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伯爵の訪問

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――と、数時間前には言っていたはずなのに。

閉じこもっていた自室にアルチュセール伯爵を案内してきた父に開いた口が塞がらない。
いきなり令嬢の私室に案内するって、どんな父親だ。
しかも、ノックして返事をしたら、アルチュセール伯爵を伴った父がいるという状態。
前触れもなければ、ドアを開ける前に一人でないことも言われなかった。
呑気にソファーで本を読んでいたセヴリーヌは、立ち上がることも忘れていた。
「突然、失礼する」
セヴリーヌの様子に、困ったようにアルチュセール伯爵が声をかけた。
その声に、今更気が付いて、慌てて立ち上がり礼を取る。
「こちらこそ、このような場所にまでお越しくださり光栄でございます」
来客用にあつらえた応接室は、それなりに見栄えがするようにできている。
けれど、セヴリーヌの部屋は、シンプル……といえば聞こえがいいが、飾り気もなく質素だ。
自分が生活するだけで、人に見せるような場所でもないのに飾りなど勿体ない。そんな金があれば、製鉄所の倉庫を綺麗にしたい。セヴリーヌは、外に着ていくドレスは見栄もあってそれなりのものを身につけるが、見られない場所は全く頓着しないのだ。
そんな場所をアルチュセール伯爵に見られて、顔から火が噴き出そうだ。
さりげなく侍女が近づいて来て、そっと彼女の肩に華やかなショールを被せていく。
一応、先ほど侍女に準備されていたので、来客に対応してもおかしくない格好になったはずだ。
父を見ると、祈るようにセヴリーヌを見つめている。
未婚の娘に男性を案内することのおかしさに、この父は気が付いているのかいないのか分からない。
「話があるのだが」
アルチュセール伯爵が、入ってきた時と変わらず困ったように言う。
私室に案内されるとは思っていなかったのだろう。
「場所を移してもよろしいでしょうか?」
セヴリーヌが尋ねると、軽く頷かれた。
「君と内密に話がしたいと、デュボワ子爵にお伝えしたところ、案内されてきたのだが、あ~……申し訳ない」
「二人きりで内密な話なら、娘の部屋が最適でしょう?」
何をぶっ飛んだ認識を振りかざしてくるのだ。
睨み付けるが、父の表情を見る限り、分かってやっていることが分かった。
二人で話したいと言っているのに、部屋の中、しかも令嬢の私室で話すわけがないだろう。
是が非でも辺境伯に娘を嫁がせる気なのだ。
セヴリーヌはアルチュセール伯爵に好意を抱いているならば、推し進めてもいいと判断したのだろう。
父だって責任ある立場なのだから、是非、当事者双方の合意に基づいてもらいたい。
アルチュセール伯爵の希望だということにして、このまま強引に二人きりにするつもりだろう。
彼の表情を見るに、困惑の方が大きい。
美しい娘を嫁にできると思っていたら、こんな怪しい美しくもない娘をあてがわれそうになるなんて、あまりに不憫だ。
「お父様?アルチュセール伯爵にお庭を案内してまいりますわ」
「に、庭?セヴリーヌ、我が家の庭は、見るべきものがないぞ」
庭師が聞いたら引きこもりそうなことを言う父に笑顔を返す。
セヴリーヌの部屋に比べたら、花が一輪でも咲いているそこらの空き地の方が見ごたえがあるだろう。
「まあ。王城に比べればこじんまりとしておりますが、それはそれで、きっとよさがありますわ。では伯爵様、こちらに」
これ以上父に引きとめられる前にドアに向かい、彼を促す。
アルチュセール伯爵は、セヴリーヌの意図を読み取り、自然な仕草でエスコートをしてくれる。
彼の大きな手が、セヴリーヌの手を支えた時は、緊張で手が震えてしまいそうだった。
大きな節くれだった手が格好いい。
手だけでも格好いいとはどういうことだろう。セヴリーヌをダメにしに来ているとしか思えない。

庭に出て、左右に白い花を咲かせる生垣に挟まれた小道を歩く。この先に小さな四阿が建っていて、庭全体を見渡せるようになっているのだ。
そんなに大きくはないけれど、毎日専属の庭師がしっかりと手入れをしてくれている美しい庭だ。
四阿のベンチにまで案内すると、先に座るように促され、彼は向かい側に座った。
「体調が悪いと聞いたが」
「ああ……ええ、そうなの……です、かね」
どう答えていいか分からず、セヴリーヌは、妙な返事をしてしまう。
セヴリーヌに会いに来たアルチュセール伯爵を、彼女の部屋まで案内するために父がついた嘘なのだろう。
嘘を吐いたなら吐いたと言っておいてくれないと対応できないではないか。
父の図太さに、セヴリーヌは頭を抱えたい。
さっきは、部屋で普通に本を読んでいたし、今も元気に庭を案内してしまった。
「デュボワ子爵は、嘘を隠す気はなかったのだろうな」
彼は苦笑してため息を吐いている。
セヴリーヌに伝えずに部屋まで案内したことからも、それは窺える。
きっと、『体調が悪いはずでは?』と問い詰められたら、セヴリーヌに『お前が説明しろ』と言って、二人きりにする計算だったのだろう。
その後、私室に二人きりという状況を無理矢理作りだしたにもかかわらず、それを理由に結婚を迫るという計画が見える。
強引すぎて、本気でいけると思ったのかと父の両肩を掴んでがくがくと揺さぶってやりたい。
「本当に申し訳ありません」
「いや、意外と面白かった。あの傍若無人な無理矢理さが技術を守り発展させることに役立っているのかもしれないな」
「……過分に過分を重ねた過大評価をありがとうございます」
セヴリーヌの不満げな表情を見て、アルチュセール伯爵は、また楽しげに笑った。
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