだけでホッとしてしまう自分がいる。

「サナには魔力がないので、見えないのだろう」
「魔力は……神力や不思議なものを見るための力なのですか?」
「この世界において、魔力は誰しもが持っている力で、肉体と魂を結ぶ魔力器官が両胸の下にある。魔力で作ったものは魔力を持つ者しか見えない。そして魔力量が多ければその分、攻撃、防御、付与、浄化などなど様々な力を開花させられるが、逆に神力は『大聖女』だけしか持ち得ないもので、魔力が高い者は聖女と同等の恩恵を得る──などと例えられることがある所から、『聖女とは魔力が高い者』という認識になっているんだ」

 ヴェノムさんが説明してくれたので、何となくだけはわかった。そこから枢機卿が口を挟んだ。

「そもそも、この世界で魔力を持たない者は殆どいないのです。そして神力を持つ者が現れることも、数百年に一度程度。『大聖女』となる方の大半は、半分妖精あるいは神の領域に近しい存在だったと思います」
(話が壮大過ぎやしませんか……。え、妖精、神……)
「神力を宿す人間……実に興味深い」

 枢機卿のジッと見る目に熱が籠もるのを感じ、ギクリとする。できるのなら全力で、ヴェノムの背中に隠れたい。何だかトンデモナイ人に目を付けられた気がしてならない。

「(と、とりあえず話を逸らそう!)つ、つまりクデール法国では、私が神力を持っているとは知らない、と?」
「そもそもあの国は、魔力検出の数値しか出さないので、神力の存在も気付いていないでしょうね」

 枢機卿は僅かに眉をひそめたので、クデール法国のことをあまり好いていないのだろう。何となく枢機卿この人のことが、分かってきた気がする。

「……本来、教会は各国に存在し、様々な神あるいは聖女、聖人、人外に対する信仰を取りまとめている存在です。政治に介入せず、あくまでもその国の信仰とその伝統の継承、慈善活動及び人々の心の安定に尽力するのが、教会のあり方であり、私どものあり方です」
「それは……なんというか、あまりにも高尚な考え方ですね……」
「率直に言って頂き、有り難うございます。このような考えに至るのは……そうですね、これはあまり知られていませんが、私も含め教会に属する者で高位の者は、人外の血筋が多く、人間そのものが好きで、傍にいたい気持ちがあるからなのでしょう」
(枢機卿が人外!?)

 最初、枢機卿を見た時に人ならざる雰囲気を感じたのは、本当に人外の血筋を引いているからなのだろう。確かに人間にしては、あまりにも美しすぎる。

「……ええっと、エルフとはまた違うのでしょうか?」
「そうですね。彼らは妖精に近い存在でしたが、私たちの多くは精霊あるいは、人々の信仰によって派生した神の末端だったりします」
「そう考えるとクデール法国は……異質と言うか、物欲まみれと言うか、人間味溢れた方々なのですね」
「ええ、人の身で枢機卿になった者の殆どでしょう。それ故に政治への干渉から癒着まで行っているようです。だからこそ聖女召喚などという蛮行を行うことができたのかと……。もっともそこに回せる魔力回収が追いついていないので、近いうちに聖女を使った運用にも行き詰まるでしょうね」
「ざっ」

「ざまあああああ!」と叫ぶのは憚られるので、拳をグッと握って、早くもクデール法国に報復できたと、ほくそ笑む。

「では私は、この国では追放されないのですね!」
「この国の加護を受けた段階で、最初からそんな選択肢はないのだが……」

 モーリス陛下は心外だと口にしていたが、気分を大きく損なう感じではなかった。どちらかというと、親しみを覚えるような言い回しだ。

「大聖女を追放など誰がしますか。じっくり観察したい」
(既にその発言が怖い……)
「よっぽど、あの国で酷い目に遭ったようだね。まあ、いつものことだからあまり驚かないけれど」
「気遣っていたつもりが、サナを不安にさせてしまったようだ。申し訳ない」

