「経験は積んできた。会議でも発言できる。場の空気も読める。責任も役割も果たしているし、大体のことはわかる。毎日ちゃんと働いている――でもなぜかずっとしんどい」
「腹が立つはずのことに、何も感じなくなる。うれしいはずの評価にも、反応が薄くなる。休日に休んでも、回復した感じがしない。新しいことを考える余白もなくなる」――
このしんどさは、気のせいでも、年齢のせいでも、根性のせいでもない。本連載では、作業療法士としてのべ5万人の「働く人」と向き合ってきた著者が、「なぜかずっとしんどい」の正体に一つずつ名前をつけ、毎日の中で自分を取り戻していける小さな手がかりを提示する。答えは自分の中ではなく、働き方と身体の繋がり方の中にある。
みなさんの職場にも、あの人とはどうも会話がかみ合わない、と感じるタイプの人がいるのではないでしょうか。
職場などで「話が通じない」と感じる場面が、私にもあります。
会議の中で、ある提案をしたときのことです。
こちらとしては、相手を否定するつもりはありませんでした。
もっと良くするには、ここを少し見直した方がいい。
ただ、それを伝えたつもりでした。
でも、相手の表情が少し変わった。
その瞬間、空気が固くなりました。
こちらは改善の話をしている。
相手は批判されたように受け取っている。
同じ言葉を使っているのに、見ている景色が違う。
別に、けんかをしたわけではありません。
怒鳴ったわけでもない。
相手が悪い人だったわけでもない。
それでも、話し終わったあとに、妙な疲れが残りました。
「あれ、何がずれたんだろう」
後から考えると、すれ違っていたのは言葉だけではなかったのだと思います。
改善とは何か。
責任とは何か。
批判と提案の境目はどこか。
その前提が、少しずつ違っていた。
「話が通じない」と感じるとき、本当にすれ違っているのは、言葉なのでしょうか。
それとも、その奥にある「正解」なのでしょうか。
今回は、会話のあとに自分が削られるような疲れの正体を考えてみます。
「話が通じない」と感じるとき、私たちはまず言葉を疑います。
説明が足りなかったのか。
言い方が悪かったのか。
相手が聞いていなかったのか。
自分が感情的になりすぎたのか。
もちろん、それもあります。
でも、言葉は届いているのに、なぜか噛み合わないことがあります。
たとえば、「責任を持つ」という言葉。
ある人にとっては、最後まで自分でやり遂げること。
別の人にとっては、早めに共有して、周りと一緒に扱うこと。
どちらも「責任を持つ」です。
でも、中身はかなり違う。
「無理をしない」もそうです。
ある人にとっては、体を守るための判断。
別の人にとっては、もう少し踏ん張れる場面。
言葉は同じ。
でも、その言葉に乗せている「正解」が違う。
これが見えないまま話していると、会話は少しずつずれていきます。
こちらは「共有した方が責任を果たせる」と思っている。
相手は「最後まで自分で持つのが責任だ」と思っている。
こちらは「休むことも仕事のうち」と思っている。
相手は「休む前に、まだできることがある」と思っている。
どちらかが必ず悪い、という話ではありません。
ただ、前提が違うから、通じていないのです。