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第五章 セドリック その三
夜間学校②
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「エイミー先生、さようなら」
「はい、さようなら。また明日ね」
笑顔で手を振る子供たちに、アメリアも笑顔で返す。
子供たちに向ける彼女の笑顔は愛らしく、夜だというのに眩しいくらいだ。
セドリックは馬車の中から、校門の街灯の下で手を振る妻を見つめた。
最近セドリックは、こうしてアメリアを迎えに来ることが多い。
夜間学校への通勤はカリナが付き添っているし、もちろん影の護衛たちもいるのだが、時間に都合がつけば、セドリックは自ら出向いていた。
とは言っても未だアメリアが領主夫人であることは伏せられているので、馬車にはサラトガ家の紋章が無いし、セドリックも馬車から降りることはない。
迎えの馬車の中に身を潜めて待っているだけだ。
そしてこうして迎えに来た日は、帰宅してから共に夕食をとることにしている。
アメリアには恐縮されて迎えに来るのも食事を待つのもやめて欲しいと言われているが、セドリックは存外、この時間が好きだった。
仕事の後のアメリアは機嫌が良く、いつもより饒舌になるからだ。
授業の進み具合や生徒たちのことを楽しそうに話してくれ、最近彼女と過ごす時間が減ったセドリックにとっては貴重な時間になった。
夜間学校の教員はアメリア以外に三人用意した。
一人は平民出身でありながらサラトガ騎士団の団長まで務めたレスリー・シアーズである。
彼は団をリタイアして悠々自適な生活を送っていたところをセドリックに引っ張り出され、夜間学校の校長を押し付けられたのだ。
セドリックとしては、アメリアの身分を知り、彼女を守る立場の者が必要だということでシアーズを口説き落としたのだ。
また、三人のうちの一人は、昔セドリックの家庭教師をしていたことのある女性だ。
貴族の子弟は王都にある寄宿学校に入る者が多いが、セドリックは学校へは通わず自領で数人の家庭教師について学んでいた。
その家庭教師たちはすでに皆リタイアしているが、セドリックはそのうちの一人を呼び出してアメリアを補助するよう命じた。
アメリアは国王の養女になっていた三年間でハイレベルな教育を受けてはいたが、まだ十七歳の少女であるし、教員としての経験は全くない。
経験豊富な元家庭教師が何かとアメリアの盾になってくれればとの配慮だ。
それから、残りの一人は平民出身の若い男性だ。
半農半士の彼は学問好きで独学で高い知識を有しており、今までも趣味で、近所の子どもたちに勉強を教えていた。
そのことを知っていたアメリアに推薦され、雇うことにした青年である。
夜間学校の教員としてきちんと給与を支払われる上、サラトガ公爵家の図書館を自由に使用していいという条件に、彼は喜んで応じてきた。
また教員とは違うが、空いた時間で、騎士を目指す少年たちにはカリナが武術の手ほどきを、刺繍などの手芸を覚えたい少女たちにはハンナが手ほどきを、それぞれ教えてやっていた。
「エイミー先生」
馬車の方へ向かおうとしたアメリアに声をかけたのは、例の青年教師だ。
何を話しているのかここからは聞きとれないが、二人は街灯の下、楽しそうに話している。
セドリックはこんな場面を今まで何度も目にしてきた。
何気なくアメリアにたずねれば、きっといつものように仕事の話をしていたと答えるだろう。
だが、表情ははっきり見えないが、特に青年の方はあきらかに声が弾んでいるのがわかる。
おそらく…、おそらくだが、彼はアメリアに好意を抱いている。
それがどんな類いのものなのか判断はつきかねるが、同僚への好意以上なのは確かだと思う。
そしてアメリアも。
セドリックに対するよりも、彼に親しみを持っているように感じる。
まぁ、当然だろう。
こうして教師に推薦するくらいアメリアは彼を良く知っていたわけだし、彼の方も推薦してくれたアメリアに恩も感じているだろう。
それに、何よりアメリアは愛らしく魅力的だ。
彼女を知れば好きにならない方がおかしいだろう。
この二人の様子が、最近のセドリックの心に影を落としていた。
(…この私が、嫉妬か…)
馬車の中、セドリックは一人悶々とアメリアを待った。
そして、自嘲するように薄く笑った。
(嫉妬する資格など、今の私には無いのにな…)
今彼女が来れば、きっと自分は下手な笑顔で迎えることだろう。
この醜い感情を彼女の前に晒すわけにはいかない。
散々彼女を傷つけて未だ心を許してもらえない自分が、一人前に嫉妬だけするなどお笑い種だと思うから。
アメリアは清廉な人間だとセドリックは知っている。
夫のいる身で彼女が他の男と何かあるとは考えられない。
またあの青年も、アメリアがサラトガ家の遠縁の令嬢だと思っているだろうから、平民の身で言い寄るような浅はかな男ではないだろう。
二人に何らやましいことがないことはセドリックもわかっている。
青年と話して馬車に乗り込んできたアメリアは笑顔だった。
心なしか息も弾んでいる。
(いっそ迎えになど来なければ見なくてすむものを…)
