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舞踏会にて1

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「まあ、すごくきれいです、アンリエッタ様」
「ありがとう……」
 ヘレンが着付けてくれた自分の姿を見て、そしてヘレンの誉め言葉に、アンリエッタは微笑んだ。舞踏会を前にして、ヘレンは気分が高揚しているのかもしれない。
 青いシルクを、裾にいくにつれて広がるように仕立てたドレスは、マーメイドラインというらしい。最新の型だというのを、今日は発情期とかぶるので欠席しているクラリスが選んでくれたのを仕立てたのだ。
 東方のシルクをつかい、裾に真珠をぬいつけたドレスは、アンリエッタが動くたびにきらめいて美しい。フェリクスの瞳と同じ、空色のリボンを飾りたいと言ったアンリエッタの希望を、ヘレンは嬉しそうに承諾してくれる。けれどいざそれを身に着けるとなんだか気恥ずかしくて――と同時に、想いを否定されたあの日のことを思いだして、微妙な気持ちになってしまう。嬉しいような、切ないような、そんな気持ちだ。
 ――と、扉を開けて控室へとやってきたフェリクスに、アンリエッタは視線を向ける。
 夜空のような濃紺のフロックコート。胸元にさえるような紫のポケットチーフを飾っている。それがアンリエッタの瞳の色だと気付いて、同じことを考えていたのだわ、とアンリエッタは頬を赤らめた。一方、見られた側のフェリクスもまた、その空色の目を見開き、顔を背けた。
 不安になって、アンリエッタは尋ねる。
「どうしたの?フェリクス。も、もしかして、にあってない?」
「ち、違う。きれいだと思って……」
 フェリクスが口ごもる。その顔は、耳まで真っ赤だ。しばし、かみしめるように目を閉じていたフェリクスは、ややあって、アンリエッタに向き直って口を開いた。
「――綺麗だ。君が、透き通るみたいに綺麗だ」
 かあっと、それまで以上に頬が熱くなる。想いを受け入れてくれなかったくせに、こんなことだけさらりと口にするフェリクスが恨めしい。
 けれど、その顔をしばらく見つめていて、あれ、と思った。なんだろう、フェリクスが、どこか吹っ切れたような顔をしている。
 それを考えているうちに、控室の扉の向こうから、音楽が漏れ出してきた
「そろそろ順番だ。行こう」
 手を差し出してくるフェリクス。否やというはずもなく、その手の上に手をのせた。
 かつん、とヒールが音を立てる。
 ゆっくりと開かれる扉。それは、戦の幕開けのようにすら感じられた。
「皇太子殿下、およびその婚約者、アンリエッタ・アリウム侯爵令嬢のおなり!」
 ネーム・コールマンがフェリクスとアンリエッタの名を呼ぶ。
 その声に従い、アンリエッタはフェリクスの腕を取ってホールに出た。
 緊張で顔が強張るけれど、アンリエッタは笑顔を崩さぬよう顔に力を込める。
 隣に立つ、フェリクスの完璧な笑顔は臣下に見せるときのそれだ。その笑顔から彼の本心は見えなくて、アンリエッタは笑顔のまま、フェリクスの腕に添えた手に力を込めた。
 アンリエッタとフェリクスの関係は、先日の花祭りでのアンリエッタの告白以降、ぎくしゃくしたままだ。
 今もうまく目を合わせられない。アンリエッタは静かに息をつき、気を取り直すように周りを見回した。
 輝かしいシャンデリアが照らすホールは美しく、白を基調としたしつらえがなんとも豪奢だ。その中を埋める華やかなドレスやフロックコート姿の招待客がまとう色彩も相まって、このホール自体が一つの美術品のように見える。没落はしたけれど、皇太子の婚約者の家族として呼ばれたのだろう。その中には兄の姿もあった。本来侯爵家の次期当主としてあそこにいたはずの自分が、フェリクスの婚約者としてここに立っていることが、夢まぼろしではないのかと思ってしまう。
 だからだろうか。アンリエッタは侯爵令嬢として、そして次期アリウム侯爵として社交界デビューしているし、このホールにも来なれているはずなのに、いつも以上に緊張している。そして気付いた。周囲からの好奇のまなざしに。それは「どうしてお前なんかがフェリクスの隣にいるのか」という意思を孕んでいてひどく恐ろしい。
 思わず足がすくんでしまいそうになる。
「アンリエッタ」
 ふいに、フェリクスの声がアンリエッタの耳朶を打つ。そうだ。はっとして、アンリエッタは胸を張った。
 もう、腹をくくったのだ。フェリクスのとなりに立ちたいと思ったのは自分で、だからアンリエッタはフェリクスに告白したのだ。想いが受け入れられなかったとしても、決めたのはアンリエッタだった。アンリエッタは前を向く。
「アンリエッタ、行こう」
「ええ」
 フェリクスに導かれ、皇帝陛下と皇妃陛下に挨拶をする。
 アンリエッタは優雅にカーテシーをして礼を取った。
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