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雷雨のランチタイム⚡️Lunch time in thunderstorm
第22話 家出少年あらわる
しおりを挟むドワーフたちの住処に料理をデリバリーしてから、数週間の時が経った。
恵みの森の妖精たちに向けて開いたレストランは、徐々にお客さんを増やしている。
ドワーフたちに作ってもらった魔鉱石式のコンロのおかげで、移動販売が軌道に乗り始めた。その際に料理を気に入ってくれた妖精たちが、レストランにも足を伸ばしてくれるようになったのだ。
森の管理者で私の夫、アデルとの関係も良好だ。
アデルは、凍れる炎帝と呼ばれ恐れられているなんて全く想像がつかないほど優しくて、毎日この上なく幸せな日々を送っている。
ただ、私に遠慮しているのか、まだ子供とかそういう話にはならない。寝室も別々のままだが、これからゆっくり時間があるのだ。
きっかけがあれば先に進みたいとも思うが、無理にそうするのではなくて、今はまだこのまま甘い幸せに浸っていたいとも思っている。
もちろん、緑龍の妖精ドラコも、毎日大活躍だ。
食材集めから移動販売のお手伝いまで、しっかりこなしてくれる。
本来ドラコはアデルの使い魔であって、私のレストランを手伝う義務などないのだが、本人は「家事と美味しいごはんのお礼ですー。それに、レストランのお仕事もとっても楽しいのですー!」と言ってくれているので、その言葉に甘えることにした。
先日私は、ドラコへの感謝をこめて、ウェイター風の服を繕ってプレゼントした。
ドラコは、「執事服は憧れだったのです! これでドラコも立派な執事ですー!」と大喜びして、それから毎日その服を着用している。
そんなある日のこと。
ランチタイムの少し前、レストランを開店しようとした矢先に、何の前触れもなく大雨が降り出した。
突然の雨に、私たちは大急ぎで片付けをする。雨が止むまでは、営業を始められそうにない。
それからすぐに、ずぶ濡れになったアデルも家に戻ってきた。
「ただいま。酷い雨だな」
「おかえりなさい」
私はぱたぱたと小走りで玄関へ向かい、アデルにタオルを差し出す。
濡れて寒くなってしまったのだろう、ただでさえ色白なのに、いつにも増して血色が悪くなっていた。
「アデル、寒かったでしょう。お風呂で温まった方がいいよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
アデルは素直に頷いて、お風呂に向かう。
この家では井戸から引いた水をドワーフ謹製のポンプで湯船に送り、アデルの火の魔法で温めて湯浴みをするのだ。
ゆっくり足を伸ばせる湯殿を初めて見た時は驚いたが、実際に入ってみれば最高に心地よくて、私もすっかり虜になった。
私とドラコは、雨が止むまで、リビングでひと息つくことにした。
魔鉱石のコンロでお湯を沸かし、お気に入りのティーセットを引っ張り出して、お茶の用意をする。
「それにしても、急でしたね。前触れもなく雨が降るなんて」
「そうよね……降り出したのが営業中じゃなくて良かったかも」
温かいお茶を差し出すと、ドラコはふうふうと湯気を散らしてから口をつけた。
ここ恵みの森は、基本的には穏やかな気候だ。嵐でもないのに、突然豪雨に見舞われるというのは初めての経験である。
お茶が半分ぐらいにまで減っても、雨は一向に止む気配がない。ついには雷まで鳴り始める始末だ。
「雷、鳴ってるね……雨も止まないし」
「こんなにひどい雨は、本当に珍しいです。雷はドラコが森に来てから初めて――ひぃっ! ゴロゴロいってるですぅ!?」
ゴロゴロゴロ、と大きな音が鳴り、ドラコは怯えて縮こまった。
「雷雲、近づいてきたみたいだね……」
「ド、ドラコは雷なんて怖くない、怖くない……ヒィーッ!?」
ピシャァァン!
どこかに雷が落ちて大きな音が鳴るたびに、ドラコはガタガタ震えている。
「まあ、ドラコ。大丈夫よ、おいで」
私は怖がっているドラコに手を伸ばして、膝の上に抱っこする。
ぽんぽんと背中を叩くと、少しだけ落ち着いたようだ。
「ふぅ、温まった。どうしたドラコ、レティの膝の上で丸まって。雷が怖いのか?」
「こ、怖くなんてな――」
ズガァァァン!!
突如、すぐ近くで轟音が響く。
「ヒィィィイーっ!!」
すぐ近くに雷が落ちたようだ。
衝撃で、窓がビリビリと揺れている。
ドラコも腕の中でジタバタして、落ち着かない。
「これは……普通の雷じゃないな」
「え?」
「おそらく精霊の仕業だ。……少し、様子を見てくる」
「折角お風呂に入ったのに? 湯冷めしちゃうよ。私が見てこようか」
「そういうわけにもいかない。俺なら相手が敵意を向けてきても、ある程度対処できるからな」
「敵意って……それなら尚更だめよ。喧嘩にならないように、私もついていくわ」
私は立ち上がって、ドラコを下ろそうとする。
しかしドラコは私にしがみついて、離れようとしなかった。
「ぴえぇぇぇ、ドラコを置いてかないでほしいのですー! ひとりにしないでー!」
「わ、わかったから、泣かないで。よしよし」
幼子のように泣きながらべったり私にくっついているドラコを抱え直して、苦笑しているアデルの後についていく。
玄関の扉を開けると、猛烈な雨が吹き込んできた。アデルは、抱っこで両手が塞がっている私を、黙って傘の中に入れてくれる。
異変の原因は、すぐそこに在った。
庭の中央に設置してある、レストラン用の椅子。
そこに、ちょこんと座っている、見慣れない人影があった。
「男の子……?」
椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせているのは、四、五歳ぐらいの男の子だった。
鮮やかな黄色い短髪と、同じ色のまんまるな瞳。涙をこらえるように唇をきゅっと結んで、テーブルの木目をじっと見つめている。
けれど、彼は人間の子供ではなく、アデルの言っていた通り、精霊なのだろう。男の子の周りには、黒い雲のようなものがふよふよとたくさん浮かんでいる。
それに、ピリピリと肌を逆立てるような気配が感じられて、腕の中のドラコもますます縮こまった。
「君は、雷雨の精霊か?」
「ライウじゃない。僕は、ライ」
「ライ……君は、どうしてここに?」
「けんかして、家出してきた」
「家出?」
「待って、アデル」
私はアデルにドラコを預けて、代わりにアデルの持っていたもう一本の傘を手に取り、ライに歩み寄る。
ライに近づくにつれて、ピリピリが強くなっていく。
だがきっと彼に害意はなく、無意識に静電気が漏れ出しているだけなのだろう。
私はライのすぐそばまで行くと、傘を開いて、その頭上に差し出した。
「ライくん、寒くない? ずいぶん濡れちゃったね」
「ううん、寒くない。僕のいたところより、ここの方がずっとあったかい」
「そっか。ねえ、君は甘いもの、好きかな?」
ライは、まんまるな目をこちらに向けて、頷いた。
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この作品は、「第17回恋愛小説大賞」にエントリーしております。
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