タッチすら不要でバスに乗車…JCBとりそなが実用化へ、Suicaの牙城は崩れるか

 決済速度という点では、Suica(FeliCa)はもともと非接触リーダーとの認識距離が最大85mmとされ、海外規格のType-A/B(最大40mm)より広く、タッチ動作の負担を減らす工夫が凝らされてきた。UWB方式はこの発想をさらに進め、「かざす」動作そのものを不要にする狙いがあると言える。高齢者が多い地方部において、「カバンから財布やスマホを取り出す」という所作自体が負担になっているケースは少なくなく、持っているだけで完結する仕組みは、デジタル機器の操作に不慣れな層にも配慮したユニバーサルデザインとしての側面を持つ。

なぜ「JCB」と「りそな」なのか

 この提携の背景には、両社それぞれの事業戦略が透けて見える。

 日本の交通系タッチ決済市場では、国際ブランドの中でもVisaが先行して普及を進めてきた経緯がある。日本発の国際ブランドであるJCBにとって、次のフェーズとされる「手ぶら決済」を主導する立場を早期に確立することは、決済インフラの主導権を巡る競争において重要な意味を持つ。JCBは2024年1月から「タッチしないタッチ決済」の検討を進め、同年5月にはUWBを活用した「近づいてチェック」プロジェクトを始動するなど、店舗決済分野でも段階的に布石を打ってきた。移動という日常的な接点でカードが使われれば、そのカードが利用者にとっての「メインカード」として日々の買い物にも波及する効果が期待できる。

 一方のりそなHDは、関西みらい銀行やみなと銀行などを傘下に持ち、地方都市や中小企業、自治体との関係が深い金融グループだ。地方交通が交通系ICカードを維持できなくなりつつある今、その受け皿として決済・金融データの基盤を提供できれば、地域の生活インフラとしての存在感を強められる。りそな自身も、地域の商店街や自治体を巻き込んだ地域経済圏のデジタル化に、金融データや顧客基盤、アプリのUI/UX知見を活かせる立場にある。実際、りそなとJCBはステーブルコイン決済の実証実験(2026年2〜3月)でも協業するなど、次世代決済領域での連携を広げている。

 金融アナリストの川﨑一幸氏は次のように分析する。

「地方の交通事業者にとって、機器更新のたびに数億円単位の投資判断を迫られる状況は限界に近づいています。UWBによる手ぶら決済が実用段階に達すれば、専用車載器への大規模投資を避けつつ、利用者の利便性を落とさない選択肢が広がる可能性があります。ただし現段階はあくまで実証実験の段階であり、通信の安定性や不正利用対策、料金の誤課金防止など、実用化に向けて検証すべき課題は多く残っています」

「速度」から「軽さ」へ、交通決済の重心が動く

 かつての日本の交通DXは、首都圏の過酷なラッシュ時間帯をさばくための「処理速度」を追求する形で発展してきた。Suicaが体現してきたのは、まさにその極致だったと言える。

 しかし人口減少が進む地方において求められているのは、維持費の軽さと、誰にとっても使いやすいアクセスの容易さだ。クレジットカードのタッチ決済がその第一段階だとすれば、JCBとりそなが取り組む手ぶら決済は、専用車載器への投資自体を最小限に抑えつつ、利用者の負担も減らす次の選択肢になり得る。

 ただし、これはあくまで今秋から始まる実証実験の段階であり、2028年度以降とされる実用化までにはまだ時間がある。通信の混雑時の精度、なりすまし対策、料金誤徴収時の対応など、実用化に向けて検証すべき論点は多い。過度な期待は禁物だが、地方交通が直面する「更新費用の壁」に対し、選択肢の一つが増えたことは確かだ。今後の実証実験の結果が、地方交通インフラの将来像を占う一つの指標になるだろう。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部、協力=川﨑一幸/金融アナリスト)