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世界中の色を集めたんじゃないかと思うくらい、カラフルなドレスルーム。
「好きなお色はありますか?」
「こちらの靴を履いてみてくださいませ」
「髪を整えますね」
ジェミニさんが質問したり、私にドレスをあててみたりと、くるくると踊るように動いて「私に一番似合うドレス」とやらを選んだ。
オレンジのドレスは足首まであり、デコルテが出ているものの、肌の露出はあまりしたくないと要望したらレースのストールをかけてくれた。
「……天国って、何でもあるんですね」
お姫様みたいなドレスも体験できるなんてと、ぽつりとつぶやいた。メイクも施してもらい、ベースからしっとりと整えられた肌は、つやつやとしている。
「テンゴク、とは元々住んでいた国のことでしょうか?」
「いえ、私は日本から来ました。天国は、空の上にあるものですよね」
「……空の上には、竜の住処ならありますけれど」
「ん……?ここは、どこですか?」
私は死んで天国に来たのかと思っていた。
ジェミニさんは、困った様子もなく、ドレスルームの扉を開けた。
「旦那様が道端で助けたと伺っております。身ひとつで倒れていたため、屋敷で保護いたしました。ニホンという地名も国も、わたくしは聞いたことがありません」
「旦那様……?」
「ええ、この屋敷の主人、と言えばわかるでしょうか?貴方様が目覚めたら、連絡する用意をしています。そういえばお名前を伺っていませんでしたね。大変失礼いたしました」
そういえばジェミニさんが名乗った時も、私は名前を教えていなかった。
名刺なんてものはないので、口頭で伝える。
「私は鈴木雫です」
「スズキシズク様ですね」
「えっと、シズクと読んでください。スズキは苗字です」
「かしこまりました。シズク様」
部屋の外には洋画で見たような、マントを羽織った男性がふたり立っていた。ひとりにジェミニさんが声をかけて何か話をする。
その人が行ってしまうと、もうひとりの男性が私に一礼をした。
「部屋の護衛を任されたアスターと申します。先ほどの者はシオンです」
「私は鈴木雫です。シズクと呼んでください。よ、よろしくお願いします」
「シズク様ですね。かしこまりました」
護衛と言われて、なんだか不思議な気持ちになる。物語のお姫様にでもなった気分だ。ただし顔は一般人ですけど……!
そうして大きな廊下を通って、大きくて豪華な扉の前までやってきた。
ジェミニさんがノックをする。
「グラファリウム様、昨日の女性が目覚めたので、お連れいたしました」
「中に入れ」
「かしこまりました」
ジェミニさんが扉を開けて、私に入るように促した。
私がいた部屋よりももっと広くて、長いテーブルには何十もの椅子が並んでいる。そのどれもが彫刻やアンティーク調の布が張られており、高級は雰囲気がした。
声の主は窓のそばに立っていた。私が見上げるくらいの身長に、窓の外からの光で金の髪がキラキラと輝いている。
じっとこちらをみつめる瞳は、初夏の緑のように美しい色をしていた。
「鈴木雫と申します。この度は、助けていただきありがとうございました」
「アステラレス領主、グラファリウムだ。道端で見つけた時は驚いたが、顔色も良さそうで、ほっとした。何か不便なことなどあれば、ジェミニになんでも申し付けるといい」
グラファリウムさんは、パッと見、20代後半か30歳くらいの落ち着いた雰囲気をしている。
椅子に座るよう促されて、ジェミニさんが椅子をひいて腰かける。いつの間にかお茶の用意がしてあり、私とグラファリウムさんの前にティーカップを置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
グラファリウムさんがひとくち口をつけて、私もカップに口をつける。甘い花の香りの、紅茶のような味がした。美味しくて、ちょっとずつ味を楽しむ。
「ところで、変わった名前をしているけれども、君はニホンという国から来たのかい?」
「えっ、日本を知っているんですか?」
「知っているというか、知り合いの知り合いに、そこから来たという人がいるんだ。私たちの知る国名にはないし、その人もスズキと名乗っていたんだ」
「その人も、スズキさんなんですね」
鈴木という苗字は、日本で一番か二番目に多い。
学校でもクラスにひとりはいたし、鈴木ばかりだから、うっかり「鈴木さん」と呼ばれたら、数人が振り向く。
同じ苗字だけれども、知り合いという可能性は低い。
「日本ではスズキと名乗るはとても多いです。その、スズキさんのフルネームは知っていますか?」
「ああ、ハナコと言っていたね」
「ハナコさん……」
一瞬よぎったのは、書類などの参考例にある名前だ。
鈴木花子さん、と書くのだろうか。
