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第33話 兄がいたら

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 翌日の夜、スクルさんは約束通り、家まで来てくれた。

 あらかじめ執事に、彼が来たら応接室に通してもらえるよう頼んでいたので、案内したと報告を受けた私は急いで応接室へ向かった。

「スクルさん、お待たせしました。昨日も今日も、本当にごめんなさい……」

 私が謝ると、スクルさんは何だか楽しそうに笑っているではないか。何か変な事を言ったかしら、と不安になる。

「お姫様。今の俺は、目の前に人参がぶら下がった馬みたいなものです。お姫様の為なら、大喜びで働きますよ」
「ふふ、人参ってなあに?……もしかして、私がたくさんお礼をするわって言った事、もうフォールスに聞いたの?」
「ええ、何してもらおうかって、ふたりで夜中まで大盛り上がりでしたよ?」
「やだ!夜はちゃんと休んでちょうだい!?」
「ははは、気をつけます」

 本当か冗談か分からないような事を言うスクルさんに、私は慌ててしまう。

 私は、彼の向かいに座る。それを待ってから、スクルさんは話し出した。

「一週間後に、式の場所をおさえました。場所はここです」

 彼はそう言うと、地図が書かれた紙を渡してくる。ここらかそこまで離れていない場所だ。
 あまりの仕事の早さに、私は驚かされる。

「スクルさんあなた、今日一日で見つけてくれたの?すごいわ……大変だったでしょうに……」
「いいえ。こんなの大変なうちにも入りませんよ。むしろ、これから大変なのはお姫様の方です。日もあまりないので、なるべく早くドレスを選んでもらわないといけないのですが……日中で空けられるとしたら、いつになりますか?」

 そうか、ドレスも必要なのだ。たとえ嘘の結婚式だとしても、そうだと悟られてはいけないのだから。

「私はいつでも大丈夫よ。……実は、仕事をしばらく休む事にしたの」

 私がそう言うと、さすがのスクルさんも驚いたようだ。

「そうなんですか!?」
「ええ、なるべく母のそばにいようと思って。体調がが良くない日も、増えてきているから……」
「それは心配ですね……式には出られそうですか?」

 そう、私もそれが一番気になっている。私は、何とも言えないながらも、頷く。

「大丈夫であることを願うしかないわ……幸い、見つけてもらった場所もここから近いし、母の負担も少なく移動できそう。本当にありがとう」
「いえ、喜んでもらえて何よりです」

 スクルさんの笑顔に、私の不安も少し和らぐ。

「ドレスですが、魔王城の近くにある店までお連れします。そこが一番数があると聞いたので。既製品でも、いいものがきっと見つかると思います。値段は気にするなとフォールスにも言われているし、一番いいと思った物を選んで下さい」

 そこまでしてもらえるとは思わず、私は驚く。

「そんな……私は着られるだけでいいのよ……」

 いつもの癖で、相手の好意を拒むような事を言ってしまい、私はハッとする。

「いえ、いけないわね、こんなの。せっかくスクルさんが準備してくれているのに。こういう時は、ありがとうって言わないとだめよね……」

 相手がしてくれるという事を、いつまでも遠慮する方が失礼なのではないか。私はそれに気づく。

(今は甘えよう。全てが済んだら、それ以上に返せばいいのだから)
 
「その通りですお姫様。好意はありがたく受け取る方が、お互いのためですよ。じゃあ、ドレス選びは明後日にしましょう。移動時間も考えると早い方がいいな……朝九時頃にはお迎えにあがりますが、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ」

 花嫁のドレスなどこの目で見た事がなく、それを選ぶというのがどういう風なのか、想像もつかない。私は緊張をおぼえてしまう。

「それと最後に。フォールスがミスオーガンザに挨拶を、という件ですが、明後日の夜なら予定を空けられるとの事です。どうですかね、お姫様」

 そう聞かれ、私は考える。

「……今は、仕事に行かず家で安静にしているから、大丈夫だと思うわ。でも、もしどうしても難しそうなら、私から母に伝えるわ。フォールスにもそう言っておいてくれる?」
「分かりました。ミスオーガンザの体調を最優先にして下さい」

 こればかりは、その時になってみないとわからない。無事に全てを終えられるよう、願うしかない。

「スクルさん、何から何まで本当にありがとう……あなたみたいに頼れる方がいて、フォールスも私も、本当に幸せ者ね」
「ははっ、お姫様、俺も、あなたの笑顔が見れて、とても幸せ者ですよ。いつまでもそうやって、笑っていて下さいね」

 スクルさんの言葉に、私は嬉しさで、少し目が潤む。

「ええ、そうなれるよう、頑張るわ」

 そう言うと、スクルさんは私をそっと抱きしめ、そして、私の耳元で優しく囁いた。

「あなたなら大丈夫。きっと、いいや絶対に、世界一の花嫁になれますよ」
「ありがとう、スクルさん」

(私に兄がいたら、きっとこんな風なのかしら)

 そう思いながら、私はスクルさんの優しさに、少しの間、甘えた。
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