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08.

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 施設での生活は、日本の義務教育期間を参考にしているようだった。

 授業が終われば、当番のひとが講堂の掃除、食事だって当番制。みんなに順番がまわってくるから、平等になっている。
 当番じゃなければ寮へ戻って、課題をやったり、雑談をしたりと自由に過ごすことができる。

「カフェがあるんだけど、課題を持っていってみない?」
「いいね、行ってみたい!」

 寮の共有スペース、食堂の近くにカフェがあるそうだ。
 セルフサービスでお茶を淹れられて、ちょっとした休憩にも使われている。課題はひとによって違っていて、私は単語の書き取り。ヘレンは文章の書き方だそう。
 筆記具はインクがセットされた万年筆のようなものだ。文字を消す道具は消しゴムのようなもので、擦った場所の文字がまるごと消えていく。
 どんな仕組みなんだろうと思えば、魔法が封じ込められた道具『魔道具』だそうだ。専門の職人がいて、魔力がない人でも使える仕組みになっているらしい。
 施設内にも魔道具は、あちらこちらにあった。
 部屋の明かりも魔道具で、火属性の魔法をランプの中に閉じ込めているそうだ。お風呂がいつでもあたたかいのも、同じ原理。
 食料をいれている食糧庫にも、氷の魔法の魔道具が使われていた。

「電気がある世界と変わらないでしょ?」
「そうだね、ああ、でもスマホが恋しい!」
「……スマホ?」
「あれ、スマホじゃない?ガラケーだった?」
「何の話?」

 ヘレンがまったくわからないって顔で、きょとんとする。
 あれ、もしかして携帯不携帯のひとだろうか。

「あの、携帯電話って知ってる?」
「ああ、あの公衆電話がなくても、電話ができる機械?」
「コーシューデンワ?それはどんなものなの」
「えっ、公衆電話知らないの?」

 ヘレンが、紙に絵を描いてくれた。
 背の高い箱のなかに、大型の電話機が設置されている。硬貨かカードで電話料金を払う。

「で、スマホってなに?」

 今度は私が説明する。
 手のひらサイズの電話機で、他にも世界中の情報を調べたり、不特定多数と話す場所があるという説明。インターネットはヘレンも知っていたけれども、まだ一般的な普及はしていなかったそうだ。

 もしかして、元の時代が違うのかも?

「ヘレンは、生年月日を覚えている?」
「ええ、覚えているわよ」
「じゃあ、お互い教えあうのはどう?」
「いいわよ。だって、私よりもシズクのほうがハイテクな場所から来ているでしょう?いったい何年後になったら、そんなことになるか知りたいわ」

 お互いの生年月日と、実年齢を教えあう。
 実年齢はお互い22歳。ヘレンの生まれた年は、私よりも20年も前だった。

「この話って、他の人としたことあるの?」
「ううん、シズクが初めてよ。だって、それどころじゃないんだもん。シズクは最初から言葉がわかるでしょ、でもこっちに来たばかりだと言葉がわからないからね。わかってきた頃には、大抵仲の良いグループでまとまっちゃう」
「そっかぁ。あれ、ヘレンのグループは?」
「あったんだけど、ちょうどみんな施設を出ちゃったの」
「そっか、でもわたしに声をかけてくれてありがとう。おかげで、ひとりぼっちじゃなかったよ」
「私も!」

 そんな話をしていたら、食事の時間が近づいてきた。
 課題は食事後にするとして、私たちは一度部屋に戻って、食堂へと集まった。

 夕食はクレハさんを含む数人が担当した。
 野菜や肉を切ってぐつぐつ煮込んだお鍋に、小麦粉を練ったお団子状のものが入っている。味付けはシンプルで、塩分控えめだ。

 本当に、担当する人によって味が異なるんだなぁと、味わって食べる。
 くたくたに煮込んだ野菜は柔らかくて、煮込んだ分だけお出汁にも旨味が出ている。健康的な食事だけれども、濃い味が好きな人には物足りないようだった。

「もう少し味があるといいな」

 私たちのテーブルの近くにいた人が呟いた。

「わたしは辛い味が恋しいよ」
「僕はカレーが食べたい」
「ああ、ご飯があればなぁ」

 見た目からも、日本じゃない国から来たのだろうなと推測できる。そうしてグループでまとまっている人たちは、流暢な言葉で話出した。きっと元々の母国語なんだろう。
 料理についても不満なんかも話していて、頷いている人はその言葉がわかる人、近くにいても何も反応しない人は言葉が伝わらない人なんだろう。

「……シズクさん、料理の味はどうかな?」
「えっ、美味しいですよ。今まで、外食が多かったから、こういうご飯は恋しいです」
「そっか、ならよかった。でも、美味しくないって言う人もいるし。……シズクさんは料理が得意なんだよね?アドバイスをもらえたらうれしい」

 ちょっと困ったように眉をさげたクレハさん。ちらっとみたのは、会話に夢中で食事をしていない彼らのほう。気にしているのかもしれない。

「……あの、良かったら後で時間をとりましょうか?今は、他のひともいますから」
「ええ、ありがとうございます。では後程」

 クレハさんたちが作ったスープの入ったお鍋はからっぽになった。けれどもお話をしていた人のお皿には食事が残ったまま、片付けられていた。

 クレハさんが片づけを終えるまで、私とヘレンはまたカフェで課題を続けることにした。ここは男女共有スペースだし、待っている間に課題を少しでも終わらせたい。ひたすら単語を書き写して、手が疲れてきた頃、クレハさんがやってきた。
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