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第2章 氷の王子と消えた託宣
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そのタイミングで、ばあんと部屋の扉が開け放たれた。その音でエラが驚いて飛び起きる。
扉を開けた主は、想像通りジークヴァルトだった。息を乱して雪まみれだ。その後ろから、カークがおろおろしながら部屋の中を覗き込んでいる。
濡れた外套をそこらへんに放り投げると、ジークヴァルトは険しい顔つきのまま、つかつかとリーゼロッテの前まで無言で歩み寄った。
慌てて立ち上がったリーゼロッテを性急に引き寄せる。ジークヴァルトは自身の力を、前触れもなくリーゼロッテめがけて一気に解き放った。
「ふひあっ」
よくわからない声がリーゼロッテの口から漏れる。その瞬間、ジークヴァルトの力が、体の内に、外に、急速に駆け巡ったのだ。その上、物理的にもぎゅうぎゅうと抱きすくめられて、リーゼロッテは息苦しさのあまりにジークヴァルトの服をぎゅっと握りしめた。
「ヴァルト様、苦しいです……!」
はっとして、ジークヴァルトはその腕を緩めた。僅かに空いた隙間から、リーゼロッテが大きな瞳で見上げてくる。
「わたくし、大丈夫です。カイ様がいてくださいましたから……。ご心配おかけして申し訳ありません」
公爵領から雪の中、馬で駆けつけてくれたのだろう。カークが知らせたのか、ジークハルトが知らせたのかはわからないが、またいらない迷惑をかけてしまった。
しょんぼりしていると、ジークヴァルトはそんなリーゼロッテを無言で抱き上げ、そのままソファへと腰かける。膝にリーゼロッテを乗せたまま、守り石がなくなった髪飾りをそっとその髪から引き抜いた。
その後、まとめた髪に刺されている何本ものピンを、一本一本丁寧に抜き取っては、ジークヴァルトはそこら辺の床に放り投げていく。
「ジークヴァルト様……!?」
困惑するリーゼロッテをよそに、大方ピンを抜き終えると、ジークヴァルトはその髪に指を差し込んで、崩れた髪をするりとほどけさせていく。リーゼロッテの蜂蜜色の長い髪が舞って、ふわりと甘い香りが広がった。
ジークヴァルトは続けて手櫛で髪を梳きながら、同時に指先に力を流していった。
「ひあ」
再び、よくわからない声が口をついた。ジークヴァルトの指が髪をすり抜けるたびに、その力がなぞるようについてくる。
なんだかもう全部がジークヴァルトだ。髪も頬も首筋も、体の表面から身の内側にいたるまで、まるっとジークヴァルトに包まれているような、そんな妙な気分になる。
「あ、あの、ヴァルト様……それはくすぐったいので、その」
「却下だ」
憮然と言ってジークヴァルトは、リーゼロッテへの体へとダメ押しのように自身の力を注いだ。ひあっともう一度言って、リーゼロッテはジークヴァルトの体にしがみついた。
それをしばらく黙って見ていたカイが、ようやく声をかける。その声音はいつも以上に硬いものだ。
「ジークヴァルト様、今回のことは……」
「いい。事情は承知している」
ジークヴァルトは守護者の目を通してすべてを見ていた。その場にいるような臨場感があるのに、リーゼロッテははるか遠く手の届かない場所にいた。
思わずリーゼロッテを抱く手に力が入る。この温もりを失ったら、一体自分はどうなってしまうのか。ジークヴァルトには、もはや想像すらできない。
「でしたら、話は早いです。リーゼロッテ嬢はこのまま王城へ連れて行かせてもらいます。オレは今、王妃殿下の権限で動いていますから。フーゲンベルク公爵と言えど、拒否はさせませんよ」
ジークヴァルトがぐっと言葉を飲み込むのが分かった。
「……ならばオレが連れて行く」
「わかりました。王城では、できる限りジークヴァルト様がそばにいられる環境を整えます。そのくらいはごり押ししとくんで」
「ああ……たのむ」
ジークヴァルトは低く答え、再びリーゼロッテをぎゅっと抱きしめた。
「エラ嬢、悪いけど、今回、君は連れていけない。グレーデン家に馬車を出してもらうから、とりあえず、ひとりで公爵家に戻ってくれる?」
「え!? そんな、お嬢様のおそばを離れるだなんてできません!!」
エラがとんでもないとばかりに首を振った。
「これは命令だよ。リーゼロッテ嬢の安全を確保するためなんだ。リーゼロッテ嬢もわかってるよね? きちんと確認が取れるまで、ジョンのいるフーゲンベルク家に君は帰せない」
はっとしてリーゼロッテは顔を上げた。次いでエラと目を合わす。
訪問先の屋敷の窓が割れて、いきなりリーゼロッテを王城に連れて行くという、そんな強引な流れだ。エラにしてみれば、どうしてそんなことになるんだと思わざるを得ないだろう。
「エラ、大丈夫よ。きっと少しの間だけだと思うから……。何かあったらすぐに連絡をするわ。だからエラはカイ様のおっしゃることに従ってちょうだい」
「お嬢様……」
