●この記事のポイント
NTTドコモの「ahamo」は月額2,970円を据え置いたまま、2024年10月に20GBから30GBへ、2026年8月には30GBから40GBへとデータ容量を増量した。値上げが相次ぐ市場で異彩を放つ「実質値下げ」戦略の狙いと、povo・LINEMOや格安SIM各社への波及効果を分析する。
食品や日用品、外食の値札を見るたびに、内容量の変化に目を凝らす消費者が増えている。帝国データバンクの調査によれば、2026年1〜4月だけで判明した食品の値上げは3,593品目に上り、このペースが続けば年間で1万5,000品目前後に達する見通しだという。価格を据え置いたまま内容量を減らす、いわゆる「シュリンクフレーション」が話題になったのは2022〜23年ごろで、当時は値上げ全体の3割超を占めていたが、2025年発表分では1割前後まで比率は下がっている。それでも、数年にわたる値上げの積み重ねが消費者の財布感覚に染み付いており、「また値上げか」という警戒感は根強い。
そうした空気のなかで、対照的な動きを見せているのがNTTドコモのオンライン専用プラン「ahamo」である。月額2,970円(税込)という料金を一切変えないまま、2024年10月に月間データ容量を20GBから30GBへ拡大し、2026年8月からは「データ増量おためしキャンペーン」として、既存・新規を問わず全ユーザーの容量を30GBから40GBへ引き上げた。後者はキャンペーンという建て付けで終了時期を明示していないため、事実上の恒久化に近い運用とも受け取れる。さらに、月額1,980円の追加で80GB分を上乗せできる「ahamo大盛り」と組み合わせれば、計算上は月120GBまで利用できることになる。値上げでも値下げでもない「価格据え置き×中身増量」というレバーを、ドコモは短期間で二度引いたことになる。
一見すると単なる販促キャンペーンにも映るが、2024年と2026年という2つの時点で同じ型の施策を打っている点は見過ごせない。一度きりの値下げ合戦ではなく、条件が揃えば繰り返し発動できる「型」として運用されているとすれば、それ自体がひとつの経営判断として検証する価値を持つ。
●目次
(1)アンカリング効果による心理的ハードルの固定化
「2,970円」という数字を一切動かさないことは、行動経済学でいう「アンカリング効果」を最大限に活用した設計といえる。既存ユーザーにとって支払額が変わらないため離脱の動機が生まれにくく、新規検討層にとっても価格比較の基準点がぶれない。結果として、値引き合戦につきものの価格抵抗感を抑えたまま、実質的な提供価値だけを引き上げられる。
(2)「得した感」による解約率の抑制
ドコモの前田義晃社長は2024年の容量拡大発表時、年率約2割のペースでユーザーのデータ利用量が増加しており、特にahamoで容量不足による解約が目立っていたと説明している。単純な値引きは「当然の権利」として消費者に消費されやすいのに対し、「同じ金額で使える枠が増えた」という体験は満足度に残りやすい。値上げ疲れが蓋積した市場において、この「得した感」は競合への乗り換えを抑止する強力な引き留め策として機能している。
(3)通信インフラの構造を生かした低限界費用型プライシング
基地局や周波数帯といった設備投資は固定費の性格が強く、既存インフラの余力の範囲でユーザー1人あたりのデータ上限を引き上げる場合、追加でかかるコストは他業種の増量施策と比べて相対的に低いとされる。もちろんゼロではない。ヘビーユーザーの利用が集中すればネットワーク増強投資は避けられず、キャンペーンという建て付けで運用しているのも、需要動向を見ながら条件を調整できる余地を残すためだと推測できる。それでも、原材料そのものを1個ずつ調達し直す必要がある食品業界などと比べれば、「上限を緩める」という施策のコスト構造は根本的に異なる。これがドコモにとって容量拡大という手段を選びやすくしている一因と考えられる。