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第3幕
第40話 第十王子シン・フェイの視点5
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ソフィが予知夢──時間跳躍の時間軸の話をした日。
部屋に戻った私は苛立ちのあまり、部屋にあった物に当たり散らした。いつもならすぐに諫める楊明は何も言わなかった。色んなものを投げ飛ばし、最後にソフィのために用意したティーカップを見て涙が溢れた。
彼女が私と距離を置こうとしていた本当の理由。
あろうことかソフィが十八歳の時に、私は聖女と恋仲になり婚約破棄を言い渡すという。さらに四か国同盟を白紙にするという暴挙に出たそうだ。
あり得ない荒唐無稽な話だが、スペード夜王国の後継者問題、ハート皇国の食料不足、聖女信仰などを指摘されれば全くのデタラメと一蹴することはできなかった。
聡明なソフィのことだ。いち早くそれに気づき、そして絶望したのだろう。
(だから私との婚約も辞退しようとした。あの時からすでに未来を変えようと──それなのに、私は自分の望みを貫いた。もっとソフィの心に寄り添っていれば……!)
机に八つ当たりをして思わず叩き潰してしまったが、腹の虫はまったく収まらなかった。あんなに小さくて、愛らしくて、太陽のように微笑む彼女を──かつての清飛は裏切った。
祖国のためにソフィを裏切る?
聖女とやらに心移りをした?
あり得ない。
あの時はソフィが傍に居たから冷静に分析できたが、自分の愚行に発狂しそうになる。
(ああ、だから──ソフィは運命の人と出会うかもしれないと言ったのか)
ソフィに告白をした時、私の想いを信じていないと知ってショックだった。言葉も態度も彼女の心には響いていないのが、悔しくて、切なくて──けれど、それは届いていなかったのではなく、受け入れ難い理由があった。
(怖いと思いながら、それでも歩み寄ろうとしたのだな……)
「──それで、どうなされるおつもりですか?」
ずっと黙っていた楊明は私に問う。
スペード夜王国の後継者問題。その発祥の原因は虞淵国王の死が関わってくる。《クドラク病》は解決しつつあるから、後継者争いが一番の問題となる。
だが、そんな事はどうでもよかった。元から愛国心など私にはない。あの国で誰が死のうと私は眉一つ動かさないだろう。
だが──。
『もし生きる理由がないのなら、私を助けてくれると嬉しいわ。それじゃあ、ちゃんと生きてね』
そう言った私の大切な彼女が悲しむ未来だけは、看過できない。
できる筈がない。
「殿下が何を考えているかは知りませんが、スペード夜王国は権力が無い者は屈し、踏みにじられ搾取される。無力なままでは、大切な姫君一人お守りできないかと存じます」
「ああ……そうだな。その通りだ」
王族とはいえ王位継承権を放棄した第十番目の王子だ。序列も低く味方となる者もいない。
ふと楊明を見やった。彼もまた四大名家の一角を担う貴族だが、私の腹心と呼べるだけの忠義はないだろう。私の視線に気づいたのか楊明は微苦笑しつつ、片付けていた手を止めた。
「そういえば私がなぜ殿下の家庭教師になったのか、そして留学についてきたのか──話していませんでしたね」
「興味なかったからな」
「酷いですね。まあ、そういう所が従姉様にそっくりだったのですが」
「従姉様?」
「はい。伯梅、それが殿下の母君の本当の名であり、三十年以上前に人攫いにあって行方不明になった私の従姉の名でもあるのです」
(血縁者だと言っていたが、母様の従弟だったのか)
私の母が従姉だと気づいたのは、毒殺された後だったそうだ。国王の寵妃だった母は自分の死によって息子である私が、いずれ処分されると考えたのだろう。だからこそ従弟と連絡を取って自分の身分を明らかにしようとした矢先、毒殺された。