今にも泣きそうなエラに駆け寄りたいが、ジークヴァルトにがっちりホールドされているため、それもままならない。仕方なくリーゼロッテはエラを安心させるように、にっこりと笑って見せた。
扉を開けた主は、想像通りジークヴァルトだった。息を乱して雪まみれだ。その後ろから、カークがおろおろしながら部屋の中を覗き込んでいる。
濡れた外套をそこらへんに放り投げると、ジークヴァルトは険しい顔つきのまま、つかつかとリーゼロッテの前まで無言で歩み寄った。
慌てて立ち上がったリーゼロッテを性急に引き寄せる。ジークヴァルトは自身の力を、前触れもなくリーゼロッテめがけて一気に解き放った。
「ふひあっ」
よくわからない声がリーゼロッテの口から漏れる。その瞬間、ジークヴァルトの力が、体の内に、外に、急速に駆け巡ったのだ。その上、物理的にもぎゅうぎゅうと抱きすくめられて、リーゼロッテは息苦しさのあまりにジークヴァルトの服をぎゅっと握りしめた。
「ヴァルト様、苦しいです……!」
はっとして、ジークヴァルトはその腕を緩めた。僅かに空いた隙間から、リーゼロッテが大きな瞳で見上げてくる。
「わたくし、大丈夫です。カイ様がいてくださいましたから……。ご心配おかけして申し訳ありません」
公爵領から雪の中、馬で駆けつけてくれたのだろう。カークが知らせたのか、ジークハルトが知らせたのかはわからないが、またいらない迷惑をかけてしまった。
しょんぼりしていると、ジークヴァルトはそんなリーゼロッテを無言で抱き上げ、そのままソファへと腰かける。膝にリーゼロッテを乗せたまま、守り石がなくなった髪飾りをそっとその髪から引き抜いた。
その後、まとめた髪に刺されている何本ものピンを、一本一本丁寧に抜き取っては、ジークヴァルトはそこら辺の床に放り投げていく。
「ジークヴァルト様……!?」
困惑するリーゼロッテをよそに、大方ピンを抜き終えると、ジークヴァルトはその髪に指を差し込んで、崩れた髪をするりとほどけさせていく。リーゼロッテの蜂蜜色の長い髪が舞って、ふわりと甘い香りが広がった。
ジークヴァルトは続けて手櫛で髪を梳きながら、同時に指先に力を流していった。
「ひあ」
再び、よくわからない声が口をついた。ジークヴァルトの指が髪をすり抜けるたびに、その力がなぞるようについてくる。
なんだかもう全部がジークヴァルトだ。髪も頬も首筋も、体の表面から身の内側にいたるまで、まるっとジークヴァルトに包まれているような、そんな妙な気分になる。
「あ、あの、ヴァルト様……それはくすぐったいので、その」
「却下だ」
憮然と言ってジークヴァルトは、リーゼロッテへの体へとダメ押しのように自身の力を注いだ。ひあっともう一度言って、リーゼロッテはジークヴァルトの体にしがみついた。
それをしばらく黙って見ていたカイが、ようやく声をかける。その声音はいつも以上に硬いものだ。
「ジークヴァルト様、今回のことは……」
「いい。事情は承知している」
ジークヴァルトは守護者の目を通してすべてを見ていた。その場にいるような臨場感があるのに、リーゼロッテははるか遠く手の届かない場所にいた。
思わずリーゼロッテを抱く手に力が入る。この温もりを失ったら、一体自分はどうなってしまうのか。ジークヴァルトには、もはや想像すらできない。
「でしたら、話は早いです。リーゼロッテ嬢はこのまま王城へ連れて行かせてもらいます。オレは今、王妃殿下の権限で動いていますから。フーゲンベルク公爵と言えど、拒否はさせませんよ」
ジークヴァルトがぐっと言葉を飲み込むのが分かった。
「……ならばオレが連れて行く」
「わかりました。王城では、できる限りジークヴァルト様がそばにいられる環境を整えます。そのくらいはごり押ししとくんで」
「ああ……たのむ」
ジークヴァルトは低く答え、再びリーゼロッテをぎゅっと抱きしめた。
「エラ嬢、悪いけど、今回、君は連れていけない。グレーデン家に馬車を出してもらうから、とりあえず、ひとりで公爵家に戻ってくれる?」
「え!? そんな、お嬢様のおそばを離れるだなんてできません!!」
エラがとんでもないとばかりに首を振った。
「これは命令だよ。リーゼロッテ嬢の安全を確保するためなんだ。リーゼロッテ嬢もわかってるよね? きちんと確認が取れるまで、ジョンのいるフーゲンベルク家に君は帰せない」
はっとしてリーゼロッテは顔を上げた。次いでエラと目を合わす。
訪問先の屋敷の窓が割れて、いきなりリーゼロッテを王城に連れて行くという、そんな強引な流れだ。エラにしてみれば、どうしてそんなことになるんだと思わざるを得ないだろう。
「エラ、大丈夫よ。きっと少しの間だけだと思うから……。何かあったらすぐに連絡をするわ。だからエラはカイ様のおっしゃることに従ってちょうだい」
「お嬢様……」
今にも泣きそうなエラに駆け寄りたいが、ジークヴァルトにがっちりホールドされているため、それもままならない。仕方なくリーゼロッテはエラを安心させるように、にっこりと笑って見せた。
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