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第二章 サソリの毒針

20 おっぱいってやわらかくてあったかい

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 ついさっきまで、美しくきらめく星たちに感動していたというのに。

 いまや夜空は、飛び回る異形の怪物どもで埋め尽くされていた。

 飛竜が吐く炎は強力で、宮殿や城壁は溶岩のように燃え上がりながら溶けていく。


「なんで……法術障壁は……?」


 ミーシアはいまだ目の前の光景が信じられない、といった顔で呟く。

 本来はこういった攻撃に備えたシステムが稼働しているはずだったのだろう。


「その、法術障壁とやらが破られたってことか……?」


 俺が誰に聞くともなく言うと、ヴェルがマゼグロンタワーを指さしていう。


「見て。中腹にドーム状の場所があるでしょ」


 確かに、円錐状のタワーの真ん中、東京タワーの展望台にあたるところに少し膨らんだ場所がある。


「本当はあのドームの中で法術障壁を展開しているはずなの。二十四時間体制で専門の宮廷法術士が障壁で帝都を守っていたのよ。でも、今は明かりもついてない。……やられたわ!」


 ヴェルは床に柄まで刺さった剣を抜き取った。

 鎧と同じく紅に染められた鞘にそれを納める。


「全部……ヘンナマリの手回しに決まってる……。今頃、あの障壁展開ドームは制圧されてるんでしょうね。外からの攻撃には鉄壁を誇る帝国最高の障壁も、内部の裏切りには勝てなかったというわけよ。くそっ! どうする……どうする?」

「私は宮殿に戻ります」


 ミーシアが決然とそう言った。


「いや戻るもなにも、今戻ったら死ぬって!」


 敬語も忘れて俺は叫ぶ。


「あの辺みんな炎に巻かれてんじゃねえか! そりゃ自殺行為だよ!」

「それでも……いえ、それだからこそ、私はあそこへ戻らなければなりません」


 自らの宮殿が燃え上がるのを見つめながら、ミーシアは強い口調でそう言った。


「え、駄目だよ? 死んじゃうよ、逃げようよ!」


 ミーシアがまさか皇帝陛下だとは夢にも思っていないのだろう、妹奴隷シュシュがミーシアの奴隷ローブの袖を引っ張った。


「つまり、今は攻撃を受けているのですね? 私といたしましても、ここは逃げる一手だと思います」


 キッサも周辺の状況の探知を続けながら厳しい表情で言う。


「もはや守備兵は壊滅、敵は飛竜三匹にその他魔獣のゾルンバード二百、魔物のステンベルギが百、外からは……増えてます、南西には二万、南から一万、さらにその南に後詰めで五千。どうしようもないですね」


 俺にはまだ状況がすべては飲み込めていないが、つまりは帝国内部の裏切り者――ヘンナマリが、西を本拠とするという魔王軍を領土内に引き込んで反乱を起こしたということなんだろう。


「駄目よ、ここで私たちが帝都から逃げ出すなんてあり得ないわ」


 ヴェルは怒りで歯噛みしながらキッサを睨む。


「しかし、騎士様?」


 キッサがヴェルに呼びかけた。

 ちょっと小馬鹿にしたニュアンスを含んだ言い方。

 こんな時まで敵愾心は忘れないらしい。

 あー女ってめんどくせえ!


「騎士様、この状況を打開するのはほとんど不可能でしょう? ……特に、そこの……奴隷の方のお命を考えれば」


 キッサは、ローブで顔を隠しているミーシアにちらりと視線をやった。


「ちっ、あんた今透視の法術も使ってるのね」


 ヴェルがいまいましそうに言う。

 そうか、今キッサは能力の発動中だった、おそらくミーシアの正体に気づいているのだろう。

 あの玉座の間で対面してるしな。

 それはともかく、俺もキッサにいうことに賛成だ。

 どう考えても今あの帝城に戻るのは正気の沙汰とは思えない。

 通過する快速電車にダッシュで体当たりかますみたいなもんだ。


「俺もここから脱出するのがいいと思う」

「エージ、あのね、あたしたちには責任と義務があるの。今まだ戦っている衛兵がいるわ。見捨てて逃げるだなんてありえない」

「じゃあヴェル、おまえこの敵を撃退できるのかよ」


 なんか知らない間に呼び捨てしちまった、けどヴェルもさすがに精神状態が普通じゃないのか、そこには頓着せずに反論してくる。


「できるわ、もちろんよ。有象無象が集まったところであたしの法術にかかれば……」

「確かに大暴れはできるでしょうね」


 キッサが皮肉な笑みを浮かべて口を挟んできた。


「直接戦闘したことがありますから、騎士様のお力は存じ上げております。大いに暴れて百人や二百人は殺せるかもしれませんね。もしかしたら飛竜も一人で一匹くらいはしとめるかも。でも、そこまでです。騎士様一人ではこの戦局をひっくり返すところまではいかないでしょう」

「それでも!」


 ヴェルは叫ぶ。


「それでもいいわ、今帝都が裏切り者の手におちようとしてるのよ、この戦いに参加せずしてなにが騎士だっていうの!? 戦死は武人の誉れ、せめてヘンナマリとリューシアの首をとってから……」

「そこまではやれないでしょう、その前にあなたとーー」


 そしてキッサは奴隷姿の女帝を指さす。


「そこの奴隷様が首と耳を切られ、ヘンナマリ? とやらの寝室にあなた方の耳が額縁に入れられて飾られるまでです。ま、そんなのは私には関係ありません。エージ様と妹をつれて逃げますよ。私の能力があれば敵の薄いところを探せるでしょう。ね、エージ様」


 いきなり、キッサが俺に抱きついてきた。

 っていうか、胸が、推定Iカップの巨乳がむにゅうとおれの腕に当たる。

 あふぅん。

 えー。

 女の子のおっぱいってこんなにも……。

 柔らかくてあったかいのか……。

 初めての感触……。

 キッサのサラサラの白い髪の毛が俺の頬をくすぐる。

 女の子の匂いだー。

 あーくそ、こんなときに俺はなにを考えてるんだ、そしてキッサはなにを考えてるんだ。


「この攻撃で宮廷法術士は死んだでしょう。私たちの首輪の術式を解くのは不可能になりました。拘束術式をかけたものそれぞれのパスワードが必要ですからね。ね、だからエージ様、これから一生一緒です。私はエージ様が生き延びるためなら何でもします。あなたが死ぬと私はともかく妹も死にますからね」


 そして、キッサが俺の耳元で、こっそりと囁いてきた。


「こいつらを見捨てて、私たちだけでもヘンナマリとやらに投降しましょう。エージ様は男性、貴重な存在ですから殺されません」


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