元王女で転生者な竜の愛娘

葉桜

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第30話

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「今朝、呼ばれてこなしてた執務とかの区切りがもうついたの?」

 傍にいたラスカがお辞儀をするのを横目に驚きを隠せないまま尋ねると、視線の先でテオはほんの少しだけ困ったような笑みを浮かべながら口を開いた。

「区切りがついた、というか……ジェドに取り上げられたんだ」
「ジェラルド王子に?」

 ああ、と頷いたテオはちらりとラスカを見て、

「どこからか、俺がリュシアンのものも請け負おうとしていると聞いたらしくてな」
「まあ! 流石はジェラルド殿下、お耳が早いですね」
「……俺はお前が伝えたんじゃないかと思っているんだが」
「あら、テオドール殿下ともあろうお方がおかしな事をおっしゃいますね? 私がお話をお伺いしたのは、今朝の事なんですよ?」
「…………」

 にこにこと朗らかに微笑むラスカに、テオが閉口し黙り込む。
 それがラスカの言葉に嘘がないとわかっているからなのか、他の要因からなるものなのかはわからないけれど、だから勝てるわけないって言ったじゃないですか、と楽しげにティートさんは笑みを零していたから、話には聞いていなくてもラスカとテオもまた思うよりも長い付き合いなのだろうことは容易に想像出来た。……アルノーさんはといえば、険しい顔でラスカを見ていたけれど。

 そんな様子を見て思わず笑みを零しながら、私は口を開く。

「つまり、ジェラルド王子にテオは怒られたってこと?」

 と、首を傾げると、テオは眉を下げたまま、

「怒られた訳でもないが……僕を気遣うなんて十年早い、と。わざわざ部屋まで来て直接言われてな」
「ふふ、そっか。……こういう表現はおかしいかもしれないけど、良いお兄さんなんだね」

 告げた瞬間、テオは意外そうに目を丸くした。
 でもそれも極僅かな間だけで、すぐに嬉しそうに笑う。そうだな、としみじみと行った様子で呟くテオからは、兄であるジェラルド王子を慕っているのがわかった。

「では、テオドール殿下の悪癖に呆れと苛立ちを隠さずにいらっしゃったジェラルド殿下の行動に感謝をしつつ、お茶にいたしましょうか」

 ぽふ、と両手を合わせてにっこりと笑ったラスカがそう言った瞬間、テオの眉間に皺が刻まれる。

「やっぱりお前も関わってるんじゃないか」
「利害の一致といいますか、私の望みとジェラルド様の望みが合致致しましたので」
「…………」
「殿下。ラスカに勝つのは無理だって、昔から言ってるじゃないですか」
「うふふっ♪ 準備を致しますので、少々お待ちくださいませ」

 深々と頭を下げたラスカが足早に、それでいて決して走ることなく去っていく姿を深い溜息と共に見送ったテオが、ふと気付いたように顔を上げて私を見た。

「そういえば、リフとカノンはどうしたんだ? 周辺にも姿が見えないが……」
「ふたりなら、探索に行ってるわ。リフだけでは行動させられないし、カノンがついて行ってくれたの。……カノンにリフがついて行ってくれた、とも言えるかもしれないけど」
「なるほど、確かにこの辺りなら人目も少ないからな。……王妃様が昔から気に入っていらっしゃるから、なんだろうが」
「来てみてわかったけど、王妃様が気に入られるのも少しだけわかるわ。此処、一際景色が綺麗で、いろんなものが見えるんだもの」

 もちろん王家の庭園にある温室なのだから、あの中だって色とりどりの花が咲き誇り、その上で人が過ごすにも快適な環境が整えられている、とても美しい光景が広がっているのだろうけれど。
 それでも私は小さな頃から森の中で過ごしていたからか、人の手によって最適な状態を維持された温室内よりも、外気温や決して一定ではない天候の中で美しさが保たれるようにという手だけが入る中庭の景色の方が、私はどうしても好ましいと感じてしまう。……もちろん、温室も温室で素敵な場所なのだし、庭師さんたちの努力の賜物だってわかってるけどね。

 王妃様が私と同じ理由で好んでいるとは冗談でも言わない。
 でもこんな一般人が見ても綺麗だと感じるのだから、王妃様もきっと感じていらっしゃるだろう。というかそう思いたい。
 にこりと笑みを浮かべて言い切ると、テオは目を細めて懐かしむように答える。

「そうだな。そうした理由も、もちろんあるんだろう」

 その含みのある答えに疑問を抱かなかった、といえば嘘になる。
 ただ聞き出す理由も意味もないから気付かないふりをしていると、ややあってからティートさんが切り出した。

「殿下もリリィさんも、どうぞお掛けになってください。ラスカが戻るまで立ちっぱなしというのもなんでしょう?」

 にこやかに告げられたそれは、当たり前のようで当たり前ではないささやかな気遣いの言葉。
 きっと騎士であり王家に仕える従者であるティートさんにとっては何気ない事なんだろうけれど、私には少しだけ慣れない。

「ありがとうございます。でも、私達を促すだけじゃなくて、ティートさんとアルノーさんもお座りになってくださいね」
「お気遣いに感謝を」
「……我々は軽々しく王家の方々と同じ席に着けませんので」

