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それってどっちが正しいの?

第三話

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「なんだよ……」
尋人はそう呟いた後黙り込む。狭い部屋、無言の時間がいたたまれなくなり、私は残っていたビールを飲みほした。

「どうせ私なんて佐和子みたいにかわいくないし、女にすらみられてないし……」
いやだ。
こんな嫌なことを言いたいわけじゃない。佐和子に対してもこんな心の奥に汚い部分があるなんて。
自己嫌悪で今なら軽く死ねる気がした。

「ごめん、酔った。こんなこと言いたいわけじゃ……」



そのとき、いきなり後頭部に尋人の手が回ったと思うと、引き寄せられた。
初めてこんなに近くで彼の瞳を見た。そう思った時には激しく唇がふさがれていた。
なぜか苛立ちをぶつけるように、キスをされ私の頭はパニックだ。
どうして? どうして今?
その感情が渦巻き、とっさに尋人の胸を押した。
「尋人! いきなりなに?」
あまりの激しさに、息絶え絶えに聞くと、その表情から尋人が何を考えているかわからない。

「女だとおもってない奴に、こんなことするかよ」
クシャりと髪をかき乱すと尋人は大きく息を吐いた。そしてその後、「悪かった……」そう呟いた。
「帰る……。きちんと鍵をかけろよ」
それだけを言うと、尋人は何も言わず家を出て行ってしまった。

私は今起きたことの意味が解らず、ただ呆然とその場で固まっていた。

意味が全くわからない。どうして今更……。

少しはこの一年で佐和子から私に情が沸いたのだろうか。期待する気持ちと、尋人もかなり酔っていたからだ。そんな思いが交差する。
一人取り残され、眠れない週末を過ごしたのは言うまでもない。


週があけ、会社に行くのがこれほど嫌だと思ったのは初めてかもしれない。
長年慣れた仕事だし、職場環境だって何の問題もない。その原因はただ一つ。
どういう顔で尋人に会えばいいのだろうかわからない。

引っ越したことで会社まで少し遠くなったこともあり、いつもより早く家を出て足取り重く会社へと向かう。

最寄駅を降りればすぐ前に会社が入っている複合ビルが現れ、たくさんの出社する人にため息がもれた。

しかし、行かないわけにもいかない。そう思いながら歩き出せば、前に見たくない人をすぐに見つけてしまった。
後姿だけでわかってしまう自分が嫌になる。
そこまで思って私は足を止めた。


隣には二人で言いあうように、寄り添う佐和子の姿。

友人なんだから何度もこの光景を見てきた。
でも、今日は穏やかな気持ちでは見られなかった。
佐和子はずっと宗次郎君が好きだと知っていたから、尋人の片思いと知っていたから。絶対に付き合うことはない。そのことが少なからず、穏やかな気持ちで見られていた。

しかし今は違う。佐和子も宗次郎君との結婚を延期し、尋人に気持ちが傾くことだってゼロではないのだ。

私たちは今、だれも結婚してないし、恋愛は自由なのだ。

サイテー私。

そんな醜いことを考えた自分に嫌気がさして、ふたりの後姿に足が止まってしまう。

「三条」
そんなとき後ろから柔らかな声で私を呼ぶ声にハッとした。
「金沢さん」
会社では苗字で呼ぶ彼に、私もいつも彼を金沢さんと呼んでいた。
「どうした?」

新入社員の時からかわらない、優しい声に私は少し笑みを浮かべた。
「何がですか?」
そう答えるも彼の視線にもふたりの姿が入ったようだった。少し見つめた後、宗次郎君は私の顔を覗き込んだ。
「酷い顔してる」
「え!」
確かに眠れなくてクマもできて酷い顔をしてる。メイクで何とか出来ていた思っていたのに、そうではなかったのだろうか。

「俺たちの事聞いた?ごめんな、せっかく日にちあけてもらっていたのに」
申し訳なさそうに言う宗次郎君に私は首を振る。

「そんなことは大丈夫ですけど。でもどうしたんですか?」
佐和子からも聞いていたが、宗次郎君はまた違った思いがあるかもしれない。

「うーん、まあここで話すことでもないし。今日の帰り飯でもどう? 久しぶりに教育係としてのその酷い顔をどうにかしなきゃだしな」
今日から尋人の家に帰ることもないし、一人の食事は味気ない。
クスクスと笑いながら言う彼の気遣いに私は頷いた。それに佐和子とのことが気になったのも事実だ。


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