そう思いながらもいそいそと迎えに来る自分を、セドリックは滑稽だと自嘲した。
「はい、さようなら。また明日ね」
笑顔で手を振る子供たちに、アメリアも笑顔で返す。
子供たちに向ける彼女の笑顔は愛らしく、夜だというのに眩しいくらいだ。
セドリックは馬車の中から、校門の街灯の下で手を振る妻を見つめた。
最近セドリックは、こうしてアメリアを迎えに来ることが多い。
夜間学校への通勤はカリナが付き添っているし、もちろん影の護衛たちもいるのだが、時間に都合がつけば、セドリックは自ら出向いていた。
とは言っても未だアメリアが領主夫人であることは伏せられているので、馬車にはサラトガ家の紋章が無いし、セドリックも馬車から降りることはない。
迎えの馬車の中に身を潜めて待っているだけだ。
そしてこうして迎えに来た日は、帰宅してから共に夕食をとることにしている。
アメリアには恐縮されて迎えに来るのも食事を待つのもやめて欲しいと言われているが、セドリックは存外、この時間が好きだった。
仕事の後のアメリアは機嫌が良く、いつもより饒舌になるからだ。
授業の進み具合や生徒たちのことを楽しそうに話してくれ、最近彼女と過ごす時間が減ったセドリックにとっては貴重な時間になった。
夜間学校の教員はアメリア以外に三人用意した。
一人は平民出身でありながらサラトガ騎士団の団長まで務めたレスリー・シアーズである。
彼は団をリタイアして悠々自適な生活を送っていたところをセドリックに引っ張り出され、夜間学校の校長を押し付けられたのだ。
セドリックとしては、アメリアの身分を知り、彼女を守る立場の者が必要だということでシアーズを口説き落としたのだ。
また、三人のうちの一人は、昔セドリックの家庭教師をしていたことのある女性だ。
貴族の子弟は王都にある寄宿学校に入る者が多いが、セドリックは学校へは通わず自領で数人の家庭教師について学んでいた。
その家庭教師たちはすでに皆リタイアしているが、セドリックはそのうちの一人を呼び出してアメリアを補助するよう命じた。
アメリアは国王の養女になっていた三年間でハイレベルな教育を受けてはいたが、まだ十七歳の少女であるし、教員としての経験は全くない。
経験豊富な元家庭教師が何かとアメリアの盾になってくれればとの配慮だ。
それから、残りの一人は平民出身の若い男性だ。
半農半士の彼は学問好きで独学で高い知識を有しており、今までも趣味で、近所の子どもたちに勉強を教えていた。
そのことを知っていたアメリアに推薦され、雇うことにした青年である。
夜間学校の教員としてきちんと給与を支払われる上、サラトガ公爵家の図書館を自由に使用していいという条件に、彼は喜んで応じてきた。
また教員とは違うが、空いた時間で、騎士を目指す少年たちにはカリナが武術の手ほどきを、刺繍などの手芸を覚えたい少女たちにはハンナが手ほどきを、それぞれ教えてやっていた。
「エイミー先生」
馬車の方へ向かおうとしたアメリアに声をかけたのは、例の青年教師だ。
何を話しているのかここからは聞きとれないが、二人は街灯の下、楽しそうに話している。
セドリックはこんな場面を今まで何度も目にしてきた。
何気なくアメリアにたずねれば、きっといつものように仕事の話をしていたと答えるだろう。
だが、表情ははっきり見えないが、特に青年の方はあきらかに声が弾んでいるのがわかる。
おそらく…、おそらくだが、彼はアメリアに好意を抱いている。
それがどんな類いのものなのか判断はつきかねるが、同僚への好意以上なのは確かだと思う。
そしてアメリアも。
セドリックに対するよりも、彼に親しみを持っているように感じる。
まぁ、当然だろう。
こうして教師に推薦するくらいアメリアは彼を良く知っていたわけだし、彼の方も推薦してくれたアメリアに恩も感じているだろう。
それに、何よりアメリアは愛らしく魅力的だ。
彼女を知れば好きにならない方がおかしいだろう。
この二人の様子が、最近のセドリックの心に影を落としていた。
(…この私が、嫉妬か…)
馬車の中、セドリックは一人悶々とアメリアを待った。
そして、自嘲するように薄く笑った。
(嫉妬する資格など、今の私には無いのにな…)
今彼女が来れば、きっと自分は下手な笑顔で迎えることだろう。
この醜い感情を彼女の前に晒すわけにはいかない。
散々彼女を傷つけて未だ心を許してもらえない自分が、一人前に嫉妬だけするなどお笑い種だと思うから。
アメリアは清廉な人間だとセドリックは知っている。
夫のいる身で彼女が他の男と何かあるとは考えられない。
またあの青年も、アメリアがサラトガ家の遠縁の令嬢だと思っているだろうから、平民の身で言い寄るような浅はかな男ではないだろう。
二人に何らやましいことがないことはセドリックもわかっている。
青年と話して馬車に乗り込んできたアメリアは笑顔だった。
心なしか息も弾んでいる。
(いっそ迎えになど来なければ見なくてすむものを…)
そう思いながらもいそいそと迎えに来る自分を、セドリックは滑稽だと自嘲した。
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