「話が通じない」と感じるとき、人は正しさで戦いたくなります。
こっちの方が合理的だ。
普通はこうする。
それは間違っている。
なぜ、わかってくれないのか。
もちろん、正しいことは大事です。
間違っていることを、何でも受け入れる必要はありません。
ただ、正しさをそのままぶつけると、会話は固くなります。
相手も守りに入る。
こちらも引けなくなる。
気づけば、話し合いではなく、正解の押し合いになる。
だいたい疲れます。
しかも、勝ってもあまり気持ちよくない。
会話に勝利判定が出ても、人間関係にはあまり使えません。
だから、少しだけ見る場所を変えてみる。
この人は、何を守ろうとしているのか。
何を不安に感じているのか。
何を大事にしているのか。
そして、自分は何を守ろうとしているのか。
話が通じないとき、まず見るのは、相手の間違いだけではありません。
すれ違っている「前提」です。
この会話で、自分は何に違和感を持ったのか。
相手は、何を大事にして話していたのか。
自分は、どこまで理解できて、どこからは合わせなくていいのか。
その問いを持つだけで、会話の疲れ方は少し変わります。
話が通じない相手を、無理にわからせなくていい。
そして、相手の正解を、そのまま自分の正解にしなくてもいい。
言葉の奥にある前提が見えたとき、その会話は、自分が削られる時間ではなく、自分の輪郭を確かめる時間に変わるはずです。