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第三話 突然の告白
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屋根の下で十分ほど待つと、雨も小降りになってきた。これぐらいなら、帰れるだろう。ハンカチをポケットに入れて、本殿に手を合わせて「ありがとうございます」とお礼を言う。
マルも上機嫌で歩いてくれた。
神社から大通りに出ると、行きかう人も多くなる。急な雨で傘を持っていない人も少なくない。花火大会の帰りの人も多く、浴衣姿の人ともすれ違う。
「もー、最悪!」
「花火、しょぼー」
聞き覚えのある声だ。振り返ると、コンビニから出てきた詩帆と中田だった。
相変わらず派手なメイクで派手な露出度の高い服を着ている。雪花ほどじゃないが、二人も少し濡れていた。詩帆と雪花は一瞬目が合うと、自然と顔を伏せる。
「あ、冬野ぼっちじゃん」
しかし、中田の方が雪花に声をかけてきた。初っ端から好感度の低い物言いに雪花は眉をひそめる。
「なに? あんた、ぼっちだから犬連れて花火見に行ってたの? 笑えるんですけどー。しかも、びしょ濡れじゃん!」
近づいてくる中田に、心底面倒だと雪花は思う。
「……会場には行ってない」
だからといって、このまま無視しても後々面倒が起きそうな気がした。最低限の受け答えはしなければならないだろう。
「この辺のどっかから見えるってこと? あ、詩帆」
詩帆は雪花に背を向けて、歩き出していた。
「ぼっちの相手している暇ないし。早く帰りたい」
詩帆の言葉に、雪花はギュッと心臓を締め付けられる。
中三のときは、友人同士だった雪花と詩帆。でも雪花は詩帆に酷い仕打ちをした。
あのとき、許されなくても謝るべきだった。でも、雪花は謝れなかった。
だからという訳ではないが、みんな詩帆の味方だった。詩帆は決して雪花に近づかなくなり、多くの男たちをとっかえひっかえ付き合うようになった。
――もしも、あのとき私が謝っていることが出来たなら。もしも、今の私がもう少しだけでも素直なら、今年も詩帆と一緒に花火が見られただろうか――
考えても仕方ないことだが、考えてしまう。
「待ってよ、詩帆」
中田が詩帆の背中を追いかける。
そのときだ。
ヒュー……
花火が上がる笛の音だ。誰もがそう思っただろう。自然と顔が上がる。
雪花も、詩帆も、中田も。同じように空を見上げていた。しかし、そこで見たものは花火とは言い難いものだ。
中央から外に広がっていくわけではなく、逆再生させたように、青白い光が八方から中央に集まってきた。雪の結晶のような模様が夜空に浮かぶ。
でも、それは一瞬のことで、次の瞬間にはキンッと金属がぶつかるような音を立てて崩れるように散っていった。一番に詩帆が声を上げる。
「なに、今の?」
「新種の花火?」
雪花は中田が言うことには同意しかねた。火花と言うには硬質なレーザーの光のようだった。何より、外から内側に収縮するように光るわけがない。
「もしかしたらプロジェクションマッピングとかかも」
夜空に映し出すとは聞いたことがないけれど、その可能性が一番高い気がする。
「どうでもいい。行こ」
詩帆は興味なさそうに言って歩き出した。雪花はその背中を見つめる。詩帆の姿が完全に見えなくなるとマルに「帰ろうか」と話しかけた。
雪花がずぶ濡れで家に帰ると、当然居間でくつろいでいた母親と父親に驚かれた。
「雨が降っていたの。気づかなかったわ」
「マル。こっちにおいで。雪花は風呂だ」
マルはドライヤーで乾かされ、雪花はすぐに風呂場に向かう。脱衣場で濡れた服を脱いでいると、デニムのポケットから例の水色のハンカチが出てきた。
