1本の電話で赤飯2100食を廃棄、いわき市教育委員会が見せた「風評対策」15年間の歪み…“事なかれ主義”で被害を受ける子どもたち #知り続ける

2026.03.25 Wedge ONLINE

 この構造的な歪みは、日常的な窓口機能にも将来にわたり深刻な影響を及ぼしかねない。

 行政への申し立ての窓口は、本来、現場で気づいた問題を届けるための貴重なインフラだ。中には、真に対応が必要な切実で正当な指摘が届くこともある。それが迅速に対応されるためには、経路が機能していなければならない。

 ところがいわき市では、2年前に発生したいじめの重大事態が公表まで2年を要していたことも明らかになっている。「本当に重要な問題」が届きにくく、「些細な不満」が即座に組織を動かす――これは深刻な逆転であり、「暴力から目を背け続けた」点で共通する。

 時に毅然と断ることは、声を封じることではない。むしろ、本当に必要な声が届く経路を守ることだ。どんな申し入れにも即座に動く組織は、一件ごとに担当者を消耗させ、やがて本当に重要な声が届いても判断する余力を失う。今回の廃棄決定を「配慮ある対応」と呼ぶことは、その経路を少しずつ壊していくことに加担するに等しい。

 最後に一点、立ち止まって問い直さなければならないことがある。今回の廃棄が事実上「承認」してしまった前提そのものだ。

発災の日を「呪われた日」にしてはいけない

 「3月11日に赤飯は不適切である」という前提を無批判に受け入れることは、被災地の人々に対して、非常に残酷な「呪い」をかけることと同じである。その論理を突き詰めれば、3月11日に生まれた子が誕生日を祝ってはならない、結婚式を挙げてはならない、卒業を喜んではならないことに連鎖していく。

 では、24年1月1日に最大震度7を記録した能登半島地震の被災者は、二度と正月を祝ってはならないのか。1月1日に「あけましておめでとう」と言い合うことは不謹慎なのか。そんなことを誰が言えるのか。

 災害はその日付を「呪われた日」に変えるものではない。グリーフケア(悲嘆支援)の分野でも喪失後の「喜びの禁止」は回復を阻害するとされている。

 筆者は東日本大震災の被災者の一人として、たとえば避難所では漫画などの娯楽が被災者の心を癒し繋ぎ止めたことも知っている。悲しみと喜びは共存できる。それどころか共存させることが、生きる力を回復させるレジリエンスとして必要不可欠である。

 「呪い」が誰に向けられているかも考えるべきだ。今回の件で、卒業式の主役は赤飯を食べるはずだった2100人の中学生である。卒業生は、まさに15年前の災害のあった年度に生まれた子ども達が多い。

 小学校の卒業式では新型コロナ禍の影響を受け、中学校の卒業祝いの赤飯を廃棄された子どもたちに、いわき市は何を示したのか。赤飯を廃棄させたのは、目の前の1件の申し入れだけではない。それを可能にした15年間の「逃げ癖」「事なかれ主義」的な構造と、その問題を問わず温存させてしまった大人達にも少なからぬ責任がある。