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第1章

第13話 仕事病なのですよ

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 自分で言うのもあれだけれど、私は職人気質である。
 集中すると周囲が見えなくなる──なんてよくあることで、つまり日常茶飯事だった。
 だからこそ仕事をする時は、アラームなどをいくつも掛けなければならなかったし、大事な予定などは家族に伝えておき、直接声をかけて貰うなど気をつけていた。

 異世界では、そんな私の仕事スタイルを知っている者などいないという、極々当たり前の前提を、同居人ヴェノムさんに伝え忘れていたのだ。
 つまり、私が百パーセント悪い。
 真新しい工房にわくわくし、ラピスラズリの鉱石をひたすら砕いて粉々にしたのち、顔料に仕上げる。

(まずキメの粗いすりこ木で石を潰し、次はキメ細かいもので粉末状になるまで潰してから水を加える。うん、異世界でもこの辺りは変わらない。最後に柔らかなすりこ木で仕上げて、容易に水を入れて……不純物を分解させる)

 その工程を何度も繰り返しているうちに、数時間以上経過したことに全く気付いていなかった。
 その結果ノックなしに、扉が勢いよく開いた。

「サナ、大丈夫か!」
「……え? あ、ヴェノムさん?」
「水分も取らずに、昼食も抜いただろう!?」
「あ」

 時計を見ると、午後三時を過ぎていた。
 心なしかカーテンから零れる陽射しも、陰っている。ついさっきま、もう少し明るかった気がしなくもない。

「昼食時に声をかけて、部屋に料理を置いて置いたんだが、それも手を付けていないな」
「はい。……ごめんなさい」
「一応返事を貰ったので安心してしまったが……もしかしてサナは仕事になると、周りが見えなくなるタイプか?」
「ぐっ……そのとおりです」

 仕事に気合いを入れすぎたのもあるが、悲しいほど周りが見えていなかった。
 申し訳ない気持ちとと、恥ずかしさに消えてなくなりたい気持ちになったが、ヴェノムさんは「そうだったのか」とすんなりと私の仕事スタイルを受け入れてくれた。

「ヴェノムさん?」
「サナは職人気質だったんだな。気付かなくてすまなかった」

 頭を下げるので、慌ててそれを止めた。
 謝らなければならないのは、私のほうだ。

「あ、頭を上げてください! 元の世界では家族に頼んだりして対処していたので、すっかり失念していたのです!」
「サナはこの世界に突然呼び出されて……全てが大きく変わったばかりなのに、この国に貢献しようとしてくれただろう。それなのに、心のケアやフォローができていなかった。もっとサナに寄り添って気遣うべきだったのに」
(いい人過ぎる! ……惚れないほうが可笑しいわ)

 柔軟な対応で尚且つこんな若輩者に、頭を下げるヴェノムさんは聖人かなにかではないかと震えてしまった。
 何か言葉を返さなければならないのに、上手く言葉が出てこない。

「(この作業は好きで、元の世界に戻った気持ちになる──なんて、言えるわけがない)あ、えっと……」
「サナ。手を休めてもいいのなら、今からでもいい少し食べてくれないか。もちろん料理は温め直そう」
「気遣ってもらってばかりで、すみません。そ、そうですね! 何か食べないと……」
「サナ?」

 明るく振る舞おうとしたが、どうにも上手く言葉が切り出せない。うーむ、となる私にヴェノムさんは、そっと手を握ってくれた。なんだか小さな子供を安心させるような、温かさに本音が漏れる。

「私のほうが、全面的に申し訳ないのに。その……ヴェノムさんは私が仕事にルーズというか、仕事を基準に生活するのに対して……抵抗がありますか?」
「いいや。騎士も基本的に仕事中心な生活している。……だから、サナは我慢しなくていいんだ。そういう性質なのなら俺がカバーして、今度からは一緒に食事に誘うように声をかけるだけではなく、強制的に部屋に入って連行すれば良いだろうからな」
「れ、連行!?」
「ああ。王弟殿下も時々創作活動に夢中になると部屋から出てこないので、強制的に連行している。俺は体が資本だと思っているので、食事、運動、睡眠の三つに関しては、ある程度厳しいぞ」

 そこは甘やかさないようだ。
 少しだけ意外というか、自分の意見をハッキリと言う所はなんだか、身内感っぽくていいと少しだけ思ってしまった。職人気質の強い者によっては、はた迷惑だと思うかもしれないが、私には嬉しい気持ちが勝った。

 こうしてヴェノムさんに、おんぶに抱っこの甘やかされた環境が爆誕したのだった。なにこの高待遇!


 ***


 それから食事関係は王城の料理もしくは、ヴェノムさんの手作り、洗濯と掃除関係は王城の侍女たちの任せる、という至れり尽くせり状態。
 何よりヴェノムさんが仕事に集中しすぎていないか、お茶の時間を作って会話する機会も設けてくれる。

「……んん! 美味しい!」

 アップルパイは生地がサクサクで、林檎が薄切りにしているので食べやすく、甘すぎないクリームが美味すぎてあっという間に一切れを平らげてしまった。
 ハッとヴェノムさんの顔を見ると、嬉しそうにしている。

「初めて作ってみたのだが、満足してくれたなら嬉しい」
「え、ヴェノムさんの手作り……? しかも作ったのが初めて? 有能すぎる……」
「ああ。料理を作るのが好きだったんだが、菓子作りも初めてみたら思いのほか面白くてな」
(女子力高すぎる! ……と言うかヴェノムさんが高スペックすぎるのだけれど!)

 甲斐甲斐しいほどの扱いに、申し訳ないと思う気持ちが徐々に薄れていき、世話を焼いてくれることが嬉しくて、身内扱いも悪くないと思い始める自分がいた。

(このまま妹枠でも……ううん、それじゃあ一生女性として見られない! そんなのは嫌だ! こんなに好きで理想がいるのに、諦めるなんて無理っ!)

 こんなハイスペックかつ、自分のことを理解してくれる異性には、今後会うことはないだろう。それもドストライクの好みなのだ。
 そう思いながらも自分が義理の妹という形で、足場を固定しているのを思い出す。魔法のことはよくわからないが、関係構築によって土地の加護が得られるらしい。

(一年経てば関係を変えられるのかしら? ……って、元の世界に戻ることが優先しないといけないのに)

 気付けば、この世界での一年後のことを考えて見る。
 年齢差に関してはもう、種族が違うのだから──と割り切ることにした。でないと心の迷宮に入りそうなので、精神安定のためにもそれが懸命なはずだ。たぶん。

 だからどんなことがあっても、ヴェノムさんと呼ぶし、絶対に兄とは呼ばない。
 それが私のできる抵抗だ。
 それにまだ元の世界に戻るのも諦め切れていないのだから。

(それ以外の問題とかは──うん、未来の私、頑張れ!)

 紅茶は少し濃いめのアッサムティーにミルクを淹れると、美味しすぎるアップルパイを頬張った。
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