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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 その日の午後のこと。エラが少し言いにくそうにリーゼロッテに声をかけた。
「あのお嬢様、公爵様から、その、贈り物が届いております」

 公爵様とは二年前に十五歳という若さで由緒正しい公爵家を継いだ、リーゼロッテの婚約者、ジークヴァルト・フーゲンベルクその人である。

 さっと顔色を変えると、リーゼロッテはこわばった顔でエラに告げた。
「そう……エラ、悪いのだけれど、贈り物はいつもの部屋に運んでおいてちょうだい。それから……」

 心得たとばかりにエラはうなずいて見せた。

「では贈り物の中身は、いつものように」
 主人が言いにくいことであろう言葉を、みなまで聞かなくとも、くみ取って答える。

「ありがとう、エラ。いつもわがままばかり言って迷惑をかけるわね」
「そのようなことはございません!ろくに会いに来もしないで、贈り物だけ勝手に送り付けてくる公爵様に否があるのです!」

(いや、会いに来られても困るのだけれど)

「エラ、わたくしのことを大事に思ってくれてありがとう」
 にっこりとほほ笑んだ後、リーゼロッテは少しすまなそうな顔をした。

「本当にいつも感謝しているわ。だから今の言葉は聞かなかったことするから、これからはそのようなことは言ってはいけないわ」
「出過ぎたまねをいたしました」

 しゅんとするエラに、リーゼロッテは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。この件に関しては、悪いのは完全にリーゼロッテなのだから。

「お礼のお手紙をかかなくてはならないから……。エラ、またよろしくね?」
 少し上目遣いで懇願する。

「はい、このエラにお任せください。リーゼロッテお嬢様」
 そう言って、エラは部屋を出ていった。

 リーゼロッテは、婚約者からの贈り物が、恐ろしくて手に取ることはおろか、箱を開けることすらできないのだ。子供のころ、一度だけ会ったときの恐怖が、トラウマとなっているのかもしれない。

 送られてくる品々は、いつもおどろおどろしい負の気配がただよっていて、とてもではないが触れられそうにない。箱に近づくことすら難しかった。

 そんなふうに感じるのは、リーゼロッテただ一人だった。他の者にとってみれば、何の変哲もない素敵な贈り物にしか見えない。それこそ、公爵を毛嫌いしているエラでさえ、そう思っていたのだから。

 このことを両親に相談することはできなかった。公爵家は、もとはと言えば王族が臣籍となった高貴な血筋を持ち、貴族の中では最高位の爵位だ。
 フーゲンベルグ家は、中でも、王家に次ぐ歴史あるお家柄であった。平凡な伯爵家令嬢がそんな公爵家に嫁ぐなど、本来ならそうそうあることではない。普通なら声をかけることもはばかられる、地位の高いお方なのだから。

 そんな公爵家当主様からの贈り物を、むげに扱うことなどできようもない。お礼状を書くためにも、リーゼロッテはこっそりエラに頼んで、中身を確認してもらっているのだ。
 侍女であるエラが単独で、公爵からの贈り物を吟味しているなど両親には言えないので、あくまで内密に行っている。

 花やお菓子は使用人に下げ、飾るなり食べてもらうなりすればいい。問題はドレスや装飾品だ。一度も身に着けることなくしまわれている贈り物専用の部屋が、実のところすでにニ部屋ほどある。

 一度も会いに来るそぶりを見せない婚約者は、爵位を継いでからというもの、月に最低でも一度、多くてニ度三度と、リーゼロッテに贈り物をするようになった。公爵なりに、婚約者に気を遣っているのだろうが、正直、ありがた迷惑である。

 お礼と共に、気を遣わなくてよいとそれとなく手紙に書いても、「問題ない」という簡素な一言で、かわらず贈り物は届けられていた。

 ドレスなど着ていく当てもないのだから、嫌味としか思えなくなってくる。サイズは、ダーミッシュ伯爵家から情報提供しているようである。スリーサイズが相手に駄々洩れなのも、ちょっと落ち込む原因であった。

 最も、公爵はリーゼロッテのドジさ加減を知らないだろうから、この事実を知ったときに、自分が貧乏くじを引いたことに気づくのだろう。

(これって婚約破棄への第一歩かも……?)

 しかし、婚約が王命である以上、仮面夫婦となるだけかもしれない。

(……お世継ぎは、よそで作ってくれないかしら)
 とてもではないが口にだせないようなことを思ってしまう。あの魔王のような黒いモヤモヤをまとう人間と、健全な夫婦生活など営めようか。

(いや無理無理無理無理……)

 なにしろあの黒いモヤは、もの〇け姫に出てくるタタリ神のような様相だった。夜の闇よりも漆黒で、うねうねと波打ち肌が粟立つほど禍々しく……。

 今思い返しても嫌悪感がハンパない。生理的に無理、いや本能的に絶対無理だ。
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