「どうしよう、これ」
渡してくれたのは同じ学校の男子生徒。それだけしか情報がない。
顔も見なかったので、学校で会っても分からないだろう。どうやって返せばいいか分からない上に、明後日からは夏休みに入ってしまう。
とにかく洗濯をした方がいいだろうと、ネットに入れて洗濯機の中に放り込んだ。
次の日は前の日にゲリラ豪雨が降ったとは思えないほど、カラリとした晴模様だった。外で蝉がけたたましく鳴いている。
体育館では冷房もない中、熱中症で倒れない程度にと手短に終業式が行われていた。
それでも、校長の話は長い。夏休みの始まりを待ちわびている生徒たちには、特に長く感じた。
「皆さん。夏休みだからと言って羽目を外しすぎず、勉学にも励み――」
よくある注意事項を頭のはげた校長は淡々と繰り返している。
クラスの列に並ぶ雪花には気になることがあった。前の方に並んでいるはずの詩帆が休んでいるのだ。中田は普通に出てきているが、雨に降られたせいで風邪でも引いたのだろうかと雪花は気をもんでいた。
「また、海では――」
気になることがもう一つ。
雪花はポケットの中のハンカチに触れる。夜の内に洗濯、乾燥させていた。
いつ会っても渡せるように、朝からずっと持ち歩いている。詩帆のように休んでいなければ、全校生徒が集まるこの終業式のどこかにいるはずだ。
「では、くれぐれも羽目を外さないように」
後ろ姿だけでも、分からないかと首を巡らせる。
すると、隣の列の男子生徒と目が合った。前髪をゴムでまとめて、おでこを出している。
彼は雪花に笑顔を投げかけた。その笑顔はなんだか軽薄で、制服も着崩しているからチャラく見える。陽キャというやつに見えた。
すぐに雪花は視線をそらした。絶対にハンカチを貸してくれた男子ではない。
「それでは終業式を終了します。各自、教室に戻ってください」
教頭の合図でバラバラと生徒たちは移動を始める。そんな中でも雪花はどこかに彼がいないかと探していた。
「冬野さん。冬野雪花さん」
名前を呼ばれて雪花は振り返る。そこには先ほど目が合った男子生徒が立っていた。何が面白いのか、目を細めて笑っている。
雪花にはますます軽薄に見えた。
「……何ですか」
隣のクラスだから同じ年のはずだが、雪花はわざと敬語で尋ねる。教室に帰る生徒たちが立ち止まっている二人を邪魔そうに避けていった。
「もう、これから夏休みじゃないですか」
「そうですね。それじゃ」
「あ! 待って!」
背を向ける雪花だが、その腕をチャラい男子生徒が掴んだ。
大きな手で雪花の細い二の腕など一つかみだった。
「……なに」
雪花は眉根をよせて、男子生徒を睨みつける。何かが起きていると感じた周りの生徒たちも足を止めた。
彼は一瞬目をさ迷わせるが、すぐに雪花を真っ直ぐ見てニッカリ笑う。
「夏休みだから、俺と付き合いませんか?」
雪花が声を出すよりも、周りの生徒たちが息を飲んだ。
終業式の会場から突如告白現場に変わった体育館。聞こえていた者たちは固唾を飲んで見守っていた。雪花の言葉を待っているのだ。
「ダメ?」
ダメかどうか聞かれても、そもそも雪花は彼が誰か知らない。
どういう性格かも、どんな個性があるのかも、名前すらも。
だけど、はじめてされた告白に脈動だけがドクドクととめどなく身体を巡っている。
「えっ! 告白!?」
「きゃー! 冬野さん告白されたって!」
誰かが誰かに耳打ちしたのか、二人はさらに注目を集めはじめた。見渡せば、いつの間にか体育館中の注目を集めている。
固まって赤くなっていた雪花の顔が、さらに真っ赤に染まった。
雪花は注目されるのが苦手だ。それを知ってか知らずか、こんな目立つことをするような男子が自分と合うはずがない。雪花は腕を掴んでいた手を振り払った。
