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私はルイス様の前から立ち去った。

言いたい事も伝えたい気持ちも、彼にどう響いたのかは分からない。


「ミシェル」


牢屋を出た所で腕組みをして立っているリーストファー様。

リーストファー様は私の手を繋ぎ歩き出した。


「天幕に戻ったらニーナが心配そうに外をウロウロしていたぞ。俺の顔を見た時のニーナの顔、ニーナに謝るんだぞ?」

「分かりました…」


私は俯いた。

いつもは私が先に戻り何もなかったように静けさだけが天幕の周りを覆う。

戻るはずの私が戻らず、戻ってきたのはリーストファー様。心配するニーナの隣にはシャルクが居るといっても、なかなか帰って来ない私をまだかまだかと待っていた。


「怒るつもりはないが心配はする」

「はい、すみません…」

「ルイスとの話を聞いていて思い出したんだが、ルイスはずっとレティーが好きだったんだな。

まだ子供の頃、レティーが男爵令嬢だと知ったルイスが『平民と貴族じゃ釣り合わないよな』って言ったんだ。まだ俺はそういうのに疎い頃だったから『俺も貴族だぞ、でも俺達は同じだろ』って返した」


私は思わず『クスッ』と笑ってしまった。


「なんだ?」


私は顔を横に振った。


「テオンとレティーが恋人になって『貴族はやっぱり貴族同士付き合うのが自然だよな』ルイスはそう言った。恋人がいないルイスの妬みというか羨ましいんだろうなと思った。テオンだけじゃなくて他の奴も恋人が出来始めた頃だったからな。

俺はルイスは俺と同じでそういうのに興味がないと勝手に思っていた。誰が可愛いだの誰が好きだの、ルイスからは聞いた事がなかったからだ。

ルイスが俺にこだわったのはレティーを貴族に戻したいからだろ?」

「きっと幼い彼は平民の自分では幸せに出来ないと思ったのではないでしょうか。貴族と平民の恋人は白い目で見られますから…。幼い頃なので幸せにというよりは好きになってはいけない女の子、かもしれませんが。

貴族に家族を殺された彼が、貴族を好きになる、それは彼にとって何ともいえない感情が生まれたと思います。それでも好きになる心は自分でも止められません。

多分ですが、レティアナ様が自分の手が届かない所に行ってほしかったのかもしれませんね。今もくすぶる恋心を、テオン様が亡くなり余計に悟られてはいけないと、そう思ったのかもしれません。

貴族とか平民とか関係なく同じ土俵に立ち、レティアナ様に想いを伝えるべきでした。それでも平民には貴族という隔てる壁があります。テオン様と同じ土俵には上がれない。きっと彼はレティアナ様の幸せだけを願ったんだと思います。レティアナ様が幸せならそれでいいと…。

あの戦場で家族のような友を失い、テオン様が亡くなりレティアナ様の幸せが壊れ、遣る瀬無い思いは復讐心へ代わりました。そして復讐心は何倍にも膨れ上がった。根元の殿下へ向けるのは当然です」

「それはそうなんだが、テオンと結婚すれば平民になった」

「平民の彼には貴族の決まりは分かりませんもの。伯爵令息のテオン様と婚姻すれば伯爵家へ嫁ぐ、そう思うのが道理です」

「それもそうか」


ルイス様は好きになってはいけない女の子のレティアナ様を諦め切れず、テオン様が幸せにしてくれるならと思っていた。そのテオン様が亡くなり、今度はリーストファー様へ託した。

『俺の気持ちが溢れる前に俺から遠ざけてくれ』

そう思ったのかもしれない。

今更恋心を伝える事も出来ない。テオン様は家族のような友だから。想いを伝えればテオン様への裏切りだと思った。

辺境で暮らすレティアナ様は、幼い頃好きになった女の子の頃のように彼には眩しかった。

貴族のしがらみを捨てた彼女に、テオン様の忘れ形見のリースティン君を育てる事で生きる希望を見出だした彼女は、幼い頃のような笑顔が戻ったに違いない。

そして、自分に懐くリースティン君が可愛く思った。

テオン様と同じ土俵に上がり足掻いていたら、もしかしたら未来は違っていたのかもしれない。

でも彼は土俵に上がらなかった。それが現実。

例え上がる権利のない土俵でも、もし想いを告げていたら、テオン様に『俺もレティーが好きだ』と言ったら『正々堂々、恨みっこなしだ』と言っただろう。

彼の片想い、それはこれからも続く。

なんて辛い恋なの…。


「ミシェルが気に病む必要はない」

「ですが…」

「ここでは平民も貴族も無かった。俺もテオンも平民だと思っていた。だから一人で生きる術を身に付ける為に剣を持った。

俺があの時『貴族同士だから恋人になったんじゃない。身分や立場ではなく一人の男と一人の女が愛し合い恋人になったんだ』そうルイスに言えば良かった。俺がもう少しそういうのに聡ければ『お前も好きなら諦めるな、戦え』そう言えたのかもしれない」


もう少し?自分に向けられる視線も好意も気づかない人には無理よ。

貴方は剣にしか興味がなかった。剣の事なら聡いかもしれないけど、恋心には疎いもの。

剣で生きてきた貴方がその剣で生きられない、そうなったから初めて剣以外に目を向けられたの。

あの時大怪我をしなければ、今の私達はいない。

神の御業か巡り合わせか、

私達はあの時あの場所で出会う縁だったの。その縁を結ぶか結ばないかは私達次第だった。そして私達はその縁を結んだ。だから今の私達がいるの。

結ぶ縁もあれば結ばない縁もある。

それでもどのような出会いも縁なのよ。

ルイス様とレティアナ様の出会いも縁。

ルイス様は繋がる縁を結ばなかった。

だから二人は良い友人になった。

それが今の二人…



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