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第1章 ふたつ名の令嬢と龍の託宣

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     ◇
 居間での仮の執務室の準備が整ったため、リーゼロッテの力の制御の修行も数日ぶりに再開されることとなった。
 とはいえ、ジークヴァルトは相変わらず忙しそうにしている。特訓と言っても、手取り足取り教えてもらえるという具合にはいかず、リーゼロッテが力を使いすぎて倒れないように目を配るためだけに、執務中に特訓しているようなものだった。

 結局リーゼロッテは、自主トレと言う名の不毛な特訓にいそしむよりほかはなかった。リーゼロッテにできる事と言えば、害のない小鬼に手をかざし、小鬼の目をきゅるんとさせるのがせいぜいだ。

(王城にいた頃と、何も進歩してないっ)

 がっくりとうなだれるが、ジークヴァルトが見本でやって見せたようにはうまく力が集められない。

(ヴァルト様はあんなにも易々やすやすとやってのけるのに)

 それがくやしくてたまらない。だがやる気と負けん気だけでどうこうできるわけもなく、自分のふがいなさに落胆する毎日だった。

『リーゼロッテってホント要領悪いよね』
 となりでふよふよ浮いていたジークハルトが楽しそうに言った。

 あの日以来、ジークヴァルトはこの守護者のことを徹底的に無視している様子だ。ジークハルトはそれを気に留めるでもなく、今まで通りそばにいたりいなかったりと相変わらず自由にしている。

「どうしてもうまく力が集められないのです……」

 しゅんとしながらリーゼロッテは自分の小さな手のひらをじっと見つめた。ジークヴァルトはここにぱっと集めてきゅっと縮めてポンと出せるのに。

 うつむいて落ち込んでいるリーゼロッテの背後に、ジークハルトがすぃっと忍び寄った。そのままリーゼロッテの耳元に顔を寄せたと思うと、ジークハルトはすうっと大きく息を吸う動作をした。

『わっ!』
「ひゃあ」
 ポン!
「なっ」

 突然のことでリーゼロッテは呆然とした。いきなりジークハルトに耳元で叫ばれ、驚いた途端、手のひらからポンと力が飛び出したのだ。
 目の前で広げた両の手のひらから放たれた力は、リーゼロッテの蜂蜜色の長い髪をふわりと舞い広げた。

「リーゼロッテ様、大丈夫でございますか?」
 マテアスが仕事の手を止めて心配そうにこちらを見ている。

「え、ええ。ハルト様が耳元で突然大きな声を出されて、わたくし驚いてしまって」

 マテアスにはジークヴァルトの守護者の存在を感じることはできないが、リーゼロッテがひとりで会話をしている様を仕事の傍ら先ほどから聞いていた。

 エマニュエルが言っていたように、リーゼロッテには本当に守護者が見えるのだと、マテアスは内心驚きを隠せない。

(あのジークフリート様でさえ、ご自分の守護者の姿を見ることはおろか、声を聞くことすら叶わなかったというのに……)

 歴代の当主の中でもジークヴァルトの能力は抜きんでている。その託宣の相手に選ばれたリーゼロッテも規格外の力の持ち主ということなのだろうか。
 リーゼロッテは自分の手のひらを不思議そうにじっと見つめている。

(あれだけの力をお持ちなら、異形の浄化にこだわらなくてもいいような気もするのですがねぇ)

 どのみち自分のあるじは、何があってもリーゼロッテを守り切るだろう。マテアスはそう思うのだが、リーゼロッテはどうしても浄化ができるようになりたいようだった。

 マテアスはちらりと主の様子を伺った。先ほどからジークヴァルトは、眉間にしわを寄せながらガリガリと書類にサインを続けている。

(めちゃくちゃ気になってるくせに)

 リーゼロッテの様子など意に介さず仕事を続けているふうを装っているが、全身の神経はリーゼロッテに向いているのがビンビンに伝わってくる。

 主と守護者の関係は、あの日からぎくしゃくしたままのようだ。

 幼少の頃から、ジークヴァルトが自身の守護者と会話をしていたのは、マテアスはもちろん知っていた。だが、姿が見えない守護者の存在など、今までさして気にも留めていなかった。
 最近では、ジークヴァルトは守護者と会話をしているそぶりなど全くみせなかったので、正直なところマテアスはその存在をすっかり忘れていたくらいだ。

 しかしリーゼロッテの様子と主の態度をみるからに、主と守護者の関係は随分と前からうまくいってなかったようだ。マテアスは今さらながらにそれに気づかされた。
 誰よりもジークヴァルトの側にいて、全てを理解しているつもりでいた。それなのに。

「自分もまだまだ……ということですねぇ」

 無意識に漏れた言葉に、リーゼロッテが心配げな視線を寄越した。目が合って、マテアスがにこりと笑顔を返すと、リーゼロッテは安心したように微笑みを浮かべた。
 すかさず横からジークヴァルトの殺気が伝わってくる。

(なんとも心の狭い)

 マテアスは呆れるように主をちらっと見やってから、「そろそろ一度休憩にいたしましょうか」と席を立った。
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