 私が感謝の言葉と共に口にした言葉への返答はティートさんとアルノーさんで大きく違っていたけれど、意図するところはどちらも同じだ。
 例え空席があろうとも、そこに座るつもりはない、と。
 ならうちにいた時や喫茶店フロリアにいた時はどうなのか、ってこと関してはそうしたようなことにこだわれるような状況ではなかったし、テオが徹底して王家の人間としているわけではないということ――極めて私的の状況だったという事なんだろうと思う。

 でも今のテオは、スィエル王家の第二王子として城にいるから、この前までのような距離で過ごすことは原則出来ないという事なんだろう。

「流石に少ないとはいえ、人目がある状況じゃあな」

 小さくつぶやくような声はテオのもので、見上げるとテオが肩を竦めていて。視線をやるとティートさんはこれでも主従関係にありますからね、と微笑んでいたけれど、アルノーさんはただただ不機嫌そうに唇を真一文字に結んでいた。





 それから、ラスカが戻ってくるまでに時間は要さなかった。
 元々中庭には向かう予定でいたのだから当たり前というべきなのか、台車ではなくトレイによって運ばれてきたのは紅茶とスコーンだ。
 カノンとリフが戻ってきたのは、ラスカと同僚らしき侍女によって運ばれたそれらがテーブルに並べ終えられ、その侍女が去った丁度そのあとのことだった。

「お仕事はもう終わったのか?」

 テオを気付くと嬉しそうに喉を鳴らしてひっついたリフと、リフを受け止めて頬を緩めるテオを眺めるように見詰めながらカノンが尋ねた内容は、私がテオに掛けた言葉と大差がない。
 だからなのかなんなのか、吹き出すように少しだけ笑ったテオはふるふると首を横に振り、

「いや、ジェド……兄上に奪われた」
「それはつまり、テオは働きすぎって事だ?」
「そういう訳ではないと思うが……」
「はてさて。古今東西、無自覚な無茶しいはたちが悪いと聞くが……一人で背負うだけが正しいわけじゃない事だけは、忘れないようにな?」
「……気をつけるようにはする」

 それは本当に出来ることなのだろうか、という疑問を抱いてしまった私はおかしくないと思うし、それを肯定するようにラスカとティートさんとアルノーさんが物言いたげにテオを見ていた事は添えておこうと思う。
 当然カノンの反応も生暖かいような、微笑みの下に私たちと大差ない感情を隠しているようなもので。
 それら全てに気付いたテオはわざとらしく咳払いをしながら、不思議そうに首を傾げたリフをそっと離した。

「それで、探索に行っていたとのことだが、何か発見はあったのか?」

 テオからふわりと離れたリフが興味深そうにティートさんの周りを飛び回り、それからアルノーさんの気付いて逃げるように私の元に飛び込んでくる。
 私はリフを抱きとめながら、私自身も気にかかるような様々な意味合いを持った問いをテオから投げ掛けられたカノンを見ると、彼は砂糖もミルクも入れていない紅茶に口つけながら答えた。

「……特に何も。珍しいものや目新しいものはなかったし、リフが何かに興味を示したなんて事もなかった。まあ、それでも好き勝手飛び回れて楽しそうではあったし、俺も昼寝をするのに良さそうな場所は見付けたけどな」

 つまり、〈黒鱗病こくりんびょう〉に関係するような呪具の気配はおろか、それ以外にも何か手がかりになりそうなものはなかったってことね。
 とはいえ、極々短時間の探索だったわけだし、そうしたものの手掛かりを探すには厳しかったのだろうけれど。

 それは私だけじゃなくて、恐らくテオだって理解している。
 テオは気落ちした様子もなく平静といった風のままに柔らかな表情を浮かべた。

「昼寝に適した、日当たりの良い場所があったのか?」
「花壇になっている場所が最適なんだけどなあ……」
「カノン。釘を刺すまでもないだろうけど、お願いだから花壇の真ん中で寝ようとするとかはやめてね?」

 ふと心配になって言葉を掛けると、カノンは目に見えて気落ちした様子で口を開いた。

「温かな日差し、ほかほかの土の感触、何より柔らかな甘い花の匂い……実に惜しい」
「ねえ、カノン? ほんとのほんとにやめてね?!」

 庭師の人達が心を込めて手入れをしてるんだからね!? わかってるよね流石に!?

 心底口惜しいと言わんばかりの反応に、内心大慌てで捲し立てるように付け足すと、カノンはちらりと私を見たかと思えば何も答えないまま紅茶を飲んだ。
 ねえ、なんで何も答えないの? え、嘘でしょ本当にやめてよ、カノン!?

 と、不安から頬が引き攣るような感覚を抱いていたその時だ。

「リディ様、こっちです」

 凛としながらも切羽詰ったような声が少し離れた場所から聞こえた。

 その声は誰のものかはわからない。
 けれども聞き覚えのある呼び名に不思議に思う私とは対照的に、テオとティートさんとラスカは表情を険しくさせ、アルノーさんがごく普通の所作で一点を見遣った。
 そして一人、平然としたように紅茶を飲んでいたカノンは、ただただ静かに私に言ったのだ。

「リリィ、リフをしっかり抱えて」
「え?」

 きょとりと目を丸くしたのと、二人分の足音がごく近くまで近付いて来たのはほぼ同時。

「この辺で姿を隠すことが出来れば――」

 小さく呟くような声と共に現れたのは男の子と女の子。
 飛び込んでくるようにして姿を現した二人はそれぞれこっちを見て驚いたように目を見開いていた。
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