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第二章:新旧パーティーのクエスト
7、再会と再びの別れ
しおりを挟む俺とミユが睨み合うような形で緊迫した空気が流れる。その空気をぶち壊したのは兄貴だった。
「おいおい、誰が誰に似てるだって? 俺と? ザクスが? んなわけねーだろ! なんで俺様がこんなミソッカスやろうと似てるんだ、ミユお前目が腐ってんじゃないのか!?」
そう言って大声で笑う。ピリと空気が張り詰めるのは、ミユが発する気配のせいか。ミユがマジで怒ってる。それが分からないのか?
だが兄貴は「俺は勇者だぞ!」と笑い続ける。
「俺は選ばれし者なんだ! 美しい美貌に最強の能力、誰もが俺を勇者と崇め羨望の眼差しを向ける。そんな俺とザクスが似てるだって? ありえねえ! 俺らは兄弟だが、凡人の弟とは違うんだよ!」
笑い続ける兄貴は醜かった。かつては見目麗しく、どこぞのお姫さんから結婚の申し出があったほどなのに。その時はまだ今ほど歪んでなかったので、世界のために勇者をやめるわけにはいかないとか断ってたけど。
そうだ、あの時の兄貴はまだイケメンだった。今の兄貴は……ちょっと見るに堪えないかな。
「そういう意味じゃないわよ。ばっかじゃないの?」
いつもの口調がなりをひそめ、まるで別人のようなミユの呟きは、けれど兄貴には届かない。冷たい目も、内なる怒りの炎も、けして兄貴は気付かない。
そこにいるのはもう勇者たる兄貴じゃあない。あれは、あの存在は──
「さっきから好き勝手言ってくれてるなあ」
その時だった、ミユとは別に怒りをまとったやつがディルドを睨みながら、絞り出すような声で発言する。
「なんだあ、お前は?」
兄貴が顔を歪めて睨む先には、ライドが立っている。
「よせライド、相手にするな」
「でもよザクス、こいつらお前のことを馬鹿にして……」
ライドが言い終わらぬうちに、兄貴が鼻で笑う。
「馬鹿をバカにしてるだけだろうが! ザクスはなあ、ひ弱で役立たずで、雑用しか意味のない存在だったんだよ! ずっと目障りだった、ガキの頃からずっと……だから追い出したんだ、なにが悪い!?」
「全部悪いにきまってんだろ! お前兄貴だろうが!」
「だからなんだ! 弟は兄の命令に従ってればいいんだよ!」
「てめえ……」
ギリと唇をかみ、拳を握りしめるライド。その唇は強く噛み過ぎて血が滲んでいる。
それを見てまた兄貴が笑う。
「はは、なんだお前、その弱虫とパーティー組んでるのか? よせよせ、そいつは本当に役立たずでお荷物だぞ? 戦闘になるとチョロチョロ逃げ回ることしか能のない……」
「るせえ! ザクスの凄さを何も知らねえで、勝手なこと言ってんな! こいつは一人で隕石をぶち壊したんだぞ!?」
「よせライド!」
まさかそこまで言うと思ってなかった俺は慌てる。口止めしておけばよかったと後悔しても飛び出した言葉はもう戻らない。これは完全に俺の落ち度だ。
「なんだと?」
案の定、兄貴達が反応する。ピクリと眉を上げる兄貴、目を見開くセハ、あんぐり口を開けるモンジー。そして、未だ目を細めてうっすら笑いを浮かべるミユ。
「ザクスが隕石を、だと? その隕石ってのは、ひょっとして俺らが別れたあの街の近くで消えたやつか?」
「そうだ!」
俺の制止など意味をなさず、兄貴の問いにライドは大きく頷いた。俺は顔を押さえて天を仰ぎ見ることしかできない。
「なに言ってんだお前は。たしかに隕石は破壊されたらしいが、ザクスなんぞに出来るわけないだろうが。お前盗賊だろ、つくならもう少しマシな嘘をつけよな」
「俺は嘘言ってねえ!」
ライドは食い下がるが、兄貴は完全に嘘だと判じたらしい。小バカにした笑みを浮かべる。
「誰が隕石壊したか分からないのをいいことに、都合よい嘘をベラベラとまあ……。いいか、仮にザクスが隕石を壊したとしよう」
「そうだと言ってんだろ!」
「話を聞けよ、猿が。隕石壊せるようなやつがなんでお荷物になるんだよ。俺らとタメはるかそれ以上に強いはずだろうが」
「それはお前らがザクスの本質を見抜いてなかったんだろ」
「んなわけあるか。俺はずっとあいつを見てきたんだぞ。お前が言うように、確かに俺は兄だ。あいつが生まれた時から見てきた」
