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第九章 それぞれの想い
兄として、夫として③
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「実妹…」
その言葉の重みに、思わずセドリックは呟いた。
それに、そうであることはわかっていたが、こうしてクラークの口から聞くのは初めてだったのだ。
「アメリアが私の実妹であることは、すでに知っていたのだろう?セドリック」
伺うようにそうたずねるクラークに、セドリックは頷いた。
「そうではないかと、報告を受けておりました。やはり、本当に、アメリアは陛下の実の御妹なのですね」
セドリックは噛み締めるようにそう言った。
サラトガ家の影を使って真相に至ってはいたが、はっきりとした確証はなかった。
今国王の言葉によって、ようやく裏付けされたのだ。
「しかし、その事実はせめて結婚する前に教えていただきたかったです…」
「夫となる相手には、アメリア自身の口から伝えるのが正しいと思ったのだ。…いや、これは言い訳だな。私自身が、母の秘密をそなたに話すことを躊躇したのだ。だが、そうか。やはりアメリアはそなたにこの話をしなかったのだな。全ては、私のせいだ」
「…陛下…」
「あの子は、全ての汚名を自分1人で被る気だったのだろう」
クラークはそう言うと辛そうに目を伏せた。
「アメリアが私の実妹だと公表しなかったのは母の醜聞が広がるのを恐れたのもある。だが、アメリアが政治的に利用されるのを恐れた部分もある。万が一アメリアが国王の実妹だと知れれば必ず利用しようとする輩が出てくる。サラトガ公爵家に嫁がせたのは、アメリアを守れると判断したからだ。……、いや、これもまた、私の独り善がりな言い訳だ」
その後クラークが語ったアメリア出生の秘密は、ほとんどセドリックが探り当てた事実と同じだった。
アメリアは現国王の実妹でありながら、両親の、そして兄の名誉を守るために口を閉ざしていたのである。
要するに、アメリアはセドリックを信じることができず、真実を告げることができなかったということであろう。
当然だ。
嫁いだ当初から蔑み冷遇していた夫を、誰が信じることなど出来ようか。
「アメリアがここでどういう扱いを受け、どんな暮らしを送ってきたのかはだいたい耳に入っている。そこにいる、『影』からな」
クラークが視線で指し示した方向に顔を向ければ、シオンと名乗る男が憮然とした表情でこちらを見ていた。
彼は全て見てきたのだろう。
新婚早々花嫁を離れに押し込み、顔を合わせようともしなかった花婿を。
とうとう領民に披露目もせず、領主夫人としての役目も与えず、ただただ放置していた領主を。
成婚後何ヶ月も過ぎてから気まぐれのように妻に馬を与えたり、領都の街に連れ出したりした夫を。
唇を噛み目を逸らしたセドリックに、クラークは話し続ける。
「セドリック…。たしかに私はそれらの報告に胸を痛めた。だが、そなただけを責めようとは思わない。一番愚かだったのは、世間に真相を公表もせず、そなたに真実を伝えず、あの子だけに全てを背負わせた私なのだから」
クラークは顔を歪めながらそう語った。
「陛下…」
「本来なら、そのまま兄妹だと名乗らずに遠くで見守るのがよかったのだろう。でも私は、突然現れた妹が可愛くて可愛くて…、手元に置くことを望んでしまったんだ。その挙げ句に、酷い誤解を生み、そして、醜聞に巻き込まれたまま、アメリアを降嫁させてしまった。私は、母の秘密を墓場まで持って行くつもりだった。母が醜聞に塗れるのを恐れ、あの子の優しさに甘えていたんだ。しかし、妃にこう言われた。死んだ者の名誉を守るために生きている者の幸せを奪うのかと。そして、母もアメリアを犠牲にすることなど望んではおるまいと」
そう言うとクラークは、セドリックを真っ直ぐに見据えた。
セドリックも目線を上げる。
「…セドリック。今更だが、私は国民に真実を公表しようと思う。もしかしたら混乱を起こすために、それこそがアメリア拉致の他国の目的だったかもしれない。それでも、私は国民にアメリアの真実を告げたいと思う。この戦が終わったら告白したいと、母の実家カルヴァン家にも、アメリアの父方にあたるグレイ家にも了承は得ている」
「陛下…」
おそらく国王の告白は、国民に混乱を巻き起こすだろう。
どんなに不義ではなかったのだと言葉を尽くしても、故王太后の名誉は傷つけられる。
いつも穏やかな微笑みをたたえ国母と慕われたその人の名を、地に貶める。
また、それによってクラーク国王の評価も大きく分かれるだろう。
もし本当に拉致事件に関わっている王位継承権を持つ者がいたとしたら、付け入る隙を与えてしまうかもしれない。
それでも、クラークはアメリアの名誉回復を選ぶと言うのだ。
「ありがとう…、ございます」
セドリックはそう言うと深く頭を下げた。
「そなたに礼を言われることではない」
