もう夫に虐げられたくないので、裁縫で身を立てることにしました
「エレミア。お前がアデルス家へ嫁がなければ、我がヴァルハイト伯爵家は破産する」
薄暗い執務室で、父である伯爵が震える手で差し出したのは、重々しい婚姻協定書だった。
そこに捺されていたのは、王都屈指の財力を誇る平民の大店『アデルス商会』の赤黒い蝋印だ。
名門ヴァルハイト伯爵家は、悪質な詐欺と事業の失敗が重なり、三万八千ルブラという巨額の債務を抱えて破滅の淵に立っていた。今月中に借金を返済できなければ、先祖代々の土地も家名も差し押さえられる。
そこに手を差し伸べたのが、平民でありながら金で王都の物流を牛耳るアデルス商会だった。
彼らが求めた条件はただ一つ。
——「長女エレミアを、アデルス商会の跡取りであるユーゴの正妻として差し出すこと」。
——「そして結婚後、伯爵家の血統をもって、平民であるアデルス家に貴族の爵位が授与されるよう全面的に協力すること」。
金はあるが身分がない平民のユーゴ・アデルスと、身分はあるが金がないヴァルハイト伯爵家。
対等な婚姻などではなく、完全な「身売り」だった。
「……お父様。私が嫁ぐことで家が救われるのでしたら、喜んで参ります」
しかしそれは地獄の入り口だった。
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