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10 黒髪の美青年との出会い(2)
しおりを挟む――その一週間後、ウルジニア侯爵のお陰で、とんとん拍子でデモンストレーションをできることになった。
ランチの後のお客さんがいなくなったレストランのテラスで、支配人やホテルの経営層に対して、メニュー表を渡して本当のカフェと同じように給仕をするのだ。
私たちだけで対応し切れるかわからないので、侯爵家のメイド二人が手伝ってくれることになった。
なんせ私にはメニューの決定とレシピの確認がある。仕込みにはマドレーヌという心強いパートナーがいるとしても、なかなか過酷な日々を過ごすことになるだろう。
コーヒーの豆の種類やブレンドに合わせたお菓子の組み合わせを考え、材料を買い出しに行き、厨房でお菓子を焼き上げて味の確認をした。
今回、デモンストレーションの参加者は男性が多い。
女性についても、ホテルで働いているメイド長などのスタッフが参加してくれると言っていた。
貴族の貴婦人方であれば、フォークを用いて食べるケーキやタルトなどを用意するところだが、今回は仕事をしていてその合間の時間でカフェを使うというイメージで何を用意したらいいのかを考えた。
給仕役のメイドたちの指導はマドレーヌに任せ、私はデモンストレーションの前日に、ホテルのテラスで侯爵夫妻をお客さんに見立て、事前練習をすることになった。
今回、お茶菓子として搬入したのは、焼き菓子のビスコッティーとフィナンシェ。そして、ワンハンドで食べられるパニーニである。
働いている人のためのクイックメニュー。できるだけ手が汚れないこと。それを一番に考えて作った。
ビスコッティーはクッキーなどの焼き菓子が定着しているこの国では、ポピュラーになりそうだと思った。
中にナッツ類を入れた焼き菓子は二度焼きしているので、ふつうのクッキーよりは固い。
しかし、前世のイタリアではコーヒーやカフェオレに浸して柔らかくして食べるのが一般的だ。そういう説明を書いた紙でくるんで、ドリンクとセット売りする。
フィナンシェは、前世ではコンビニにも置いてあるほどポピュラーなもの。
フランス語で「金持ち」を表すあのお菓子の成り立ちは、諸説あるけれど形は金塊でパリの金融街から広まったという説を、私は信じている。
それゆえ、食べると金運があがると言われる。商売をしている人には縁起物になるし、細長い形なのでかさばらず、少しだけ甘いものが食べたい男性にも人気になりそうだ。
そして、パニーニの中身はハムとチーズにした。
この時代、サンドイッチは手軽に食べられる食事として職業を持っている人々に人気だが、テイクアウトできるホットスナックはない。
カフェでゆっくり食べるのにも合うし、テイクアウトして職場で食べるのもいい。中身を変えれば、商品のバラエティーも増やしやすい。
とりあえず、その三種類のフードとコーヒー、カフェオレ、紅茶というラインナップでテストをしてみることにした。
今回はデモなので接客をするが、パブやコーヒーハウスを真似して最低限の人数で回せるように、セルフサービスのカウンターを設置する。
台の設置は護衛騎士のマルコに任せて、私は馬車から離れで焼いたお菓子類を運び込んでいた。
ウルジニア侯爵家の侍女の制服を借りて、エプロンとヘッドドレスを身につけている私は、端から見たら伯爵令嬢ではなく下級使用人に見えるようだ。
そんな私を誰も気にも留めないと思っていたら、そうでもなかった。
ちょうどマルコと離れて搬入作業をし始めたところ、ロビーにいた二人の男性が、私をじっと観察してくる。
(……何かしら?)
じろじろ見られるのは、けっして気分がいいものではない。
だって、あたしは婚約破棄をされたばかり……しかも、友人に婚約者を寝取られたばかりだからとにかく男性不審気味なのだ。
仕事で接客をしなければならない状況ならまだしも、そうじゃない時は男なんてまとめて生ゴミの日に捨てちゃいたい気分である。
眉を顰めてお仕事モードに戻ろうとする私のところに、男たちが近づいてくる。
「お嬢さん、いきなり話しかける無礼を許してください」
「……!」
すぐそこにテラスへの扉があるのに、男の一人に先回りされて塞がれた。
搬入業務を止められて、私は困惑する。
「あまりにもお嬢さんが可愛らしいもので……あなたのご主人も、ここに滞在しているんでしょ? 僕たちもここに仕事で二泊するんです。よかったら、仕事が終わったら部屋に遊びに来ませんか?」
「そうですよ。お酒を飲んだり、カードゲームをしたり……たまには、羽目を外したいでしょう?」
二人の若い男に行く手を阻まれて、私はどうするか考える。
「すみません、私、忙しいので……」
そう言って、ナンパ男たちを強行突破しようとしたが、男はどいてくれそうにない。
手には荷物を持っているうえに、前も後ろも塞がれてしまった。テラスへと続く通路はとにかく狭いため、これではどこにも逃げることができない。
「あんたさぁ……ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗ってるんじゃねーよ」
「そうだ、そうだ。どうせ、顔で旦那をたぶらかして仕事にありついているくせに」
私が断ったことをきっかけに、男たちは本性を出してくる。
ありもしない誹謗を受けて、腹が立った。
(どうしよう……騒ぎを起こしたくはないわ)
ここで大声を出せば、確実に助けはくるだろう。
テラス席の近くにはウルジニア侯爵夫妻が到着しているはずだし、護衛騎士のマルコだっているのだから。
……しかし、侯爵夫妻にこんな風に男たちに絡まれたと知られるのはまずい。
ここでのカフェのテスト運営はおろか明日に控えているデモンストレーションさえも中止になるかもしれない。
この危機をどう切り抜けるか考えていると、ロビーのほうから人影が近づいてきた。
「ここにいましたか。探しましたよ」
振り向くと、そこには黒髪に青い目をしたとてつもない美青年が立っていた。
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