「絶対ダメ!」
そのまま、逃げるように出口の方へと走り去る雪花。
体育館には落胆の声が響いていた。
マルも上機嫌で歩いてくれた。
神社から大通りに出ると、行きかう人も多くなる。急な雨で傘を持っていない人も少なくない。花火大会の帰りの人も多く、浴衣姿の人ともすれ違う。
「もー、最悪!」
「花火、しょぼー」
聞き覚えのある声だ。振り返ると、コンビニから出てきた詩帆と中田だった。
相変わらず派手なメイクで派手な露出度の高い服を着ている。雪花ほどじゃないが、二人も少し濡れていた。詩帆と雪花は一瞬目が合うと、自然と顔を伏せる。
「あ、冬野ぼっちじゃん」
しかし、中田の方が雪花に声をかけてきた。初っ端から好感度の低い物言いに雪花は眉をひそめる。
「なに? あんた、ぼっちだから犬連れて花火見に行ってたの? 笑えるんですけどー。しかも、びしょ濡れじゃん!」
近づいてくる中田に、心底面倒だと雪花は思う。
「……会場には行ってない」
だからといって、このまま無視しても後々面倒が起きそうな気がした。最低限の受け答えはしなければならないだろう。
「この辺のどっかから見えるってこと? あ、詩帆」
詩帆は雪花に背を向けて、歩き出していた。
「ぼっちの相手している暇ないし。早く帰りたい」
詩帆の言葉に、雪花はギュッと心臓を締め付けられる。
中三のときは、友人同士だった雪花と詩帆。でも雪花は詩帆に酷い仕打ちをした。
あのとき、許されなくても謝るべきだった。でも、雪花は謝れなかった。
だからという訳ではないが、みんな詩帆の味方だった。詩帆は決して雪花に近づかなくなり、多くの男たちをとっかえひっかえ付き合うようになった。
――もしも、あのとき私が謝っていることが出来たなら。もしも、今の私がもう少しだけでも素直なら、今年も詩帆と一緒に花火が見られただろうか――
考えても仕方ないことだが、考えてしまう。
「待ってよ、詩帆」
中田が詩帆の背中を追いかける。
そのときだ。
ヒュー……
花火が上がる笛の音だ。誰もがそう思っただろう。自然と顔が上がる。
雪花も、詩帆も、中田も。同じように空を見上げていた。しかし、そこで見たものは花火とは言い難いものだ。
中央から外に広がっていくわけではなく、逆再生させたように、青白い光が八方から中央に集まってきた。雪の結晶のような模様が夜空に浮かぶ。
でも、それは一瞬のことで、次の瞬間にはキンッと金属がぶつかるような音を立てて崩れるように散っていった。一番に詩帆が声を上げる。
「なに、今の?」
「新種の花火?」
雪花は中田が言うことには同意しかねた。火花と言うには硬質なレーザーの光のようだった。何より、外から内側に収縮するように光るわけがない。
「もしかしたらプロジェクションマッピングとかかも」
夜空に映し出すとは聞いたことがないけれど、その可能性が一番高い気がする。
「どうでもいい。行こ」
詩帆は興味なさそうに言って歩き出した。雪花はその背中を見つめる。詩帆の姿が完全に見えなくなるとマルに「帰ろうか」と話しかけた。
雪花がずぶ濡れで家に帰ると、当然居間でくつろいでいた母親と父親に驚かれた。
「雨が降っていたの。気づかなかったわ」
「マル。こっちにおいで。雪花は風呂だ」
マルはドライヤーで乾かされ、雪花はすぐに風呂場に向かう。脱衣場で濡れた服を脱いでいると、デニムのポケットから例の水色のハンカチが出てきた。
「どうしよう、これ」
渡してくれたのは同じ学校の男子生徒。それだけしか情報がない。
顔も見なかったので、学校で会っても分からないだろう。どうやって返せばいいか分からない上に、明後日からは夏休みに入ってしまう。
