注目すべきは、物語コーポレーションが2025年6月期に「値上げ幅を抑えながら既存店売上高を前期比4.2%増」に伸ばした点だ。日経新聞の報道によれば、焼き肉部門では集客力のある販促キャンペーンを組み合わせつつ、単純な値上げではなく「価値の再提示」によって客数と客単価の双方を維持した。
外食産業コンサルタントの杉田誠氏はこう語る。
「値上げとは単に値段を変えることではない。それは『この価格に見合う体験をどう再定義するか』という価値設計の問題だ。焼肉きんぐはコース価格の変更に際して、常に名物メニューの追加や接客体験の向上をセットで行っており、顧客が価格上昇よりも価値向上を先に認識するよう設計されている」
物語コーポレーションのオペレーションを解剖すると、DX(デジタルトランスフォーメーション)への投資が極めて戦略的であることがわかる。
同社は「焼肉きんぐ」において特急レーンによる自動配膳や、タッチパネルによる注文システム、さらには自動案内システムの開発を進めている。「ゆず庵」では配膳ロボットの複数台運用も始まっている。これらは「お皿を運ぶ」「注文を取る」といった作業的な業務を機械に代替させることで、人件費を最適化するものだ。
しかしここで重要なのは、浮いた人員リソースを「削減」ではなく「再配置」している点だ。焼肉きんぐの名物サービスである「焼肉ポリス」——スタッフが積極的に客席を巡回し、網の交換タイミングを教えたり、肉の美味しい焼き方を実演したりする接客——は、まさにその再配置の産物である。機械化によって生まれた余白が、人間にしかできない「情緒的価値の提供」に充てられている。
「多くの企業がDXを導入した結果、サービスを冷却させて顧客を失うという皮肉な失敗をしている」とサービスイノベーションの研究者は指摘する。
「正しいDXとは、機械が得意な業務を機械に渡し、人間が得意な共感・判断・演出の仕事を人間に集中させることだ。物語コーポレーションの事例はその好例といえる」
物語コーポレーションの出店戦略に目を向けると、もうひとつの強みが見えてくる。同社は中部地方を地盤とし、「郊外ロードサイド型の大型店」に特化した出店を一貫して進めてきた。
都市部の駅前立地は家賃が高く、インバウンド需要やオフィス需要といった外部変数の影響を受けやすい。2020年のコロナ禍で都市部の飲食店が壊滅的な打撃を受けたのに対し、郊外型ファミリーレストランは相対的に底堅かった。焼肉きんぐは、その安定した「生活密着型需要」の上に立っている。
さらに同社は「焼肉きんぐ」「丸源ラーメン」「ゆず庵」といった複数ブランドによるドミナント戦略を展開している。同一商圏に複数ブランドを集中出店することで、地域での認知度が高まり、採用・配送・管理のコスト効率も改善される。2025年6月期時点で全国810店舗(国内直営499店、FC252店)を運営しており、規模の論理よりも「地域での存在感」を優先した展開が奏功している。
2030年6月期には連結売上高2200億円(2025年6月期比約1.8倍)を目指す中期計画も発表済みで、国内外での積極的な出店姿勢を維持している。業績トレンドが示す成長軌道は、単なる市場拡大ではなく、競合環境が厳しさを増す中での構造的優位性の積み上げによるものといえる。
焼肉店の倒産が過去最多を更新し続ける市場環境は、外食業界だけの話ではない。製造業でも小売業でも、原材料費・エネルギーコスト・人件費の同時上昇という「トリプルコスト高」は業種を問わず企業を直撃している。