群青の空の下で(修正版)

花影

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第3章 ダナシアの祝福

おまけ ワールウェイドの光と影2

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『皇家をたばかるなどと、なんて恐れ多いことを……』

 グスタフはジェラルドが真相に気づいている様子がないのを幸いとばかりに、家の名誉の為に隠ぺいを命じたのだ。震えたような筆跡からは、家令はためらいながらも主の命令に従ったことが推察される。
 それからほどなくして皇子が誕生し、ゲオルグと名付けられた。国中が慶事に沸く中、グスタフは情報の漏洩を防ぐために内情を知っている侍女のマリーを呼び戻し、ルバーブ村を盾に彼女を愛人として囲い込むことにしたのだ。
 夫人とその娘からのいじめは輪をかけてひどくなり、マリーにとって針のむしろのような生活が始まる。懐妊が判明するとそれはますますひどくなるが、使用人が下手に口を出すと今度は自分が槍玉にあげられるだけでなく、マリーへの風当たりも強くなる。わが身がかわいいこともあって結局は家令も口を閉ざすしかなかった。
 やがてマリーは女の子を出産した。しかし、心身ともに弱っていた彼女は、その後すぐに他界する。残された赤子の処遇を巡ってひと悶着あったが、マリーの姉夫婦がその子供を引き取った。

『大殿は最後まで渋っておられたが、これで良かったのだ』

 夫人の手前もあり、誰も赤子の世話をしたがらない。そのことを家令が切々と訴え、ようやくグスタフも手元に置いておくことを諦めたらしい。この結果に家令は安堵した様子だった。



 リカルドが残した次の印まではそれから随分間があった。日付を見るとざっと3年近く経っている。その間、ワールウェイド家は繁栄の一途をたどっていた。領内の事は3女のヘルミーナの婿となったニクラスに任せ、グスタフ自身は国の政に深くかかわっていくようになっていた。
 そんなある時、グスタフはジェラルドに皇都郊外の離宮へ招待された。夫人や娘達は領地へ帰っており、彼は家令を伴ってその離宮へおもむいた。
 仕事の都合で少し到着時間が遅れ、離宮に着いたのは辺りが暗くなってからだった。馬車が着いても出迎えがなく、いぶかしみながら屋内に入ると、慌てた様子の召使が飛び出してきた。
 話を聞いても要領を得ず、奥の居間へ足を踏み入れると、血まみれのナイフを手にして呆然と立ち尽くすイザベルの姿があった。その足元にはジェラルドが倒れ、床に敷かれていた絨毯はおびただしい量の血を吸って赤黒く染まっていた。

『これは何かの悪夢ではないかと、わが目を疑った』

 慌ててジェラルドに駆け寄り止血を施したが、もう助からないのは誰の目にも明らかだった。それでも彼はグスタフの呼びかけにうっすらと目をあけた。

『そなたの事だ、これも自分の都合の良いように処理するのであろう。だが、嘘やごまかしで足場をいくら固めても、ひとつの真実で崩れゆくものだ』

 ジェラルドは皮肉を込めてそう言うと静かに目を閉じた。そして最後に『マリー』と呟き、息を引き取った。
 その後のグスタフの行動は早かった。その場に居合わせた使用人達にかん口令を敷くと、居間を己の護衛に命じて封鎖させる。そして家令にはイサベルとゲオルグをすぐに皇都へ帰らせるよう指示を出した。
家令はすぐに震えている侍女を叱責して立ち直らせると、ひとまずイザベルを着替えさせるように命じ、まだ何が起きているか知らされていない乳母にはただグスタフの命令とだけ言ってゲオルグを連れて皇都に戻るよう伝えた。
 馬車の準備が整い、皇子と乳母が乗り込んでもなかなかイザベルが姿を現さない。着替えにしてはやけに時間がかかっていると不審に思い、騒然としている屋内に戻ると焦げ臭いにおいが鼻についた。
 階上を見上げると、イザベルが笑いながら手にした燭台で辺りに火をつけていた。突然出来事にさすがのグスタフもその護衛も対処が遅れる。
 炎は壁に掛けた重厚なタペストリやカーテンに次々と燃え広がっており、奥から漏れ出ている煙から察するに、もはや消火は困難となっていた。

『イザベル!』

 グスタフが声をかけるが、彼女は甲高い笑い声をあげながら煙が立ち込める奥へと姿を消した。彼はギリリと音を立てて歯を食いしばると、残った使用人達に避難を命じたのだった。



 結局、真実は伏せられ、離宮は失火による火事で焼失したこととなった。ゲオルグはグスタフによってかろうじて助け出され、ジェラルドは逃げ遅れたイザベルを助けようとして炎にまかれたことになっていた。
 何人かの使用人はこの火事に巻き込まれたことになり、また、生き残った使用人は火の不始末の責任を負わされて捕えられていた。次代の国主となるはずだったジェラルドが犠牲になっているので、重い刑罰が科せられるのは明らかだ。これで真相を知るのはグスタフと彼が信頼している護衛、そして家令だけとなったのだ。奇しくもジェラルドが今際に言い残した通り、グスタフに都合のいい結末を迎えたのだ。

『以前から、お家の名誉のためであったら非情な決断をなされることもあったが、今回はさすがにやりすぎではないだろうか……』

 その記述からは主命に従うのが役割ではあるが、主が道を誤ったときに諫めるのもまた務めだと考えていた家令の葛藤がまざまざと伝わってくる。
 ジェラルドは国主の後継候補を辞退し、妻子を呼び出したあの離宮にそのまま住まわせ、自分はマルモアにある自分のアトリエで生活するつもりだったらしい。あの離宮にグスタフも呼び出したのは、それを伝えるためだったようだ。後から報告するつもりだったらしく、国主がまだ何も知らなかったのは幸いともいえた。
 件のアトリエからはジェラルドの渾身の作と思われるマリーの肖像画が残されていた。ワールウェイド家にいる時には見ることなどなかった彼女のほほ笑む姿に、彼等は思いを通じ合わせていたことが分かったのだ。
 それは、ジェラルドはゲオルグが己の子供ではないことを知っていたことになり、更にはマリーの産んだ子供がグスタフの子供ではないことを示唆していた。それに気づいたグスタフはアトリエごと燃やしてしまうよう命じたのだが、家令は不審な火事が起こればかえって怪しまれると主を諭して辞めさせたのだ。
 それでも、気落ちした国主にジェラルドの残したものはワールウェイド家で管理することを認めさせるのは簡単だったので、件のアトリエは厳重に鍵をかけて封鎖することとなった。
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