とにかく洗濯をした方がいいだろうと、ネットに入れて洗濯機の中に放り込んだ。
次の日は前の日にゲリラ豪雨が降ったとは思えないほど、カラリとした晴模様だった。外で蝉がけたたましく鳴いている。
体育館では冷房もない中、熱中症で倒れない程度にと手短に終業式が行われていた。
それでも、校長の話は長い。夏休みの始まりを待ちわびている生徒たちには、特に長く感じた。
「皆さん。夏休みだからと言って羽目を外しすぎず、勉学にも励み――」
よくある注意事項を頭のはげた校長は淡々と繰り返している。
クラスの列に並ぶ雪花には気になることがあった。前の方に並んでいるはずの詩帆が休んでいるのだ。中田は普通に出てきているが、雨に降られたせいで風邪でも引いたのだろうかと雪花は気をもんでいた。
「また、海では――」
気になることがもう一つ。
雪花はポケットの中のハンカチに触れる。夜の内に洗濯、乾燥させていた。
いつ会っても渡せるように、朝からずっと持ち歩いている。詩帆のように休んでいなければ、全校生徒が集まるこの終業式のどこかにいるはずだ。
「では、くれぐれも羽目を外さないように」
後ろ姿だけでも、分からないかと首を巡らせる。
すると、隣の列の男子生徒と目が合った。前髪をゴムでまとめて、おでこを出している。
彼は雪花に笑顔を投げかけた。その笑顔はなんだか軽薄で、制服も着崩しているからチャラく見える。陽キャというやつに見えた。
すぐに雪花は視線をそらした。絶対にハンカチを貸してくれた男子ではない。
「それでは終業式を終了します。各自、教室に戻ってください」
教頭の合図でバラバラと生徒たちは移動を始める。そんな中でも雪花はどこかに彼がいないかと探していた。
「冬野さん。冬野雪花さん」
名前を呼ばれて雪花は振り返る。そこには先ほど目が合った男子生徒が立っていた。何が面白いのか、目を細めて笑っている。
雪花にはますます軽薄に見えた。
「……何ですか」
隣のクラスだから同じ年のはずだが、雪花はわざと敬語で尋ねる。教室に帰る生徒たちが立ち止まっている二人を邪魔そうに避けていった。
「もう、これから夏休みじゃないですか」
「そうですね。それじゃ」
「あ! 待って!」
背を向ける雪花だが、その腕をチャラい男子生徒が掴んだ。
大きな手で雪花の細い二の腕など一つかみだった。
「……なに」
雪花は眉根をよせて、男子生徒を睨みつける。何かが起きていると感じた周りの生徒たちも足を止めた。
彼は一瞬目をさ迷わせるが、すぐに雪花を真っ直ぐ見てニッカリ笑う。
「夏休みだから、俺と付き合いませんか?」
雪花が声を出すよりも、周りの生徒たちが息を飲んだ。
終業式の会場から突如告白現場に変わった体育館。聞こえていた者たちは固唾を飲んで見守っていた。雪花の言葉を待っているのだ。
「ダメ?」
ダメかどうか聞かれても、そもそも雪花は彼が誰か知らない。
どういう性格かも、どんな個性があるのかも、名前すらも。
だけど、はじめてされた告白に脈動だけがドクドクととめどなく身体を巡っている。
「えっ! 告白!?」
「きゃー! 冬野さん告白されたって!」
誰かが誰かに耳打ちしたのか、二人はさらに注目を集めはじめた。見渡せば、いつの間にか体育館中の注目を集めている。
固まって赤くなっていた雪花の顔が、さらに真っ赤に染まった。
雪花は注目されるのが苦手だ。それを知ってか知らずか、こんな目立つことをするような男子が自分と合うはずがない。雪花は腕を掴んでいた手を振り払った。
「絶対ダメ!」
そのまま、逃げるように出口の方へと走り去る雪花。
体育館には落胆の声が響いていた。
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