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08 詰んでますね

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 ……どうするべきか。
 原則、悪夢は問題が解決されない限り不規則で訪れる。酷いときは連日、少なくとも七日に二度は視るはめになる。
 殿下達の様子から、スカーレット嬢と婚約破棄するのはまだ先と見るべきか。昨日の会話で、一筋縄でいかないと言っていた。婚約破棄するにも色々な準備や根回しが必要なのだろう。ならば、事態は短期間で解決しないと考えた方が良さそうだ。
 自然解決に身を任せるのが一番楽で手取り早いが、このように事態が長期化する場合、私の日常生活が死ぬ。比喩でも何でもなく、連日悪夢が続いた際、頭痛やら寝不足やらで体調が悪化するので、まともに生活する事も難しくなる。これが実家なら何とかなるが、今は寮暮らしの身。頻繁に倒れるようならば、学園から実家に帰らされるかもしれない。そうなれば、進級に必要単位が取れず留年。ただでさえ面倒な学園生活をもう一年上乗せだ。学園への募金という名の学費も、予定より一年分多く支払わなければならない。経済的にも非常に苦しくなる。
 それだけは絶対にダメだ。
 だから、私は事態解決のために積極的に動いた方が良い。
 動いた方が身のためだ、とはわかっている。
 ……わかっているが。

「どうしろっていうのよぉ」

 小声で愚痴をもらし、両手で頭を抱える。
 無理だ。王子と美女と美少女の三角関係にどうやって首を突っ込めるというのか。
 殿下に「実はー、昨日殿下とアリス嬢のいちゃいちゃ盗み聞きしてたんですよねー。ごめんなさい」と謝れば良いのか? 普通に考えて色々と疑われるな。下手すればスカーレット嬢のスパイと思われるかもしれない。
 スカーレット嬢に「どうやら、殿下があなたとの婚約を破棄すると目論んでいるようですよ?」と告げ口すれば良いのか? まともに考えれば信用されないな。ああ見えてスカーレット嬢は殿下を慕っているから、そんなこと言ったら最後、取り巻き達にいじめられる学園生活が幕を開ける。
 ではアリスに……彼女には何も言えることがないな。しかも、彼女のことは噂でしか知らない。そんな人物と駆け引きなんて無理だろう。

 ……あれ、もしかして。

「これって、詰んでない?」

 思考が思わず口に出てしまい、慌てて手で抑える。
 周りをゆっくりと見渡し、誰かに聞かれてないか確認する。
 一人でぶつぶつ喋っていたら、怪しく思われても仕方がない。別に評判など今更だが、この予知夢が他人に知られたら面倒なことになるのは確かだ。
 最悪、利用されるかもしれない。自分の身は自分で守らなくては。
 特に問題は無さそうだったため、ホッと胸を下ろした。
 そのときだ。

「何か悩んでいるみたいだね、ミリア嬢」

 正面に、美男子が座っていた。

 腕の良い彫刻師が手掛けたのかと錯覚するほど、黄金比の顔立ち。座っているだけでもわかるスタイルの良さ。
 どこか冷ややかな雰囲気を感じるが、机に肘をつき首を傾げている姿は妙に可愛らしい。
 女の私ですら見惚れてしまうほどの容姿だった。できればもう少し鑑賞していたかったが、金色の髪と、空のような青い瞳に嫌な予感を覚え、無言で席を立つ。

「ちょっと待って」

 すると、美男子は行儀悪く机に乗り出し、私の腕を掴んだ。

「離してください」

 出来るだけ冷たく言い放つ。
 貴方と関わるつもりはありません。そう見下すような態度を取れば、大抵は諦めてどこかに行く。たまに怒鳴られたりするが、聞き流して終わりだ。人目があれば手を上げられることもない。食い下がられても、無視し続ければそのうち諦める。
 いつもそれで成功したのだから、今回も大丈夫だ。
 私の自信満々の処世術を、美男子はあっさりと打ち破った。


「そんな冷たくしないでよ。君だって、のこと何とかしたいと思っているでしょ?」


 身体が強張る。
 顔から血の気が引いていくのが、鏡を見なくてもわかった。

「……どうして、それを」

 威嚇しようとしたのに、唇が震えて情けない声しか出ない。
 心臓がばくばくとうるさい。手のひらに汗が滲んでくる。
 余程情けない顔をしていたのか、美男子は何故か慌てて腕を離した。

「——すまない。脅すつもりはなかったんだ」

 彼は机から降りると、私にハンカチを差し出した。
 そんなの受け取らずに、私はさっさと逃げるべきだ。そう頭では理解しているのに、身体が思うように動いてくれない。
 動けない私に、業を煮やしたのか美男子はハンカチを押し付けてきた。恐る恐る受け取って彼を窺えば、美男子は少し寂しそうな顔をしていた。

「私に……」

 公爵家の紋章が入ったハンカチを握って、やっとの思いで彼の名を口にする。

「私に何のご用ですか……ロイド・ラウ・オーゲスト様」

 美男子——スカーレット嬢の双子の弟は、昼休み終了を告げるチャイムが鳴り終わったあと、微笑んで言った。

「今から少し、付き合ってもらっても良いか?」

 私は頷くことしか出来なかった。
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