トップの力 ジョンソン・エンド・ジョンソンで学んだ経営の極意

人生を賭ける甲斐のある会社とは

理念の力にはどういう効果があるか。具体的に言えば次の5つとなる。
①求心力
②社員の誇り
③業績力
④求人力
⑤ステークフルダーの信頼力

①の「求心力」とは、みんなの心をひとつに束ねる力である。組織の全員が理念に共感し、理念を共有することでベクトルがひとつになる。その結果、全員の力がトップの示した方向性に向かって一元化するのだ。一人ひとりの力は小さくても、全員の力をひとつに結集すれば大きな力となる。山から落ちる水滴でも、まとまって大きな流れとなれば巨大な岩でも押し流す。理念には水滴をまとめる求心力があるのだ。

共感できるよい理念は、②の「社員の誇り」である。よい理念を持っている会社は、社員にとって働き甲斐のある会社だ。そういう会社に勤めていると、毎日目が覚めるのが楽しみになる。社員の誇り、働き甲斐、やり甲斐、生き甲斐は会社の理念の力によって育まれる。

しかし、理念で③の「業績力」が上がるというのは意外に知られていない。アメリカのシンクタンクが過去数10年にわたって、理念のある会社と理念のない会社の業績を調べた。その結果、短期では理念のある会社と理念のない会社に業績で確たる差は見当たらない。しかし、10年、20年と長期間にわたって業績を比較すると、はっきりと差が表れる。理念のある会社は、理念のない会社に比べ4倍も業績が高いのである。私がかつて日本法人の社長を務めたジョンソン・エンド・ジョンソンは、グローバルベースで過去60年以上にわたって増収を続け、50年以上増益を続けている。

このジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社には、世界的に有名な理念「我が信条」がある。

理念が持つ④の「求人力」についても、私がジョンソン・エンド・ジョンソンの社長時代のエビデンスがある。中途採用に応募してきた有望な人は、ほとんど例外なく「御社の理念に共感しこの会社で働きたい」とやってきていた。

よい理念には、よい人財を引き寄せる力があるのだ。さらによい理念には、ステークホルダー(利害関係者)から信頼を得るという面でも力を発揮する。これが理念の効果の⑤である「ステークフルダーの信頼力」だ。人が人を信頼するというのは、その人が持つスキルや実績だけのことではない。その人が真に信頼に足る人かどうかである。つまり仕事の力だけでなく、人間力が必要なのだ。会社がステークホルダー(顧客、社員、取引先、社会、株主等)から信頼されるというのも同様である。会社が大きい、有名であるというだけでは、十分な信頼は得られない。その会社を本当に信頼するかどうかは、会社の魂である「理念」と「理念に基づいた行動」次第なのである。

何のために会社はあるのか、何をもって社会に貢献するのか、会社の理想の姿、守るべき道をわかりやすく語った理念があって、会社はステークホルダーからの信頼を勝ち得ることができるのである。

生きた理念の条件

理念の力とは何か、理念の持つ効果とは何かについてここまで述べてきた。では、「よい理念」とはどんな条件を備えているのだろうか。最後に理念の条件について確認しておこう。

理念の条件とは次の5つである。
①明確でわかりやすいこと
②全社員に徹底されていること
③仕事の道具(Working Tool)になっていること
④ときどき点検し、必要に応じて改訂していること
⑤トップがコミットしていること

以上が「生きた理念」の条件である。生きた理念に条件があるということは、その反対に「死んだ理念」もあるということだろうか。

その通り、理念には生きた理念と干物になった理念がある。干物の理念とは存在はしているものの、社員は誰も知らない、知っていても意味がわからない、意味がわかっていても何ら実態に反映していないという理念である。こうした理念を別の言葉で言えば、悪い意味での「お題目」である。干物の理念はどれだけ立派でも、それを理念とは言わない。

生きた理念の条件である①の「明確でわかりやすいこと」の意義は、読む人にとってわかりやすいという効果がある。だが、それだけではない。理念を明確にすることによって、やるべきこととやってはいけないことの間で迷いがなくなる。覚悟が決まると言ってもよい。

また、②の「全社員に徹底されていること」の意味は、言うまでもないだろう。社員が十分に理解していない理念では、社員の心に響かないし、社員に誇りを持たせることもない。それではせっかくの理念が宝の持ち腐れとなってしまう。トップやリーダーは、ことあるごとに理念について語る習慣を持つべきである。

理念を組織の中で呼吸させるには、日常的に理念に触れていることが大事だ。そのためには理念が③の「仕事の道具(Working Tool)になっていること」が肝心である。理念を仕事の道具にするとは、日常業務で判断に迷うとき、顧客と交渉するとき、あるいは部下を叱るときに、何のためにという原点を理念に求め判断し行動するということである。私は会議には、常に会社の理念をポケットに入れて出席していた。判断に迷うときには必ず理念に還っていたのである。 

世の中のすべての物事には不易流行(ふえきりゅうこう)がある。不易流行とは俳聖松尾芭蕉の言葉で、変わらぬ原理原則がなければ基本が成り立たない、一方、変化に対応しないと時代に取り残されてしまう、という意味である。世の中は変化し続けている。変わらぬものはない。唯一変わらぬことといえば、それは世の中が変わり続けるということだけだ。したがって、理念といえども変わるべきは変えなければいけない。

そのために、④の「ときどき点検し、必要に応じて改訂していること」が必要なのだ。ジョンソン・エンド・ジョンソンの「我が信条」も、20年以上前までは「家族に対する責任」という条文はなかった。時代の変化に応じて条文をつけ加えたのである。しかし、全体を貫く理念に変化はない。「我が信条」は昔も今も第一が顧客に対する責任であり、第二が社員に対する責任、第三が社会に対する責任、そして最後が株主に対する責任である。それがジョンソン・エンド・ジョンソンという会社の魂なのだ。

最後に⑤の「トップがコミットしていること」とは、トップ自身が理念の体現者でなくてはならないということである。

以上が「生きた理念」の条件だ。さて、「会社に魂を!」という私の叫びは、あなたの心に届き響いただろうか。

次回に続く

 

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プロフィール

新 将命
新 将命

株式会社国際ビジネスブレイン代表取締役社長。
1936年東京生まれ。早稲田大学卒。シェル石油、日本コカ・コーラ、ジョンソン・エンド・ジョンソン、フィリップスなどグローバル・エクセレント・カンパニー6社で社長職を3社、副社長職を1社経験。2003年から2011年7月まで住友商事株式会社のアドバイザリー・ボード・メンバー。2014年7月より株式会社ティーガイアの社外勤取締役を務める。
現在は長年の豊富な経験と実績をベースに、国内外で「リーダー人材育成」を使命に取り組んでいる、まさに「伝説の外資系トップ」と称される日本のビジネスリーダー。
代表的な著書に『他人力のリーダーシップ論』『仕事と人生を劇的に変える100の言葉』『経営者が絶対に「するべきこと」「してはいけないこと』(いずれもアルファポリス)などがある。

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