「もの忘れがひどくなってきた」――そう気になりだすと、認知症の始まりではないかと心配になるものです。
しかし若いときでも、重要な事柄を忘れてしまったことは誰しもあるでしょう。また何度憶えようとしてもうっかり記憶から抜けて落ちてしまった経験も、一度や二度ではないはずです。
病気の前触れなのか、それとも心配しすぎなのか。なかなか判断がつきにくいものですが、もの忘れが目立ってきたとき、どう考えればいいのでしょうか。
一度本を読んだだけで憶えてしまう人もいれば、何度読んでも記憶できない人もいます。記憶というものはそのように個人差があるのですが、いずれにしても、脳において非常に重要な仕組みであることは言うまでもありません。
受験などでは、記憶力がいいほうが有利だと思うでしょう。しかし、いくら記憶力がよくても、日常生活のすべてを記憶していけば、さすがに普段使っている脳の記憶容量を超えてしまい、何も記憶できなくなってしまいます。
また、つらい記憶がいつまでも鮮明であれば、それはかえってストレスになるでしょう。
つまり記憶は、「忘れることも重要な仕組み」というわけです。だから、脳の中では常に記憶すべき内容の取捨選択が行われています。そこに、記憶の「原則」があります。以下の4つです。
1)感情を動かされたことは、すぐに記憶できます。映画を観て感動すれば、その映画のことは忘れることはありません。そこには記憶する努力はいりません。
2)興味のないことは、記憶しにくいのです。いまやっている勉強や仕事が「面白い」と思えれば、簡単に記憶できます。逆に、「やりたくない」「面倒だな」と思っていると、何度やっても憶えられません。好きなことなら簡単に憶えてしまう一方で、関心のないことがちっとも頭に入っていかないのはこういうわけです。
3)意味のないことは、記憶できません。数字の羅列では8桁くらいが限界です。それ以上は語呂合わせでないと、数字は記憶できません。ただこれには個人差があり、12桁でも一瞬で憶えることができる人がいます。これが脳の個性(才能)とも言えます。
4)繰り返しやった動作は記憶できます。これはスポーツをやるときに必要になります。ゴルフのスイングを記憶するには、ひたすら打つ練習をするしかありません。繰り返すことで動作が忘れない記憶になっていきます。
このような記憶の原則があり、普段無意識のうちに、憶えたり、忘れたりしていくのです。
記憶の原則からすれば、もの忘れが多くなってきたとしても、興味のないことが増えただけにすぎない、とも考えられるでしょう。なので、何かをすぐに忘れてしまったり、人の名前が出てこなかったりしても、すぐに病気ということではありません。
とはいえ、やはり心配になるほどもの忘れの頻度が多くなったと感じるのならば、どう考えるのがよいでしょうか。
1)年齢的な変化
脳は年齢とともに衰えていきます。新しいことを憶えるにも時間がかかってきます。いまさっきのことを忘れてしまうという程度では年齢的なものと考えますが、実はこれが年齢的なものか、病気の始まりなのかは、結局、経過を見ていかないとわからないのです。
2)認知症と正常の間
軽度のもの忘れ――つまり、何度も同じことを訊いたり、いまさっきのことを忘れてしまうという症状が続くけれども、日常生活には支障がないということであれば、正常と認知症の間の、軽度認知障害ということになります。
軽度認知障害は何年経過しても、あまり変化のない人のほうが多く、歳をとって記憶力が悪くなったという程度です。年間、軽度認知症の1割前後の人が認知症に移行していく一方で、逆に正常に戻る割合が4割前後もあるのが特徴です。実際に私の外来に来ている患者さんでも、軽度認知症と診断して、10年経過していますが全く変化のない人もいます。