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 今日はまだ月曜日、なのに体が重くて仕方がない。金曜日に終わらせた仕事は、引き継いだ上司がやらかして、データが消えてしまった。私自身のデスクの鍵付きひきだしに、わざわざ保管していたUSBを思い出したそうで。

 私が出勤した時、ひきだしはドライバーでこじ開けられて、USBも中身がすっからかんに消えてしまっていた。

「わざとじゃないんだ。USBが勝手に壊れたんだ」

 他人の所有するデスク、しかも鍵をかけていたものをこじあけたのも。
 USBからデータを抜き取れば、自分のミスを隠蔽できるだろうと考えたことも。
 USBを右クリックして「削除」をクリックしたことも。

 全部、まるっと、すべて――。

「わざとじゃないって、どの口が言うんですか?」

 上司の襟を掴んで、高校まで嗜んでいた柔道技でぶん投げた。上司は綺麗な虹のアーチを描いて、上司自身のやけに綺麗なデスクに体をぶつけて、気絶した。

 その後、怒りが収まらない私は、通常よりも早いタイピングで記憶を掘り起こしながらデータの復元を目指した。
 上司はご丁寧にもパソコンの電源ボタンを連打していて、PCの復元も難しいくらい、物理的にも壊してしまっていた。

 そんな訳で、月曜日の深夜まで作業をして、それでも終わらないから納期が遅れることも先方に伝える業務も並行した。
 数日の遅ならば問題ないと、先方から了承を得たことだけが、今日のよかったことだろうか。

 明日は、本当は予定があったけれども、もう今日の時点で気力がなくなってしまった。

「あーあ。もう、転職しようかな」

 ひとり暮らしで誰が待っているわけでもない部屋で、缶チューハイを飲む。料理をする元気も、何か食べたいという食欲もない。
 飲んだらシャワーを浴びて、さっさと寝よう。

 チューハイは新商品の季節の果物の味。もう酔っぱらいたい気分でアルコール度数も高めだった。

 ほろ酔いでシャワーを浴びて、体が温まると眠くなってきた。
 シャンプーはした、トリートメントを髪に塗り込んで待ち時間の間に体を洗っていたら、こっくりこっくりと眠くなってきた。

(ああ、眠いけど、お風呂で寝たらまずいって)

 脳内ではわかっていたけれども、その後、着替えたかどうかも覚えていない。

 なんだか寒いなと、体をまるめてバッと起き上がった。

「お風呂……じゃない!?」

 まっしろなシーツと、刺繍が入った掛け布団にまるまって寝ていた。まわりを見渡せば、高級なホテルのような部屋で、天井は高くて広くて、大きな窓はレースのカーテンから柔らかな日差しが零れている。

「……死んだのかな、私」

 死ぬ心当たりはたくさんある。
 非常に疲れていたし、寝る前の空腹に飲酒、アルコールが入ったままシャワーを浴びたし、そのまま眠ったのなら低体温で……。
 どれも死因になってもおかしくないだろう。

「ああ、ここ、天国ならいいな」

 高級ホテルのような見た目で地獄だったとしたら、逆に話のネタにもなるけど、友人もいないから誰に話すっていうんだ!?というつっこみも加えておく。

 起き上がってみても体の不調はなさそうだった。立ち上がれるし、スクワットもできるくらい元気。
 そうして部屋のなかをぐるりと見渡す。

 高級そうな家具は、花や鳥の模様が掘られている。白い木目に金の飾りがついて、上品さがあった。
 窓のレースは既製品の単調なレースではなく、窓一枚ずつで模様が変わり、なんとなく四季によって違うのかもと想像した。
 四つの窓、左から春、夏、秋、冬のようなモチーフがあった。

 そうそう、私自身の服もとってもお洒落なもので。毛玉だらけのパジャマじゃなくて、お嬢様が着ているようなレースがふんだんに使われたナイトウエアなのだ。胸元には花の刺繍が施されて、金糸なんかもあって、とっても豪華。

 きっと過労で死んだのだから、神様も気を遣ったのかもしれないとひとり納得する。

 ひと通り部屋のなかをみていると、ノック音がした。
 反射的に「はい!」と返事をすると、鈴の鳴るような綺麗な声がした。

「起きられたのですね。部屋に入っても良ろしいでしょうか?」

 ルームスタッフだろうか。
 返事をして、部屋に入ってもらう。
 銀色のワゴンを持って、背の高い女性が入ってきた。ドアの前に立ち、ドアを閉めた後、私に向かってい一礼をする。

「わたくしはこの屋敷のメイド長を務めております、ジェミニと申します」
「メイド長……?」
「ええ、左様です。貴方様の身の回りを任されておりますので、なんなりとお申し付けくださいませ」

 とまた綺麗に90度の御辞儀をした。

「ではさっそくですが、着替えをいたしますか?それとも、何か軽食をご用意いたしましょうか?」
「えー……っと……」

 返事をする前に、おなかのほうが先にぐぅと鳴った。

「簡単に食べられるものをご用意いたしましょう。苦手な食材などは、ございますか?」
「いえ、何でも美味しく食べます!」

 ジェミニさんは「かしこまりました」と部屋を出て行ってしまった。そうして数分も経たずに、銀のトレイに乗せて、パンとスープを持ってきた。

 窓際にあるテーブルへと置いて、私に腰かけるよう促した。スープは湯気が出るほどあたたかい。インスタントの味噌汁ばかり飲んでいたから、洋風のスープは久しぶりだ。

「失礼いたしますね」

 とナイトウエアのままの私の肩に、どこかから取り出したふわふわのストールをかけた。

「ありがとうございます。……いただきます!」

 あったかくて黄色いスープは、コーンスープだろうか。味を想像して、スプーンでひと匙すくって口に運ぶ。

 経験がある味だから、舌もあの味を待ち構えていたのだけれども。どう考えても、この色で、匂いで、コーンスープって期待したのに、青臭い香りが口いっぱいに広がって……塩気もゼロで、罰ゲームのようにまずい味しかしなかった。

 あれ、もしかしてここはホテルと見せかけて、一般人を巻き込んでテレビ収録がされてたりします?
 隠しカメラとかあって、高級ホテルに浮かれた女性がくっそマズイ料理を期待した顔で食べて、落胆する映像とか……そんなの、需要あります?

 私の舌がバカになったのかもしれない。もしかしてアルコールが抜けていないから味がわからないのかもしれない。
 混乱しながらも、ひと匙すくっては、青臭い味に心の中で苦しんで。横に立つジェミニさんはといえば、特に気になる様子もない。

「あの……ジェミニさん……」
「何でしょうか」
「このスープ、残してもいいでしょうか?」

 と言ったらジェミニさんは、驚いた様子でお詫びの言葉を言って、スープの皿を下げてしまった。

「別のスープをご用意いたします。少しお待ちください」

 と部屋を出て行ってしまう。
 残ったパンを食べると、こちらは給食で食べた、ちょっと水分が抜けてぱさぱさになったコッペパンを思い出した。食べられなくはない。

 もしかしてこのホテルって、日本向けじゃない料理しかないのだろうか。
 親切にしてくれる人へ「日本食に変えてください」とも頼みにくい。ジェミニさんが代わりに持ってきた、緑色の豆スープもやっぱり青臭くて味がしないため、だまって飲み干した。

 食事が終わり、ジェミニさんは着替えをしましょうと誘う。

 部屋の隅にあるドアを開くと、結婚式場かと思うくらい、キラキラしたドレスが並んでいた。
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