「ちゃんと見てなかったんじゃねえか」
「お前になにが分かる。あいつはなあ、幼い頃から気にくわなくて……」
そこで兄貴が急に黙り込む。何かを考え込むように、思い出そうとするように、顎を掴んでどこかを見るように真剣な顔をして黙ってしまった。
「なんだよ?」
訝し気なライドの問いにも答えない。
ややあって、「なんでもねえよ」とだけ言った。
「ま、どうでもいいさ、ザクスのことなんざ。早くどっかいけよ、俺らは水浴びしてえんだ」
シッシと手で追い払う仕草にライドが睨むが、無言で背を向けた。相手するだけ無駄だとようやく理解したか。
その後にルルティエラが続こうとするが、その手を掴んだ者がいる。兄貴だ。
「なにを……」
怪訝な顔をするルルティエラに、兄貴は
「おいおい、あんたもザクスと一緒にいるのかあ?」
と下卑た笑みを向けた。その顔に、ルルティエラの手を握るという行為に、俺の心の中がザワリとなる。
「見たところ、お前僧侶だろ? もったいねえ、こんなやつと一緒にいてもその能力、宝の持ち腐れだぜ? どうだ、俺のパーティーに入らないか? 勇者パーティーに入れるなんて、これほど光栄なことはないだろ?」
よせ、やめろ、その手を離せ。
ずっと一緒にいるかまだ分からないと思った。いつか別れがくるかもしれないと覚悟した。
それでも一緒に旅をしたいと思った。思ったんだ。
素の自分でいられる、心から笑える、某県が楽しいと思える、そんな仲間。
俺の、仲間
「その手を──」
離せ。
考えるより先に体が動いた。兄貴に手を伸ばし、ルルティエラから引きはがそうとして……けれど俺より先にルルティエラが動いた。
パンッと肌を打つ音。驚き動きを止める俺の目の前で、手を離し頬を押さえる兄貴。
その頬を打った手をゆっくり下ろすルルティエラ。
「ふざけないでください」
怒りのせいか、絞り出すようにルルティエラは言った。
「わたくしは、あなたに興味などありません。勇者? それがなに? わたくしはザクスがいいのです。ザクスとライドと、そして……」
言葉を濁す。ミュセルの存在は兄貴達に知られないほうがいいと思ったのだろう。そしてその判断は正しい。
一つ咳払いして、ルルティエラは真っ直ぐ兄貴を見た。
「わたくしは仲間と共に行きます。そしてあなたはけしてわたくしの仲間にはなりえない。わたくしには選ぶ権利がある。わたくしは、ザクスを……ザクスこそを選びます」
そう言って、心配そうに見ていたライドに続いて背を向けた。
「へっ、ばっかじゃねえの」
負け惜しみよろしく兄貴が捨て台詞をはいて、川へと向かった。モンジーは何か言いたげだったが、兄貴に促されて結局何も言わずに川へと向かう。
セハは……俺をジッと見つめていた。だがやっぱり何も言わずに背を向けた。
そしてミユ。彼女だけは雰囲気を異にしている。
「……なんだよ」
ねめつけるような視線に耐えられず、思わず声をかければ、その目は更に細くなる。
まるで三日月のように細い目は、俺を捉えて離さない。
「隕石、壊したの?」
「知らねえよ」
「どうしてディルドとあなたの外見が……いえ、それはいい。その懐にいるのはなあに?」
その問いには思わずギクリと体が強張った。そんな反応をしてしまった自分に怒りを感じつつ、平静を装う。
「なんの話だ? もうここにある財布は俺が自分で稼いだ金が入ってるから。お前らにはやんねーよ」
「そんなはした金に用はない。そうじゃなくて……」
言葉はそこで途切れ、また無言でジッと見つめてくる。俺の背にまた汗が流れたところで、細められた目はふっとゆるんだ。
ニコッと見慣れた幼く人懐こい笑みを浮かべ、開いた目は以前のようにパッチリ大きい。
「ま、いいですう。ごめんなさいねえ、引き留めて。ザクス、また会いましょう、バイバイですう」
いつもの口調に戻ったミユが、俺に手を振って背を向けた。
ミユの視線から解放された瞬間、思わず安堵の息を吐いて、俺もまた背を向けてライド達のところに向かう。
その背に
「その懐の命、大事にしなさいよ」
かけられた声は、俺の背中に冷たい汗をつたわせた。
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