そうクラークは言ったが、それでもセドリックはしばらく頭を下げたままだった。
その言葉の重みに、思わずセドリックは呟いた。
それに、そうであることはわかっていたが、こうしてクラークの口から聞くのは初めてだったのだ。
「アメリアが私の実妹であることは、すでに知っていたのだろう?セドリック」
伺うようにそうたずねるクラークに、セドリックは頷いた。
「そうではないかと、報告を受けておりました。やはり、本当に、アメリアは陛下の実の御妹なのですね」
セドリックは噛み締めるようにそう言った。
サラトガ家の影を使って真相に至ってはいたが、はっきりとした確証はなかった。
今国王の言葉によって、ようやく裏付けされたのだ。
「しかし、その事実はせめて結婚する前に教えていただきたかったです…」
「夫となる相手には、アメリア自身の口から伝えるのが正しいと思ったのだ。…いや、これは言い訳だな。私自身が、母の秘密をそなたに話すことを躊躇したのだ。だが、そうか。やはりアメリアはそなたにこの話をしなかったのだな。全ては、私のせいだ」
「…陛下…」
「あの子は、全ての汚名を自分1人で被る気だったのだろう」
クラークはそう言うと辛そうに目を伏せた。
「アメリアが私の実妹だと公表しなかったのは母の醜聞が広がるのを恐れたのもある。だが、アメリアが政治的に利用されるのを恐れた部分もある。万が一アメリアが国王の実妹だと知れれば必ず利用しようとする輩が出てくる。サラトガ公爵家に嫁がせたのは、アメリアを守れると判断したからだ。……、いや、これもまた、私の独り善がりな言い訳だ」
その後クラークが語ったアメリア出生の秘密は、ほとんどセドリックが探り当てた事実と同じだった。
アメリアは現国王の実妹でありながら、両親の、そして兄の名誉を守るために口を閉ざしていたのである。
要するに、アメリアはセドリックを信じることができず、真実を告げることができなかったということであろう。
当然だ。
嫁いだ当初から蔑み冷遇していた夫を、誰が信じることなど出来ようか。
「アメリアがここでどういう扱いを受け、どんな暮らしを送ってきたのかはだいたい耳に入っている。そこにいる、『影』からな」
クラークが視線で指し示した方向に顔を向ければ、シオンと名乗る男が憮然とした表情でこちらを見ていた。
彼は全て見てきたのだろう。
新婚早々花嫁を離れに押し込み、顔を合わせようともしなかった花婿を。
とうとう領民に披露目もせず、領主夫人としての役目も与えず、ただただ放置していた領主を。
成婚後何ヶ月も過ぎてから気まぐれのように妻に馬を与えたり、領都の街に連れ出したりした夫を。
唇を噛み目を逸らしたセドリックに、クラークは話し続ける。
「セドリック…。たしかに私はそれらの報告に胸を痛めた。だが、そなただけを責めようとは思わない。一番愚かだったのは、世間に真相を公表もせず、そなたに真実を伝えず、あの子だけに全てを背負わせた私なのだから」
クラークは顔を歪めながらそう語った。
「陛下…」
「本来なら、そのまま兄妹だと名乗らずに遠くで見守るのがよかったのだろう。でも私は、突然現れた妹が可愛くて可愛くて…、手元に置くことを望んでしまったんだ。その挙げ句に、酷い誤解を生み、そして、醜聞に巻き込まれたまま、アメリアを降嫁させてしまった。私は、母の秘密を墓場まで持って行くつもりだった。母が醜聞に塗れるのを恐れ、あの子の優しさに甘えていたんだ。しかし、妃にこう言われた。死んだ者の名誉を守るために生きている者の幸せを奪うのかと。そして、母もアメリアを犠牲にすることなど望んではおるまいと」
そう言うとクラークは、セドリックを真っ直ぐに見据えた。
セドリックも目線を上げる。
「…セドリック。今更だが、私は国民に真実を公表しようと思う。もしかしたら混乱を起こすために、それこそがアメリア拉致の他国の目的だったかもしれない。それでも、私は国民にアメリアの真実を告げたいと思う。この戦が終わったら告白したいと、母の実家カルヴァン家にも、アメリアの父方にあたるグレイ家にも了承は得ている」
「陛下…」
おそらく国王の告白は、国民に混乱を巻き起こすだろう。
どんなに不義ではなかったのだと言葉を尽くしても、故王太后の名誉は傷つけられる。
いつも穏やかな微笑みをたたえ国母と慕われたその人の名を、地に貶める。
また、それによってクラーク国王の評価も大きく分かれるだろう。
もし本当に拉致事件に関わっている王位継承権を持つ者がいたとしたら、付け入る隙を与えてしまうかもしれない。
それでも、クラークはアメリアの名誉回復を選ぶと言うのだ。
「ありがとう…、ございます」
セドリックはそう言うと深く頭を下げた。
「そなたに礼を言われることではない」
そうクラークは言ったが、それでもセドリックはしばらく頭を下げたままだった。
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