さげわたし

凛江

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第九章 それぞれの想い

兄として、夫として①

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サラトガ公爵邸の貴賓室は、王族が滞在するための部屋として設えたものだ。
辺境のサラトガ領になど来るか来ないかわからない王族のために作った部屋であり、実際、今までここを訪れた国王は皆無である。
要するに今回初めて役に立ったというわけで、皮肉なものだとセドリックは思った。

貴賓室に入っていくと奥の席に国王クラークが座っており、その後ろに近衛騎士が控えている。
また、そのさらに後ろには『シオン』と呼ばれた男も控えており、セドリックはあらためてその男が国王直属の『影』であることを理解した。

彼はアメリアが嫁いできた時から、名前を変え見た目を変えて彼女を見守っていたという。
アメリアを蔑んでいたセドリックが彼女に近づかなかった数ヶ月の間も。
それを思うとセドリックの胸はチリチリと痛み、どうしようもない後悔に襲われる。

「サラトガ公爵。あらためて、国境を守ってくれたこと、礼を言う。」
クラークはセドリックに着席するよう言うと、まずは今回の戦の話から切り出した。

「私は『国境の盾』としての責任を果たしたまで。礼には及びません」
「いや、ここにサラトガ公爵がいてくれるから、国民は皆安心して暮らせるのだ。しかも今回は開戦から驚くべきスピードで撃退したんだ。また一つ、英雄伝説が増えたな」
「全ては、私を信じて付き従ってくれる騎士団のおかげです。私の手柄ではありません」

それは、セドリックが常日頃から思っている嘘偽り無い気持ちだ。
今回だって、アメリア救出のため急ぎ戦を終わらせようと無理をしたセドリックに、皆は黙ってついてきてくれたのだ。

「…そうか。ではまずは、その戦のことだが…」
クラークは今回の自らの遠征について話し出した。

元々、国王クラークが王都を出立したのは、国境で戦うサラトガ軍に合流するためであった。
いつもサラトガ騎士団は隣国ソルベンティアが侵攻してきた時撃退してくれるが、敵は喉元過ぎれば熱さを忘れるとばかりに、忘れた頃にまた侵攻してくる。

「だから今回は、ソルベンティアに脅しをかけようと思って来たんだ」
「脅し…、ですか?」
「サラトガ家は攻められても決して深追いはしない。相手が退けば自軍もすぐに退くだろう?」
「逃げる者は追わず、降参してきた者は受け入れる。それが、サラトガ騎士団の誇りですから…」
「はは、さすが兄弟だ。マイロも全く同じことを言っていたぞ」
クラークは笑ってそう言ったが、セドリックは黙って頷いた。

『王国の盾』サラトガ騎士団は自国の民を守るために存在するのであって、決して侵略したり、敵を攻め滅ぼしたりするために存在するのではないのだから。

「だがいつも撃退するとは言え、こちらも無傷では済まないだろう」
「それはもちろんです。戦ですから」

侵攻を食い止めては来たが、それなりにサラトガ軍も痛手は負ってきた。
戦死者戦傷者も少なからずいるし、そのせいで戦災孤児も生まれている。

「それならいっそ、二度と侵略しようなどと考えないよう、たたきのめす必要があると思うのだが?」
「しかし、それでは双方の民にさらに大きな犠牲が出ます」
「もちろん、街や村に侵攻するつもりはない。大軍をもって進み、主要な砦をいくつか落としてやるのだ。今度こそ本気で国を潰しにきたのかと、ヤツらも肝を冷やすだろう」

たしかに、今回も将の首一つくらいで撤退したら、甘く見られてまた数年後に同じことが起きるかもしれない。
ソルベンティアはそれを何度も繰り返しているのだから。

「しかし、私は急ぎ戻るためにノートン軍の本陣を落とし、すでに終結の使者も送っております。一度降伏した者を攻めるのは、将としてあるまじき姿で…」
「誰がノートンを攻めると言った。攻めるのは、ノートンより北のハッベル大公領だ。ハッベルは現ソルベンティア王の実弟がおさめている。そこを落とせば、ヤツらも焦るだろうよ」
「ハッベル大公領を…?」

「ハッベル大公領を落とし、ソルベンティア王都に向けて進軍する。これほど国境を侵すようになったのも、現王になってからだ。敗戦が込めば、国民の気持ちもさらに離れるだろう。そこで我々は、ソルベンティアに国王の首のすげ替えを要求する。これは、宮中会議にて全員一致で可決した。すでに周辺国にも使いを送り、我が王国に味方するとの回答も得ている。ソルベンティアは度々領土拡大を狙って我が国以外にも侵攻しているからな。我が王国軍は大軍を仕立て、すでに王都を出発し、国境に向かっている。帰郷したところ悪いが、サラトガ公爵にも即刻加わってもらうことになる」
「当然でございます。私は『王国の盾』サラトガ公爵家の者ですから」

セドリックはそう言うと力強く頷いた。
正直、度重なる隣国の侵攻には辟易していたのだ。
長く続く平和を手に入れられるならそれに越したことはない。

それに。
「本音を言えば、我が妻拉致にソルベンティア王が関わっているなら、尚更許すことは出来ません」
セドリックはそう言うとクラークに鋭い視線を送った。
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