Z世代社員はなぜ「炎上のリスク」を織り込まないのか? この答えは単純で、リスクを学習する機会が世代間で断絶しているからだ。「常識で考えれば分かるだろう」と発想するのは、炎上リスクを見てきた経験豊富な大人だからできることだ。かつてバイトテロに一定の抑止力があったのは、X(旧Twitter)という公共の広場で実行者が徹底的に糾弾され、その末路がアーカイブとして可視化されていたからだ。「デジタルタトゥー」の恐怖は、当時のユーザーに強力なリスク学習を提供していた。同じことをすれば大事になると学べば、模倣は減る。
だがそもそもXアカウントを持っていないZ世代も多い。彼らの主戦場はBeReal、Instagramの「親しい友達」機能、Discordといった、よりクローズドで心理的安全性の高い空間だ。そこでの投稿は身内のノリとして消費され、外部へ流出する想像力が育たない。スクリーンショットされてXへ放流されるという情報の越境を、リアリティとして学習していないのだ。
過去の炎上を知識としても経験としても持たないまま、社会人になる。炎上して初めてその恐ろしさに気づく設計になっており、事前学習の機会が構造的に存在しない。視野が狭いのではない。観測できるデータそのものが、プラットフォームの世代間移行によって歪められており、正しいリスク評価が原理的に不可能な情報環境に置かれているということだ。
それは炎上後の彼らの反応にも現れている。「身内でふざけていただけなのに外野が入ってくるな」と反発する若者もいる。彼らが真に過ちに気づくのは学校や職場に苦情が寄せられ、教師や上司から直接指導された時だ。
正直、彼らのモラルに訴えても無意味だ。期待値計算の土台そのものが歪んでいる相手に、コンプライアンス研修は届かない。歪んだ計算式を変えるには、コスト構造そのものを変えるしかない。要は「ミスったら自分に返ってくる」という痛みを見せることだ。
具体策は二段構えになる。まず、懲戒処分の事例を匿名化した上で定期的に社内共有し、「炎上は他人事」という誤った学習データを強制的に上書きする。加えて、投稿による損害賠償請求を就業規則に明記し、期待値計算に実害コストを組み込む。これだけで足りない業種、たとえば金融機関のように機密性の要求水準が高い現場では、物理統制まで踏み込む必要がある。機密エリアでのカメラレンズへのシール貼付、MDMによる私用アプリの封鎖といった、テクノロジー以前の物理的手法での抑止だ。
ただし、この統制にはコストがある。そこが難しいところだ。過度な監視体制は「息苦しい職場」という評判リスクを招き、人材の流動性が高い業界ほど優秀層の応募を減らす副作用を生む。したがって物理統制の強度は、機密性要求の高さと採用競争力の間のトレードオフとして業種ごとに設計すべきであり、一律に厳格化すればいいという話ではない。人間は間違えるという前提に立ち、行動そのものを不可能にする設計に切り替える方が、この世代には合理的に機能する。
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