父も手を打つため楊明の家庭教師を依頼したのだろう。そして間接的に気づかせようとしたが──間に合わなかった。
しかし疑問が残る。
「第十王子が伯家の血を引いているとしたら、メリットのほうがあるのに何故名乗り出なかった?」
「殿下。第六王子もまた伯家の──先代当主の娘だとしたらどうですか」
「ああ、なるほど」
同じ伯家でも格差があった。だから母は人攫いにあったのだろう。
「先ほど三十年前に姉は人攫いにあって行方不明になったと言いましたが、正確に言えば伯家当主がクローバー魔法国に奴隷として売ったのですよ」
「三十年前から人身売買があったとか、腐りきった国だな。しかし当時、母と虞淵国王に接点はなかったのではないか? それとも単に妬みでも──」
「ああ、理由は虞淵国王の子供を身ごもっていたのですよ」
「は?」
それはつまり当時世代交代をしたばかりの虞淵国王と母はその時から恋仲だった。側室ではなく母を正室として迎えようと動いていたとしたら、確かに母は邪魔だろう。だからこそ先代伯家当主は、母子ともどもクローバー魔法国に売り渡した。
「当時、伯家当主の一人娘が後宮に入る予定だったのですが、虞淵国王の心を射止めたのは梅だったことも気に入らなかったのでしょうね」
「……子供はどうなった?」
「それはわかりません。どこで生きているのか、それとも死んでいるのか」
「そうか」
「もっとも四年前に伯家当主は事故死したので、貴方の兄君を探し出すのは難しいでしょう」
四年前に前当主は事故死した──と言ったが、実際は違うのだろう。その時の楊明の目が狼のような獣の目をしていたからだ。
(母も、ソフィも真昼の下で微笑むべき人だ。母の時は間に合わなかったけれど、今度は──)
今の私にはソフィを助けるだけの力はなく、むしろダイヤ王国に保護してもらっている。スペード夜王国の王族であるが、他の王子たちの後ろ盾は強大で手強いだろう。王位継承権を放棄した今、蚊帳の外ではあるが、下手に手を出せばこちらが潰される。
(力がいる。スペード夜王国でも、政治的圧力がかけられるほどの権力と人脈が必要だ)
「殿下が王になれば、スペード夜王国は安泰でしょうね」
「私は王になるつもりはない」
「おや、そのほうが何かと都合がいいと思ったのですが」
「そんなことをすれば私はソフィと結ばれないだろう。何より祖国を立て直すなど面倒じゃないか。そんなことまでしたらソフィとの時間がますます無くなってしまう」
私の返答に楊明は噴き出して笑った。彼がここまで表情を出すのは珍しい。
「本当に好きな者に対しての執着が末恐ろしいですね」
「何とでもいえ」
部屋に戻った私は苛立ちのあまり、部屋にあった物に当たり散らした。いつもならすぐに諫める楊明は何も言わなかった。色んなものを投げ飛ばし、最後にソフィのために用意したティーカップを見て涙が溢れた。
彼女が私と距離を置こうとしていた本当の理由。
あろうことかソフィが十八歳の時に、私は聖女と恋仲になり婚約破棄を言い渡すという。さらに四か国同盟を白紙にするという暴挙に出たそうだ。
あり得ない荒唐無稽な話だが、スペード夜王国の後継者問題、ハート皇国の食料不足、聖女信仰などを指摘されれば全くのデタラメと一蹴することはできなかった。
聡明なソフィのことだ。いち早くそれに気づき、そして絶望したのだろう。
(だから私との婚約も辞退しようとした。あの時からすでに未来を変えようと──それなのに、私は自分の望みを貫いた。もっとソフィの心に寄り添っていれば……!)
机に八つ当たりをして思わず叩き潰してしまったが、腹の虫はまったく収まらなかった。あんなに小さくて、愛らしくて、太陽のように微笑む彼女を──かつての清飛は裏切った。
祖国のためにソフィを裏切る?
聖女とやらに心移りをした?
