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脇役剣聖、七大魔将『天翼』と話す

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 数分、ラクタパクシャは泣いた。
 そして、目元を拭い、『冥狼斬月』の刀身を愛おしそうに撫で、立ちあがる。
 敵意はない。俺を見る目にはどんな感情が乗っているのか。

「……言い訳にしかならんが聞いてくれ。俺は……ルプスレクスを討伐できなかった。死の淵にいたあいつにトドメを刺したのは、俺じゃない」
「よい」

 ラクタパクシャは手で制する。

「ルプスレクスは、お前を認めている。あやつの牙、核、骨が語っている……この剣は、ルプスレクスそのもの。もしお前を認めていなかったら、たとえ棒きれだろうと、打ち合った瞬間に砕け散るだろうよ」
「そ、そうか……」

 剣を鞘に納め、じっと眺める。
 今までは『俺の居合に耐えられる剣』で、『本気で戦う時だけに使う剣』としか見ていなかった。でも……これからは、もっと使ってやった方がいいのかな。
 
「ラスティス・ギルハドレッド」
「いちいち名前全部言わなくていい。ラス、ラスでいい」
「うむ。ではラス、わらわはおぬしを、その剣の所有者として認める」
「そりゃどうも」

 不思議と、こいつにはタメ語でいい気がした。
 敵対する気にはなれない。そう思い、俺は近くの木陰を指さす。

「な、座って話をしようぜ。酒、飲めるか?」
「ほう、それはいいな。つまみはあるか?」
「干し肉。あと貝の干物とか」
「……ほしにく?」
「え、干し肉知らないのか? 肉を干して乾燥させたやつ」
「…………」
「マジか。魔界じゃ干し肉存在しないのか……こりゃ面白いな」
「むむ、そなた、わらわを馬鹿にしているのか」
「そんなことないって。あ……その「わらわ」って一人称が、本来のお前なのか?」
「っ」

 ラクタパクシャは口を押さえ、プイっとそっぽ向く。

「る、ルプスレクスの前だけで……ええい、おぬしといると、ルプスレクスを思いだす。その剣の気配のせいかもしれんがの」

 木陰に移動し、荷物からブランデーの瓶を出す。
 カップが一つしかないな……と思っていたら、ラクタパクシャは瓶の蓋を炎で溶かし、そのままラッパ飲みしやがった。

「美味い!! やはり、人間の作る酒は格別。おぬし、知ってるか? 人間の持つ調理技術は、魔族がどうあがこうと追いつけないと」
「え、そうなのか?」
「うむ。特に、酒造り。魔界では『麦』だの『ホップ』だの栽培ができん。苦労して手に入れた魔界領地も荒れに荒れ農業などできんしな。というか、魔界では農業などやらんからの」
「し、衝撃の事実……じゃあ、酒とかどうしてるんだ?」
「酒は、『酒の泉』という泉から汲んでいる。だがこの泉は数が少なく、全て魔王様が管理しておる。我々には、褒美などで渡されるのだ」
「へぇ~……」
「人間は、こんなうまい酒を毎日飲んでいるのか……それだけでも、人間界に侵攻する価値はあるの」
「……魔族が人間界を狙ってるのって、もしかして」
「酒目当てじゃないぞ」

 だろうな。理由が「お酒飲みたい」じゃさすがにカッコ悪い。
 
「まぁ、食事情はどうでもいい。ラクタパクシャ、でいいか?」
「ああ。基本的に、魔族は愛称など使わん」
「じゃあラクタパクシャで。ラクタパクシャ、お前、ここに何しに来た?」

 俺はスキットルのブランデーを飲む。
 ラクタパクシャは、つまみに出した干し肉をむしゃむしゃ食べていた。よく見るとこいつの歯……すごいギザギザしてる。

「わらわは、ルプスレクスを屠ったおぬしに、そしてルプスレクスに会いに来た」
「……ルプスレクスが死んでから、十四年も経ってるぞ? もっと早く来なかったのか?」
「十四年など一瞬じゃ。わらわはもう、三千年は生きておるしの」
「そ、そうか……」

