2025年には住友ファーマが国内プロモーション提携を締結し、販売体制が強化された。これにより、専門医だけでなく地域医療機関への浸透も進んでいる。
「GLP-1系薬剤は、これまでの肥満治療の概念を変えました。患者が無理な食事制限を続けなくても、医学的に体重管理が可能になる。肥満治療は今、まったく新しいステージに入っています」(三好氏)
そのウゴービに対抗する存在が、米イーライリリーのゼップバウンドである。この薬はGLP-1だけでなく、GIPという別のホルモンにも作用する新しいタイプの治療薬だ。臨床試験では、体重減少率が20%近くに達するケースも報告され、米国では急速に普及した。
日本では2024年に製造販売承認を取得。2025年以降、田辺三菱製薬が流通・販売を担い、日本イーライリリーと共同で情報提供活動を行っている。
製薬業界では、ウゴービとゼップバウンドの「2強体制」が日本市場を形成していくとみられている。
「肥満治療薬は今後、糖尿病治療薬に匹敵する巨大市場になる可能性があります。特に米国では保険適用の拡大が進んでおり、日本でも医療制度の議論が進めば市場規模は大きく膨らむでしょう」(同)
しかし、肥満治療市場をさらに大きく変える可能性があるのが、経口薬(飲み薬)の登場だ。現在、中外製薬が創製しイーライリリーが開発を進めているオルホルグリプロンが、米国で申請段階に入っている。従来のGLP-1系薬剤の多くは皮下注射であり、患者にとっては心理的なハードルが存在していた。
もしこれが1日1回の錠剤で服用できるようになれば、治療のハードルは大きく下がる。
「注射から経口薬への移行は、医療市場を一気に拡大させる典型的なパターンです。患者数が桁違いに増える可能性があります。肥満治療でも同様の現象が起きるでしょう」(同)
さらに注目されるのは、この技術の源流が日本企業にあることだ。中外製薬の研究成果が世界市場をリードする形となれば、日本の製薬産業にとっても大きな意味を持つ。
肥満治療薬の普及は、製薬業界だけに影響を与えるわけではない。むしろ、真のインパクトは周辺ビジネスにあるといわれている。
代表的な領域は次の3つだ。
1 精密モニタリング市場
薬によって体重は減るが、筋肉量の低下が問題になるケースもある。そのため、体組成を詳細に測定する機器やウェアラブルデバイスの需要が高まる可能性がある。
2 機能性食品市場
肥満治療薬を使用する患者には、高タンパク・低カロリー食品など栄養管理の需要が生まれる。食品メーカーにとっては新しい市場となる。
3 デジタルヘルス
薬物治療と生活習慣改善を組み合わせるため、治療用アプリ(DTx)の開発も進んでいる。医師の処方と連動して患者の行動変容を支援する仕組みだ。
こうした領域を含めた肥満関連市場は、前述の通り4000億ドル規模に拡大するとみられている。
肥満治療の普及は、日本の社会保障にも影響を与える可能性がある。肥満は多くの生活習慣病の原因であり、これらの疾病は医療費増大の大きな要因となっている。
もし肥満治療薬によって糖尿病や心血管疾患の発症を減らすことができれば、長期的には医療費抑制につながる可能性がある。
「肥満は多くの慢性疾患の出発点です。早期に体重を改善できれば、将来的な医療費を大きく削減できる可能性があります。医療政策としても重要なテーマになるでしょう」(同)
もちろん課題もある。薬価や保険適用、適正使用のルールなど、制度設計はまだ発展途上だ。しかし、肥満治療薬の登場が医療と経済の双方に影響を与えることは間違いない。
肥満に対する社会の見方は、いま大きく変わろうとしている。
かつては「自己管理の問題」とされてきた体重管理が、科学的治療の対象として再定義され始めたのだ。
この変化は医療だけでなく、食品、テクノロジー、保険、フィットネスなど多くの産業を巻き込む可能性がある。
肥満治療薬をめぐる競争は、まだ始まったばかりだ。しかし確実に言えるのは、2026年以降、肥満症は「個人の努力」ではなく「社会が向き合う医療課題」になるということである。そしてその変化は、日本のヘルスケア産業にとって新たな巨大成長市場の幕開けを意味している。
(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=三好泰一/医療アナリスト)