あり得ない。
あの時はソフィが傍に居たから冷静に分析できたが、自分の愚行に発狂しそうになる。
(ああ、だから──ソフィは運命の人と出会うかもしれないと言ったのか)
ソフィに告白をした時、私の想いを信じていないと知ってショックだった。言葉も態度も彼女の心には響いていないのが、悔しくて、切なくて──けれど、それは届いていなかったのではなく、受け入れ難い理由があった。
(怖いと思いながら、それでも歩み寄ろうとしたのだな……)
「──それで、どうなされるおつもりですか?」
ずっと黙っていた楊明は私に問う。
スペード夜王国の後継者問題。その発祥の原因は虞淵国王の死が関わってくる。《クドラク病》は解決しつつあるから、後継者争いが一番の問題となる。
だが、そんな事はどうでもよかった。元から愛国心など私にはない。あの国で誰が死のうと私は眉一つ動かさないだろう。
だが──。
『もし生きる理由がないのなら、私を助けてくれると嬉しいわ。それじゃあ、ちゃんと生きてね』
そう言った私の大切な彼女が悲しむ未来だけは、看過できない。
できる筈がない。
「殿下が何を考えているかは知りませんが、スペード夜王国は権力が無い者は屈し、踏みにじられ搾取される。無力なままでは、大切な姫君一人お守りできないかと存じます」
「ああ……そうだな。その通りだ」
王族とはいえ王位継承権を放棄した第十番目の王子だ。序列も低く味方となる者もいない。
ふと楊明を見やった。彼もまた四大名家の一角を担う貴族だが、私の腹心と呼べるだけの忠義はないだろう。私の視線に気づいたのか楊明は微苦笑しつつ、片付けていた手を止めた。
「そういえば私がなぜ殿下の家庭教師になったのか、そして留学についてきたのか──話していませんでしたね」
「興味なかったからな」
「酷いですね。まあ、そういう所が従姉様にそっくりだったのですが」
「従姉様?」
「はい。伯梅、それが殿下の母君の本当の名であり、三十年以上前に人攫いにあって行方不明になった私の従姉の名でもあるのです」
(血縁者だと言っていたが、母様の従弟だったのか)
私の母が従姉だと気づいたのは、毒殺された後だったそうだ。国王の寵妃だった母は自分の死によって息子である私が、いずれ処分されると考えたのだろう。だからこそ従弟と連絡を取って自分の身分を明らかにしようとした矢先、毒殺された。
父も手を打つため楊明の家庭教師を依頼したのだろう。そして間接的に気づかせようとしたが──間に合わなかった。
しかし疑問が残る。
「第十王子が伯家の血を引いているとしたら、メリットのほうがあるのに何故名乗り出なかった?」
「殿下。第六王子もまた伯家の──先代当主の娘だとしたらどうですか」
「ああ、なるほど」
同じ伯家でも格差があった。だから母は人攫いにあったのだろう。
「先ほど三十年前に姉は人攫いにあって行方不明になったと言いましたが、正確に言えば伯家当主がクローバー魔法国に奴隷として売ったのですよ」
「三十年前から人身売買があったとか、腐りきった国だな。しかし当時、母と虞淵国王に接点はなかったのではないか? それとも単に妬みでも──」
「ああ、理由は虞淵国王の子供を身ごもっていたのですよ」
「は?」
それはつまり当時世代交代をしたばかりの虞淵国王と母はその時から恋仲だった。側室ではなく母を正室として迎えようと動いていたとしたら、確かに母は邪魔だろう。だからこそ先代伯家当主は、母子ともどもクローバー魔法国に売り渡した。
「当時、伯家当主の一人娘が後宮に入る予定だったのですが、虞淵国王の心を射止めたのは梅だったことも気に入らなかったのでしょうね」
「……子供はどうなった?」
「それはわかりません。どこで生きているのか、それとも死んでいるのか」
「そうか」
「もっとも四年前に伯家当主は事故死したので、貴方の兄君を探し出すのは難しいでしょう」
四年前に前当主は事故死した──と言ったが、実際は違うのだろう。その時の楊明の目が狼のような獣の目をしていたからだ。
(母も、ソフィも真昼の下で微笑むべき人だ。母の時は間に合わなかったけれど、今度は──)
今の私にはソフィを助けるだけの力はなく、むしろダイヤ王国に保護してもらっている。スペード夜王国の王族であるが、他の王子たちの後ろ盾は強大で手強いだろう。王位継承権を放棄した今、蚊帳の外ではあるが、下手に手を出せばこちらが潰される。
(力がいる。スペード夜王国でも、政治的圧力がかけられるほどの権力と人脈が必要だ)
「殿下が王になれば、スペード夜王国は安泰でしょうね」
「私は王になるつもりはない」
「おや、そのほうが何かと都合がいいと思ったのですが」
「そんなことをすれば私はソフィと結ばれないだろう。何より祖国を立て直すなど面倒じゃないか。そんなことまでしたらソフィとの時間がますます無くなってしまう」
私の返答に楊明は噴き出して笑った。彼がここまで表情を出すのは珍しい。
「本当に好きな者に対しての執着が末恐ろしいですね」
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