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第55話 街デート 2/3

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 大通りには様々なお店が立ち並んでいた。

 野菜や果物、肉、魚、穀物、パン、その他香辛料などの食料品を扱うお店。グラスなどのガラス製品を扱うお店に、食器やカトラリーを扱うお店。花屋さん、時計屋さん、家具屋さん、宝飾屋さん、服屋さんに、雑貨を売っているお店に、ちょっとしたカフェ、などなど。

 それらをゆっくり見て回りながら、アレク様と手を繋いで歩く。

「うーん……、何がいいかしら。アレクは何か希望がある?」

「私は、やはり身につけられるものがいいかな」

「じゃあ、腕輪か、ネックレス、指輪あたりかしら? 男性もつけられそうなシンプルなものがいいわね」

「それなら良い店を知っている。行ってみようか」

「ええ!」

 そう言ってアレク様に案内されたのは、入り口に百合が飾られた落ち着きのある宝飾店だった。
 店内には、カジュアルに付けられそうなシンプルな物から、貴族でも付けられそうなすこし大ぶりな物まで、とにかく色とりどりのアクセサリーが飾ってあり、見ているだけでも心が華やいだ。

「いらっしゃいませ」

 ザッと二人で見ていると、奥から品の良さそうなマダムが出てきて、声をかけてきた。

「やあ、マダム・リリアーヌ」

「……?? ……まぁ! もしかして、ガル…「しー!」

 アレク様の親しげな態度に、最初少しだけ怪訝な顔をしたマダムだったが、すぐに彼の正体に気付いたようだった。名前を呼ぼうとするもアレク様に止められて、その後、小声で何かを言われると、私へ視線を移し笑顔で大きく頷いた。

「マリー、こちらがマダム・リリアーヌ。マダム・ローズの妹さんでね。以前舞踏会につけて行ったグレーダイヤのネックレスや、式でつける予定の物もここに頼んでいる筈だよ」

「まぁ! そうだったんですね! いつも素敵なお品をありがとうございます!!」

「ふふふ、いえいえ。様のお屋敷からのオーダーですから、精一杯務めさせていただいているだけですわ。……それにしても、姉から話は伺っておりましたが、本当にお可愛らしいお嬢さんですわね。たしかにアレク様がぞっこんになられるのもうなずけます」

 マダムはそう言うと、ニコニコとしながらアレク様を見た。

(あのグレーダイヤのネックレスも、今度の式でつける予定のアクセサリー類も。ドレスに合うようマダム・ローズのお店を経由して頼んでいた筈よね? 直接マダム・リリアーヌと話す機会はあまりなかったと思うのだけど……)

 それにしては親しそうな雰囲気だなと少し不思議に思いつつも。彼は高位の貴族であり、自分用の宝飾品ももちろん持っているのだから、それらをオーダーする際に親しくなったのだろうなと思い至った。

「マダム、今日は何かペアで付けられそうな物を探しにきたんだ。オススメがあるかな?」

「ペアという事は、アレク様もおつけになられるのですよね? でしたら、……こちらのようなデザインは如何いかがでしょう?」

 そう言ってマダムが案内してくれた棚には、シンプルなデザインの指輪が並んでいた。

「指輪……」

「……もしかして、指輪は嫌?」

 私が思わず呟くと、不安げな顔でアレク様がこちらを見た。

「いいえ! 嬉しいです! で、でも、指輪だと仕事の邪魔になりませんか?」

「いいや、全然。大丈夫だよ」

「本当に? 良かった! 実は憧れていたんです! お揃いの指輪をつけるの!」

「よし、それなら指輪で決まりだな。デザインはどうしようか? こういうのが良いっていう希望がある?」

 アレク様がそう言って棚を指差す。

「うーん、特には……。私は指輪というだけで十分ですので、デザインはマダムか、アレクにお願いしたいのだけど。いいかしら?」

「もちろん」

 私がお願いをすると、どことなくホッとした様子でアレク様が頷いた。

「じゃあ、マダム、……えっと、アームの部分はプラチナで、少し装飾用の模様を彫ってもらおうかな。石は埋め込むタイプのデザインでお願いしたい」

 アレク様がまるで最初から決めていたかのようにスラスラと希望のデザインを伝え、マダムがそれを紙におこしていく。

「石はグレーダイヤと……、それと、ブラウンカラーでオススメの石が何かあるかい?」

 次にアレクがそう尋ねると、マダムがじっと私を見つめた後にニッコリと笑い「ございます」と答えた。

「では、石はマダムに任せるよ。彼女のほうにグレーダイヤを、私のほうにそのブラウンカラーの石を使ってほしい」

「かしこまりました。では、サイズは控えてありますから、品物は出来上がり次第お屋敷にお届け、ということでよろしいでしょうか?」

「ああ。頼んだよ。……あ、申し訳ないが、少し急ぎで作ってもらえると助かるんだが」

「ふふ。……もちろん、心得ております」

 そんな二人のやり取りを見て、私は少しポカンとしてしまった。

「……すごい。アレクって指輪のデザインもできるのね。あんなにスラスラと……」

「っ!! あっ、あー、えっと、まぁね。……マリー、今更だけど、こんな感じで良かったかな?」

 どこか慌てた様子で見せてくれたデザイン画。そこには、シンプルだが可愛く、それぞれにお互いの瞳の色の石がめ込まれた指輪が描かれていた。

(これ、"お母さん"がしてた結婚指輪に似てる……)

