さげわたし

凛江

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第九章 それぞれの想い

兄として、夫として②

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「そうだなサラトガ公爵。その拉致事件のことだが…」
クラークの言葉に、セドリックは頷いた。
セドリックがアメリアの治療をしている間、近衛とサラトガ騎士団が共に、生け捕りにした賊の取り調べを行っていた。

「やはり、実行犯はロロネー率いる海賊団の一味に間違いないだろう」
『頭』と呼ばれる男はどうあっても口を割らなかったが、下っ端の男たちはすぐに口を開いたらしい。
その結果、賊はロロネーの配下の一部であることが判明した。

しかし、それ以上のことを彼らに聞いても無駄であった。
下っ端たちは、何故自分たちがアメリア拉致に動いているのか、その背後に誰かいるのかなど、全く知らされていなかったのだ。

「しかし私は間違いなく黒幕はソルベンティア王だと確信している」
「ええ。私もそう思います」

「…ところで、セドリック」
クラークの声色が変わり、セドリックは真っ直ぐに国王の顔を見た。
今まで『サラトガ公爵』と呼んでいたのをあえて『セドリック』と名前で呼んだのだ。
ここからは政治の話ではなく、義理の家族としての話をしようということなのだろう。

「今回私が王国軍より先に出発し、ここに立ち寄った理由だが…」
「…覚悟は出来ております」
そう言うとセドリックは僅かに頷いた。

「……そうか」
しばし沈黙が訪れた後、クラークも静かに頷いた。

「ここに立ち寄った理由は、アメリアを王都に連れ帰るつもりだからだ。先にも述べた通り、私はアメリアの様子を『影』に報告させている。その上で、これ以上ここに置くのは危険だと判断した」
「……っ」

セドリックはクラークの言葉を受けて唇を噛んだ。
返す言葉も無い。
当然だ。
セドリックの愚行こそが、今回の拉致事件の原因になったと思われるのだから。
王家から降嫁した王女を冷遇した領主の態度…それこそが、彼女が邸内、領内でまで蔑まれる理由を作ったのだ。

アメリアの真の姿を知るのは離れに従事する僅かな人間のみで、義母をはじめとする本邸では未だ公爵夫人として認められていない。
それが、今回のような公爵邸から夫人が拉致されるという前代未聞の事件にも繋がっている。

そして、領内では未だに敬愛する領主様が下げ渡された『国王の情婦』と蔑まれ、領民は領主夫人の顔さえ知らないのだ。
全ては、あらゆることを放置して後手後手に回ったセドリック自身の罪である。
(だから…、俺に彼女を引き留める権利は無い…)

俯くセドリックをよそに、クラークは話し続ける。
「先程も話したが、今回直接アメリアを拉致したのは海賊団だが、その背後にいるのはソルベンティア王で間違いないだろう」
「…そうでしょうね。国境に侵攻してきたのは、私をおびき寄せるためだったのでしょう」
そう言うとセドリックは僅かに顔を上げた。

「ああ。おまえが領都を留守にして、手薄になったところを狙ったのだろう。拉致した後隙を見て、海に逃げるつもりだったようだ。事実、領都の海域に、正体不明の黒い船団が目撃されている。真実はわからないが、ロロネーは昔滅亡した帝国の末裔を名乗っているそうだ。帝国の復興を目指すロロネーと、領土拡大を目指すソルベンティアが手を組んだというところだろう」

セドリックはクラークの言葉に頷いた。
ロロネーの背後にソルベンティアがいるということはわかっている。
開戦時は領土侵攻と同時期に、海賊に港を襲撃されたのだから。
「しかし、何故そこでアメリアが拉致されたのでしょうか」

戦を優勢に進めるために人質をとることはあるだろう。
しかし、おそらく他国にまで悪い噂が広がっているだろうアメリアに、人質の価値など見出していただろうか。
しかも、『王国の盾』とまで言われているサラトガ公爵が、妻1人救うために交渉に応じると考えたとは、どうしても思えない。

「…そうだな。巷で流布された噂話によると、アメリアは私がいらなくなった情婦で、捨てるようにサラトガ公爵に下げ渡したそうだから、人質の価値など無いだろうな」

皮肉げに口を歪めてそう話すクラークに、セドリックは再び唇を噛んだ。
しかし、そんなセドリックには構わずクラークは続ける。

「ソルベンティア王はかなりの好色家らしい。アメリアの噂を聞き、元はランドル国王の寵姫で、さらに『王国の盾』サラトガ公爵の妻と知って興味を持ったのかもしれない。ロロネーか、またはどこかの領主かは知らないが、アメリアを手土産にするため拉致したとも考えられる」
「…そんな…」

「それとも…、もしかしたら、どこかからアメリアが私の実妹である事実を掴んだのかもしれないな。アメリアに王位継承権は無いが、王のたった1人の妹なのだから、使い道はいくらでもあるだろう。母方のカルヴァン公爵家も元々は王家の血筋であるしな。例えば、アメリアに継承権を持つ誰かの子を産ませるなど、悪いヤツらの考えそうなことだ」

「アメリアに子を産ませるですって⁈」
セドリックはクラークの言葉に眉を吊り上げた。
「今のはただの推論だが、そういう考えを持つ輩がいてもおかしくないという話だ。残念ながら現在我が国で継承権を持つ者は少ないからな」

確かに、クラーク王も先王も1人息子で、ランドル王国の王族は極端に少ない。
現在継承権1位はクラークの長男である王太子、2位は長女である王女だ。
それ以下は、祖父の代で大公となったり臣籍降下した父の従兄や、クラークから見れば再従兄弟に当たる者たちだ。
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