 俺にとって十四年は長い時間だけど……こいつにとっては、つい先日、くらいの間隔なのか。
 
「きっかけは、わらわ専属の料理人が死んだことじゃな」

 俺は事情を聞いた。
 先日、ギルハドレッド領地を襲った上級魔族は、『天翼移動』というラクタパクシャの『羽』を使って、魔界と人間界を移動できるかの実験成果らしい。
 
「魔族は、人間界を諦めていないのか……」
「うむ。魔界は八つの領地に分割され、七大魔将と魔王様が管理しているが……正直、狭い。人間界全体の四分の一ほどの大きさしかないからの。だから魔王様は、広大な大地である人間界を欲している」
「…………」
「魔王様が七大魔将に命令した最優先課題が、『人間界への確実な移動方』だ。それも、個人ではない、魔王軍全体で移動できる、確実な移動方」
「……それ、どうなったんだ?」
「まだ何も。人間界と魔界を隔てる『大海嘯』を越えることはできんし、上空では常に嵐が吹き荒れておる。荒れ狂う空を飛ぶことができるのは、わらわと側近くらいじゃ。海は七大魔将『海蛸』ポセイドンですら越えられぬ。だからこそ、水中で呼吸もできない狼のルプスレクスが、眷属を背に乗せ泳ぎきったと聞いて、海蛸は荒れに荒れた……クク、あの荒れっぷりは実に滑稽だったわ」

 ラクタパクシャはクスクス笑い、ブランデーを飲み干す。
 俺はもう一本の瓶を出して渡す。

「とりあえず、わらわの用事は済んだ。おぬしになら、ルプスレクスを……わらわの想い人を任せておける」
「……なぁ、お前。帰ったらやっぱり、人間界に侵攻する方法を考えるのか?」
「……うむ。それが、わらわの使命だからの」
「次、お前と会ったら……俺は間違いなく、お前を倒せない。お前みたいないい魔族……ルプスレクスと同じなんだ。俺は、戦いたくない」
「ふ……人間界の空は、とても青いの」
「え?」

 ラクタパクシャは空を見上げた。
 空は雲一つない快晴。ラクタパクシャは眩しそうに空を見上げる。

「ここは、いいところだ。ルプスレクスが大地を駆け、わらわがその上を飛ぶ……そんな未来があったかもしれないと思うほど、夢を見てしまう」
「………」
「ラス。おぬしもいい男だ。戦いたくない」
「……お前」
「魔族は、あくまで『人間界の領地侵攻』だけを目的にしている。人間を皆殺しにするわけではない。もし、移動方が確立し、この地を襲うことになったら……ここは、わらわが担当する。そうすれば、人間は誰も死なない。死なせない」
「…………」
「納得いかない、そんな顔じゃな」
「ああ。ラクタパクシャ……俺は」

 と、思ったことを言おうとした時だった。

「ラクタパクシャさまぁ~!! うぇぇぇぇ~~~んっ!!」
「ん? おお、ビンズイではないか」

 上空から、女の子が泣きながら落ちて来た。
 小さい。十歳くらいの女の子だ。背中に小鳥みたいな翼が生えた、おかっぱ頭の女の子。
 俺を見て表情を引き締めると、どこからともなく槍を取り出した。

「キェェェェェ!! ンだテメェェェェェ!! ラクタパクシャに近づくんじゃあねェェェェぞゴルァァァァァァ!!」

 鬼のような形相になり急降下。さすがに驚いたので剣を抜こうとすると、ラクタパクシャが手で制した。

「やめんか」
「はぶぉっ!?」
「ちょ、うわ……が、顔面パンチ」

 ラクタパクシャの正拳が女の子の顔面に突き刺さった。
 地面をゴロゴロ転がって大きな岩に激突するが、女の子はノーダメージで立ち上がる。

「人間!! じゃなくてラクタパクシャ様ァァァァァァ!! そいつから離れて!!」
「落ち着け。こいつは敵ではない。というか、おぬし程度じゃ近づいただけで細切れにされるぞ」
「うっ……ら、ラクタパクシャ様が言うなら」

 女の子は槍をしまい、ちょこちょこ歩いて俺たちに傍へ。
 なんというか、小鳥みたいな女の子だ。ぶっちゃけ可愛い。

「ンだテメェ。見てんじゃねぇよ」

 でも、顔つきが変わる……深いシワが刻まれ、目がギョロつき、口を歪め舌打ちする。

「こいつは『鶺鴒』ビンズイ。つい先ほど話したわらわの側近の一人じゃ」
「一人? まだいるのか?」
「うむ。ところでビンズイ、ドバトはいないのかの?」
「ドバトなら、ラクタパクシャ様とはぐれた後、どこかに飛んで行っちゃいました。ついさっき見たんですけど、『理想領域ユートピア』展開して、人間のメス三匹と戦ってました。なんか面倒くさいんで無視してきちゃいましたけど」
「……人間の、メス三匹?」

 猛烈に嫌な予感。
 俺の顔色を見て、ラクタパクシャがため息を吐いた。

「ビンズイ。そこに案内しろ」
「はーい。あのあの、おなか減ったので、お昼食べたいですー」
「終わったらな。ラス、おぬしも無関係ではあるまい……行くか?」
「行く。まさかサティたちが、上級魔族と戦ってるのか……?}

 こういう時の『嫌な予感』って外れた時がない……こりゃ急いだ方がいいな。
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