大切を押し付けられた聖女

ざっく

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父からの手紙(ダイナン視点)

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チェルシーが城へと行く日付が決まって、すぐに留学を決めた。

この家から出て行く彼女を見送りたくなかった。
「お兄様。お体に気を付けてくださいね」
だけど、出立の日、それをものすごく後悔した。
どうして、俺はチェルシーを置いて行こうとしているんだ。
泣くのを我慢して、一生懸命笑顔を向けてくるチェルシー。
「チェルシーも、元気でいるんだよ?手紙を書いて確認するからね?」
貴族教育が進んで、公式の場では表情を取り繕えるようになったが、家族の前では感情表現が豊かな子が。寂しいのに、俺のために涙を我慢している。
そんなもの、俺が我慢しなければならなかった。

ごめん。情けなくて、ごめん。

心の中で謝りながら、最後にチェルシーを抱きしめた。


--それが三年前。


そして、今、手の中にある手紙が信じられなくて、短い文章を何度も読み返した。

『ケッコンサセル。スグカエレ』

父から届いた電報だ。
遠方へ緊急の連絡をするときに使われる方法だ。
少ない文字数しか送れないが、緊急の要件の時などに使われる。
何かの間違いかと思うが、こんな短い文章で、勘違いがあるはずもない。
俺が、結婚?
三年経った。
三年経ったから、チェルシーへの気持ちが冷めただろうとでも言いたいのだろうか。
こんなにいきなり、何があった?
オルダマン侯爵領は、チェルシーが城に行ってしまっても、変わらず豊作が続いている。
資産だけでいえば、もしかしたら王家を超えてしまっているかもしれない。
そのオルダマン侯爵家が、長男を突然結婚させなければならないほどの何か。
全く想像もつかない。
貴族の義務。領民のため。
幼いころから教育されたものは、しっかりと根付いている。
血を継いで、領民を守り抜かなければならない。それが、チェルシーを守ることにもなる。
理解しているけれど、納得できない。
父に話を聞かなければ。
早急に王都の家に向かった。

手紙を受け取ってから十日間。
休憩もほとんどとらずに強行軍で戻ってきた。
どうしても結婚をしなければならないのかと、寝不足の頭が理性を壊していく。
チェルシーをこの腕に抱きたかった。
懐かしい実家に着いた途端、チェルシーのことで思考が塗りつぶされる。
どうして、俺は、チェルシーよりも先に結婚をしなければならないんだ。
「父上!どういうことです!?」
その苛立ちのまま、ドアを開けて叫んだ。
「どういうこと、とは?」
執務机に座った父は、目を丸くして俺を見ている。
自分でもひどい格好のまま、ひどい顔色で感情のままに叫んでいるのは分かっている。
一日休めば、おとなしく理由を聞いて、納得して結婚だってするだろう。
だけど、今は悲劇に浸りたい。
「私は結婚などしないと言ったでしょう?」
「事情が変わったのだ。だから、お前に結婚してもらおうと――」
父が、珍しく焦った表情で立ち上がる。
俺を宥めようとしているのか、落ち着けというように手のひらを向けられる。
だが、人生が終わった瞬間だ。
落ち着けるはずがない。
「どんな事情が変わろうとも、私は、愛する人がいると言ったでしょう。私は、彼女以外と結婚する気はない。それまでは、私は決して彼女を諦めることはできません」
言い切った時、後ろから悲鳴のような声が上がった。
「チェルシー様っ!?」
振り返ると、小柄な女性が走っていくところだった。
「――チェリー?」
何故、ここにチェルシーがいる?
城で、王太子妃の教育を受けているはずだ。もう、オルダマン侯爵家には戻れないと聞いていた。
「チェリーがいるなら、なぜそう言ってくれないんです?先にお土産を渡して、ただいまと……」
「無理だろうな。お前は今、嫌われたから」
「私が、チェリーに?そんなわけがないでしょう。ああ、私が結婚すると聞いてショックを受けたのか。慰めないと――」
「いや、お前が自分との結婚を拒否したことにショックを受けたんだよ」
父が、俺の言葉を遮ってじろりと睨み付けてくる。
「はい?俺が、自分と?え?」
「お前の結婚相手は、チェルシーだ……ったな。今、破談になったが」
大きくため息を吐いて、わざとらしく大きな声で「別の嫁ぎ先を探さなければ」などとぬかしている。
「どういうことですか!?」
先ほどの声を上回る声で叫ぶと、険しい顔をした父が、初めて聞く声量で怒鳴った。

「お前のせいだろうが!この、バカ息子が!!」

情勢ぐらいは情報収集しておけ、このボケが。という、初めて聞く父の暴言により明らかにされた、チェルシーへの対応。

王太子とチェルシーの婚約は、まだ正式に国民に発表されたものでなかったため、婚約破棄ではなく、白紙。――なかったことになった。
王太子が不貞により婚約予定の女性以外を妊娠させたということは公にはされない。
王太子は、元々相思相愛だった女性との間に子ができ、順番が逆になってしまったが、正式に婚約者として、産後に結婚式を挙げる。……とだけ、国民に発表されることが決まった。
貴族の間では、チェルシーとの結婚が決まっていることは公然の事実だった。
それにもかかわらず、チェルシーは最初からいないものとして扱われることになったのだ。
貴族間の情報を掴んでいれば、俺は、チェルシーの立場をすぐに知ることが出来ただろう。
父に呼び出されるよりも早く帰って来られていたかもしれない。
チェルシーの結婚を知ることが辛いと、目をそらし続けた結果が、これだ。

チェルシーは聖女だ。
国外に出すことは出来ない。
王は焦り、王太子の側妃としようと父に提案した。
ただし、妊娠して、結婚が決まった正妃のすぐ後に側妃を娶るわけにはいかないので、もう数年このまま待っておくようにといわれたのだ。
父は、とある友人に『陛下から数年待つように言われた』と悩みを打ち明けた。そして、そのとある友人から友人へと話が広がり、ブレイズフォート公爵に伝わったのだ。
当然、ブレイズフォート公爵が、娘がないがしろにされたと怒り、側妃の話はなくなった。
父は、そんなつもりではなかったと王に謝罪し、何年でも待つと訴えたが、王太子との結婚はなくなってしまった。
というわけで、チェルシーの結婚相手がいなくなったと何食わぬ顔で、言った。
その謝罪している姿を見たかった。
そんな見え透いた演技を、どんな顔でしたのだろうか。
呆れる俺を放って、父は淡々と話を続ける。
「王家は、チェルシーが城に来れば王家の所領が豊作になると思っていたのだろうな。だが、いつまでもオルダマン侯爵家の領地は豊作で、国有地は今まで通り。どうやら、私が何やらうまいことやっていると思われたようだな。チェルシーの力は、微々たるものだと判断された。だが、一部貴族はそうとらえていない者もいる。そいつらからチェルシーを奪われるよりは、お前に、と思ったのだが」
「喜んで!」
勢いつけて返事をした俺に、父は冷たい視線を投げた。
「チェルシーは、今、思いっきりお前のことが嫌いになったはずだ」

「――っ!???!違うんだ!チェリー!!」
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