「彼女に会いたのかい?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。えっと、私、この場所を天国だと思っていたのですが、違うんですよね?ちょっと教えていただけないでしょうか」
グラファリウムさんと話している中で、ふと思い出したことがあった。通勤の合間に読んでいた漫画のことだ。
一日一話、無料で漫画を読めるアプリがあって、そのなかでも良く読んでいたものがいわゆる『異世界転生』もの。そして、私が好んだのが『転生したら王子や騎士や王族に溺愛される』的な、女性向けの漫画なのだ。
記憶に間違いがなければ、私はお風呂で眠ってしまっていた。しかし目を覚ましたら西洋風のお屋敷にいて、ドレスを着ている。
ジェミニさんはメイド長というし、背後で姿勢良く立っているアスターさんも、漫画で見たような騎士の格好をしている。
ここが日本じゃなくて、この人たちも日本を知らない。
なんらかの力が働いて、異世界に来てしまったのだろうか。それとも、夢を見ているのだろうか。
思い切って両頬をつまんで、ぎゅーっと引き伸ばす。痛い。口の端を切ってしまう。
「シズク様、いかがいたしましたか?」
「すみません。ちょっと、動揺をしています」
「体調がすぐれないのならば、寝室まで戻りましょうか?」
「いえ、大丈夫です。夢の中なのかなと思って、試したんです」
そう言うとグラファリウムさんは「ああ、それはニホンから来た者がする行動だな?」と言った。
「ニホンから来たという者を国が保護していて、そういった動作をすると聞いたことがあった。なぜそのような動作をするか理解はできなかったが……」
「あー。痛みがなければ夢、痛みがあれば現実と判断したのだと思います。実際に、私の頬は痛みがありました。ところでグラファリウムさんは、ハナコさんがこちらに来た瞬間を、知っているんですか?」
グラファリウムさんは、話が長くなりそうだと言って。ジェミニさんにお茶の追加とお菓子を用意するように言った。
「彼女は、聖女様の儀式でこちらへ呼ばれたんだ」
「えっ」
漫画で見たやつだ!と脳内で叫んで、じゃあ私はなんでここにいるんだろうという疑問も同時にやってくる。
ハナコさんがこちらに召喚されたのは、今よりも数か月前のことだそうだ。よくある異世界ものだと、付属品のように聖女様以外の人がやってくることもあるけれども、時差が大きすぎる。
それに、私には聖女様と呼ばれるようなスキルもないし、ドレスに着替える時もメイクの時も、鏡に映るのは以前のままの私自身だった。
カップに新しいお茶が注がれて、グラファリウムさんが話を続けてくれた。
「好きなお色はありますか?」
「こちらの靴を履いてみてくださいませ」
「髪を整えますね」
ジェミニさんが質問したり、私にドレスをあててみたりと、くるくると踊るように動いて「私に一番似合うドレス」とやらを選んだ。
オレンジのドレスは足首まであり、デコルテが出ているものの、肌の露出はあまりしたくないと要望したらレースのストールをかけてくれた。
「……天国って、何でもあるんですね」
お姫様みたいなドレスも体験できるなんてと、ぽつりとつぶやいた。メイクも施してもらい、ベースからしっとりと整えられた肌は、つやつやとしている。
「テンゴク、とは元々住んでいた国のことでしょうか?」
「いえ、私は日本から来ました。天国は、空の上にあるものですよね」
「……空の上には、竜の住処ならありますけれど」
「ん……?ここは、どこですか?」
私は死んで天国に来たのかと思っていた。
ジェミニさんは、困った様子もなく、ドレスルームの扉を開けた。
「旦那様が道端で助けたと伺っております。身ひとつで倒れていたため、屋敷で保護いたしました。ニホンという地名も国も、わたくしは聞いたことがありません」
「旦那様……?」
「ええ、この屋敷の主人、と言えばわかるでしょうか?貴方様が目覚めたら、連絡する用意をしています。そういえばお名前を伺っていませんでしたね。大変失礼いたしました」
そういえばジェミニさんが名乗った時も、私は名前を教えていなかった。
名刺なんてものはないので、口頭で伝える。
「私は鈴木雫です」
「スズキシズク様ですね」
「えっと、シズクと読んでください。スズキは苗字です」
「かしこまりました。シズク様」
部屋の外には洋画で見たような、マントを羽織った男性がふたり立っていた。ひとりにジェミニさんが声をかけて何か話をする。
その人が行ってしまうと、もうひとりの男性が私に一礼をした。
「部屋の護衛を任されたアスターと申します。先ほどの者はシオンです」
「私は鈴木雫です。シズクと呼んでください。よ、よろしくお願いします」
「シズク様ですね。かしこまりました」
護衛と言われて、なんだか不思議な気持ちになる。物語のお姫様にでもなった気分だ。ただし顔は一般人ですけど……!