 オルレアンには婚約指輪や、結婚指輪といったものはない。
 夫婦やカップルでお揃いの物を身につける事はよくあるが、それはネックレスやブレスレット、ブローチなどでもよく、指輪に限られていないのだ。

 だから、アレク様が指輪でも良いと言ってくれた時は本当に嬉しかった。

「……嬉しいです。本当に。届くのが楽しみだわ」

 私はそう言って、もう一度よくデザイン画を眺めたのだった。



 *



 マダム・リリアーヌのお店を出た後。
 私たちは、最初に話をしていた通り、サラたちに教えてもらったカフェへと行くことにした。

 大通りから脇道へと入ったところにあったそれは、コーヒー色の外壁と、ブルーの窓枠と扉が印象的なお店だった。

 オススメされるだけあって人気があるのだろう、店内を覗くと、多くの女性客や、カップルと思われる人たちで溢れていて。これは時間がかかるかなと一瞬覚悟したのだが、タイミングが良かったらしく、私たちは然程さほど待つことなく席へと案内された。

「これは、悩みますわね……」

 向かい合ってテーブルにつき、メニューを開く。そこには、様々なスイーツの名前と、紅茶、コーヒーなどの飲み物の名前が載っていて。どれにしようかと悩んでいると、可愛らしい女性の店員さんが近づいてきた。

「お決まりになりましたか?」

「ああ、私はこのチョコレートケーキを頼むよ。あとはコーヒー」

 店員さんの問いに対し、パパッと答えてしまうアレク様。

「えっ、アレク、決めるの早いっ。あの、ごめんなさい。ちょっと待ってね」

「……どれで悩んでる?」

 その決断力の速さに慌てていれば、アレク様がずいっと身を乗り出し聞いてきた。

「えっと、ベリーソースのシフォンか、キャラメルとナッツのタルトか、……うーん、ああ、フルーツタルトもあるぅ……」

「全部頼んだらダメなの?」

「全部って! 食べきれないわ!」

「私が食べる」

「え? でも、甘いもの苦手なんじゃないの? ……今だって、ビター系のケーキにコーヒーって言ったし」

「いや? そんなことはないよ。ケーキは男性にオススメって書いてあったからなだけだし、紅茶飲むならマリーが淹れてくれたやつが良いなって思っただけ」

「……そうなの?」

「そうなの。だから食べられない分は私が食べるから、マリーが食べたいやつ全部頼もう」

「まぁ! ふふふっ! えっとじゃあ、このベリーソースのシフォンケーキと、キャラメルナッツのタルト、フルーツタルトに、私もコーヒーをお願いします」

「かしこまりました。……ふふっ。彼女さん愛されてますね」

「え?」

「羨ましいです。……えっと、では、お持ちしますのでしばらくお待ち下さいませ」

 店員さんはニコリと笑ってそう言った後、一礼して店の奥へと行ってしまった。

「……彼女さん愛されてますねって、言われちゃった……」

 知らない人から不意に言われて少し驚いたが、言葉の意味を理解すればするほど、じわじわと気恥ずかしさが襲ってくる。

「愛してるからね。……まぁ、『彼女さん』じゃなくて、『奥さん』って言ってほしかったけど」

 そう言って微笑むアレク様が、本当に楽しそうで。
 その顔を見たら急になんだかあちらこちらがむず痒くなって、堪らずに顔を両手で覆えば、アレク様の手が私の耳をスリスリと撫ぜた。



 *



「ふぅ! 美味しかった!」

 ケーキとコーヒーを堪能した後お店を出れば、自然と言葉が出た。

「ああ。でも、さすがに続けて食べると口の中が甘いな」

「ふふっ。ごめんなさい。でもとっても助かったわ。ありがとう」

 そう話しながら手を繋ぎ、マルシェに向けて歩き出す。
 すると、不意に握った手を持ち上げられて手の甲にキスをされた。

「いいよ。……マリーとのキスのほうが甘いしね」

「……ッ……!!」

(え、ちょ、ちょっと待って。さっきもだったけど、今日のアレク様は一体全体どうしたというの?! 雰囲気が甘すぎやしないかしら??!)

 カフェでだってそうだった。
 私がケーキを二口程食べたところで「私にもちょうだい」と言われ、フォークを渡そうかと思えば「あーん」と言われたのだ。
 一瞬訳が分からずにポカンとしてしまったのだが、目元を染めながら「……はやく」と言われればあらがえるわけもなく。

 ……してしまった。
 お店で。周りに人がいる中で。『あーん』を、……してしまったのである。

 しかも、心なしか周りからチラチラ見られている気がして。(あーもーバカップルですみませんー!!)とパニクりつつも心の中で周りに謝っていれば、今度はフォークに乗ったチョコレートケーキが目の前に差し出されたのだ。
 恐る恐る目線を上げると、それはそれは楽しそうに目元を染めてフワリと微笑むアレク様と目が合って、「これも美味しいよ?」と言われれば、「自分で食べられます」なんて言えなかった。

(……今日が終わるまで心臓が保つかしら……?)

 そう思いながら、鼻歌すら歌い出しそうな雰囲気で隣を歩くアレク様を見上げる。すると、すぐに気付かれて、「ん?」と言われて。

(……保たないかも……)

 私はキュウゥとなる胸に手を当てつつ、そう思うのだった。
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