 ブレッド王弟殿下は隣国に対して同情してくれて、ヴェノムは申し訳なさそうに告げるので、その気遣いが嬉しくてたまらない。

「ヴェノムさん。私のほうこそ余裕がなくてすみません」
「いや、昨日の今日なのだ、もう少し配慮すべきだった」
(この人は本当に、私の立ち位置を考えてくれる。……やっぱりこの人に保護されてよかった)
「さて、聖女認定したということは、彼女の身柄は教会預かりでいいのだろうか?」

 穏やかだった空気が、途端に凍りついた。

(ん?)

 真顔な枢機卿に、ロックオンされたような視線を感じた。もっとも恋愛対象とかじゃなくて、祝福ギフトが物珍しいのだろう。

(まあ、大聖女と判定が出たのなら、教会預かりになるのは……普通なのだろうけれど、できればヴェノムさんと離れたくない……な。それに教会って規律とか生活サイクルが厳しそう)
「ははっ、リカルド卿。サナ・イチジョウが大聖女であると、現段階で公表するのは悪手だろう。魔力不足であるクデール法国が使者を寄越して『自国の所有権』などと面倒なことを言い出しかねない」
(うわ……。実際に言いそう。というか私の人権全否定だわ)

 モーリス陛下的に、国としても「教会にサナを預けられない」と言い切った。ブレッド殿下も陛下に同意し、ヴェノムさんも顔が強張っている。

(確かに大聖女と公表する、しないに関わらず、教会側に身柄を預けられるのは不安かも……)

 クデール法国の一件で、できるだけ教会から離れたい。例えこの国で『大聖女』という称号を得たとしても、私はそれを名乗りたいとは思わなかった。

(クデール法国と関わり合う可能性を潰せるのなら、『大聖女』でなくていい……)
「陛下。私はサナの意見を仰ごうと思いますが、いかがでしょう?」
「ふむ」

 どこまでもヴェノムさんは私のことを気遣って、考えてくれる。
 その言動がささくれ立った心を癒やしてくれる反面、こんなふうに親身に接してくれているのは、たぶん恋愛対象ではなく、身内的な妹枠だからだ。
 そう思うとちょぴっとだけ悲しくなる。けれどそれは、贅沢なことなのだ。

「ではサナ嬢の希望をブレッドが聞き、できる限り希望に添えるように調整しよう。リカルド枢機卿もそれで構わないか?」
「ええ、教会としては彼女の庇護を行いたいですが……。隣国が絡むのであれば、そのほうがいいでしょう。……非常に、ものすごく残念ですが……。貴女が望むのならいつでも教会に来て頂いて構いませんよ? 個人的にでも……大歓迎です」
(ぐいぐい来る!)

 ヴェノムさんが一歩前に出てくれたので、私はすかさず彼の後ろに隠れてしまった。壁にしてごめんなさい。

「おや。逃げられてしまいましたか」
「リカルド枢機卿、初対面でそう遠慮なしにする言動は控えるべきでは?」
「失礼。何かに興味を持つのは久しくなかったので、少しばかりたがが外れそうになっていただけですから」
(そう簡単に、箍が外れてほしくないのだけれど!)
「それではサナ嬢の希望の仕事を聞きたいので、奧の部屋で話をしようか」
「は、はい」

 フレンドリーな口調で声をかけてくれたのは、王弟のブレッド殿下だ。モーリス陛下はこの後、会議があるらしく残念がっていた。
「くっ、私とて異世界の話が聞きたいのに!」とか「サナ嬢と仲良くしたい」などとお茶目なことを言っていたが、側近と護衛騎士に「戻りますよ」と連れ去られた宇宙人のように退出していった。
 一国の主があれでいいのだろうか、と不安に思うのだが親しみやすいと言う点では好感度は高いのだろう。

(お仕事、頑張ってください……)
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