そうして大きな廊下を通って、大きくて豪華な扉の前までやってきた。
ジェミニさんがノックをする。
「グラファリウム様、昨日の女性が目覚めたので、お連れいたしました」
「中に入れ」
「かしこまりました」
ジェミニさんが扉を開けて、私に入るように促した。
私がいた部屋よりももっと広くて、長いテーブルには何十もの椅子が並んでいる。そのどれもが彫刻やアンティーク調の布が張られており、高級は雰囲気がした。
声の主は窓のそばに立っていた。私が見上げるくらいの身長に、窓の外からの光で金の髪がキラキラと輝いている。
じっとこちらをみつめる瞳は、初夏の緑のように美しい色をしていた。
「鈴木雫と申します。この度は、助けていただきありがとうございました」
「アステラレス領主、グラファリウムだ。道端で見つけた時は驚いたが、顔色も良さそうで、ほっとした。何か不便なことなどあれば、ジェミニになんでも申し付けるといい」
グラファリウムさんは、パッと見、20代後半か30歳くらいの落ち着いた雰囲気をしている。
椅子に座るよう促されて、ジェミニさんが椅子をひいて腰かける。いつの間にかお茶の用意がしてあり、私とグラファリウムさんの前にティーカップを置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
グラファリウムさんがひとくち口をつけて、私もカップに口をつける。甘い花の香りの、紅茶のような味がした。美味しくて、ちょっとずつ味を楽しむ。
「ところで、変わった名前をしているけれども、君はニホンという国から来たのかい?」
「えっ、日本を知っているんですか?」
「知っているというか、知り合いの知り合いに、そこから来たという人がいるんだ。私たちの知る国名にはないし、その人もスズキと名乗っていたんだ」
「その人も、スズキさんなんですね」
鈴木という苗字は、日本で一番か二番目に多い。
学校でもクラスにひとりはいたし、鈴木ばかりだから、うっかり「鈴木さん」と呼ばれたら、数人が振り向く。
同じ苗字だけれども、知り合いという可能性は低い。
「日本ではスズキと名乗るはとても多いです。その、スズキさんのフルネームは知っていますか?」
「ああ、ハナコと言っていたね」
「ハナコさん……」
一瞬よぎったのは、書類などの参考例にある名前だ。
鈴木花子さん、と書くのだろうか。
「彼女に会いたのかい?」
「いえ、そういうわけじゃないんです。えっと、私、この場所を天国だと思っていたのですが、違うんですよね?ちょっと教えていただけないでしょうか」
グラファリウムさんと話している中で、ふと思い出したことがあった。通勤の合間に読んでいた漫画のことだ。
一日一話、無料で漫画を読めるアプリがあって、そのなかでも良く読んでいたものがいわゆる『異世界転生』もの。そして、私が好んだのが『転生したら王子や騎士や王族に溺愛される』的な、女性向けの漫画なのだ。
記憶に間違いがなければ、私はお風呂で眠ってしまっていた。しかし目を覚ましたら西洋風のお屋敷にいて、ドレスを着ている。
ジェミニさんはメイド長というし、背後で姿勢良く立っているアスターさんも、漫画で見たような騎士の格好をしている。
ここが日本じゃなくて、この人たちも日本を知らない。
なんらかの力が働いて、異世界に来てしまったのだろうか。それとも、夢を見ているのだろうか。
思い切って両頬をつまんで、ぎゅーっと引き伸ばす。痛い。口の端を切ってしまう。
「シズク様、いかがいたしましたか?」
「すみません。ちょっと、動揺をしています」
「体調がすぐれないのならば、寝室まで戻りましょうか?」
「いえ、大丈夫です。夢の中なのかなと思って、試したんです」
そう言うとグラファリウムさんは「ああ、それはニホンから来た者がする行動だな?」と言った。
「ニホンから来たという者を国が保護していて、そういった動作をすると聞いたことがあった。なぜそのような動作をするか理解はできなかったが……」
「あー。痛みがなければ夢、痛みがあれば現実と判断したのだと思います。実際に、私の頬は痛みがありました。ところでグラファリウムさんは、ハナコさんがこちらに来た瞬間を、知っているんですか?」
グラファリウムさんは、話が長くなりそうだと言って。ジェミニさんにお茶の追加とお菓子を用意するように言った。
「彼女は、聖女様の儀式でこちらへ呼ばれたんだ」
「えっ」
漫画で見たやつだ!と脳内で叫んで、じゃあ私はなんでここにいるんだろうという疑問も同時にやってくる。
ハナコさんがこちらに召喚されたのは、今よりも数か月前のことだそうだ。よくある異世界ものだと、付属品のように聖女様以外の人がやってくることもあるけれども、時差が大きすぎる。
それに、私には聖女様と呼ばれるようなスキルもないし、ドレスに着替える時もメイクの時も、鏡に映るのは以前のままの私自身だった。
カップに新しいお茶が注がれて、グラファリウムさんが話を続けてくれた。
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